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ひとだま(2)別荘での合宿
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ちょうど来ていた依頼から合宿を選んだのだが、それは信州の高原で起きた事件だった。
マイクロバスで現地へ向かう間、適当に各々話をしていた。
「ねえねえ弓香里ちゃんって呼んでいい?」
「やめて下さい」
「クール!」
三沢さんが入間さんにアピールを続けているが、素っ気なくあしらわれ続けている。それでもめげないそのメンタルは立派だ。
新田原さんは腕組みをして居眠りをしているようだ。そうでなくとも、「話しかけるな」オーラがにじみ出ていて、話しかけにくい。
「行方不明者が出ているんですよね」
「そうですね」
「それで、ひとだまが出たとか地元の人は言ってるんですよね」
「らしいですね」
「幽霊が、貸し別荘に泊まった客をどこかに呼んでいるんでしょうか」
「行けばわかるでしょう」
能見君と誠人は、相談になっていないような相談をしている。
「大丈夫かな」
「何とかなるんじゃないかねえ」
「そうでないと困るけどね」
僕と直と小牧さんは、やれやれと嘆息した。
「3係は3人共、霊感とか霊体験とかはないらしいね。おまけに新田原さんに至っては、組織犯罪対策課に骨をうずめる覚悟をしてたらしくて、この人事がかなり不満らしいよ」
小牧さんが言うと、直も頷いた。
「新婚時代に奥さんがヤク中のチンピラに刺されて、暴力団壊滅に執念を燃やしてるそうだねえ。それで、やり過ぎが問題になって、この人事の前も謹慎処分を受けてたらしいよう」
「それは気の毒にな」
しんみりとなる。
と、三沢さんが手を上げた。
「はーい!トイレに行きたいです!」
「ちょっ!」
新田原さんが慌てている。
「じゃあ、次のサービスエリアに入りましょうか。10分休憩にします」
「お菓子も自由ですけど、遅れないようにねえ」
「ここの生乳アイスは絶品ですよ」
バスは着実に現地に向かっていた。
貸別荘は、山の中腹にあった。周りは林ばかりで、住宅はない。ただ、開けた部分に貸別荘がポツポツと5棟立っているだけだ。
貸別荘には他に宿泊者はおらず、僕達が泊まる一棟以外は無人だ。
「部屋が足りませんね。あ、弓香里ちゃん、一緒でいい?何もしないから」
「イ、ヤ、で、す」
「ええっと、僕はいいから、部屋数に問題はないよ。荷物は直のトコに置かせてもらえば。
入間さんは1階の奥。直と小牧さんの並び。他は2階。はい、好きな部屋に荷物を置いてここに5分後に集まって」
バタバタと全員が散る。
「あの、私は女ですけど、特別扱いは――」
「気にしないで。どうせ1人は1階の部屋になるんだし。別に、特別扱いとかじゃないから」
「はい」
入間さんは、女という扱いが気に入らないらしい。
同期だった筧ともまた違う頑なさを感じる。
直と小牧さんと目が合えば、2人は苦笑して肩を竦め、僕達も入間さんの後を追うように部屋へ向かった。
陰陽課に関係がある法律や条例を過去の事件に絡めながら説明し、準備して来た筆記テストの短答式と記述式を行う。そしてそれを小牧さんと直が監督している間に、夕食作りだ。
とは言え、簡単なものだ。夕食後に危険な実地研修があるのだから。
ごはん、信州サーモンの握り、イクラの軍艦巻き、ニジマスの塩焼き、厚揚げとしめじと人参とこんにゃくの炊いたもの、水菜と大根とゆで卵のサラダ、玉ねぎとわかめの味噌汁。
ニジマスを片手で掴んで、口から刺した串をニジマスを波打たせてエラの下あたりに刺し込んでいき、そこでニジマスを反対側に曲げて波打たせ、尾の方の身から串を出すようにして貫通させる。ニジマスを、大きく波打たせる方がきれいにできる。ここに塩を振り、ヒレというヒレに塩を付けて焼く。
信州サーモンは、3枚におろして片身は握り用にうすくスライスし、もう片身は明日のスモークサーモンに回す事にする。出て来た筋子は、ほぐして軍艦巻きに。残りは明日に食べよう。アラはアラ汁にして、夜食におにぎりと出す。能見君も信山君も10代だし、お腹を空かせるだろうからな。
準備ができた頃、テストが終わって皆がダイニングに来た。
「お腹ペコペコだよう」
「おお、美味しそう。合宿の引率係争奪戦に勝てて良かった……!」
「さあ、食べよう。適当に座って」
新人は誠人以外は恐る恐るテーブルに着き、皆で揃って食べ始める。
「うんまい!これ、レトルトですか?」
「焼き魚が、高いお店で出て来る形だわ」
「作ったんだ。握りと軍艦はないが、ごはんはおかわりがまだあるぞ。
ああ、でも、夜食にアラ煮とおにぎりがあるから、そっちを食べるならほどほどにな」
かき込んでいた彼らは迷うように手を止め、
「それは別腹でいけるっす!」
「美味!うわ、焼酎が欲しなるやん」
「美味しいです!」
「ああ。この後もがんばれそう」
「お代わり」
「早っ!流石は10代」
と賑やかに食事を楽しんだ。
そして、しばし休憩兼自由時間を挟んで、とうとう、本番の時間帯になった。
ゴロゴロという音に、時折、オオオオ、という声が混じって響く。
「来た!?」
流石に、新人達は緊張を隠せない。既に霊能師としてそれなりに場数を踏んでいる能見君と誠人も、表情を引き締めた。
「僕と直は、危ない時以外は手を出さない。2人で、今夜中にでも、明日に持ち越しでもいい。とにかく任せる」
「3係の守りだけはやるから、こっちの心配はしなくていいよう」
「君達はとにかく動かないように。いいね」
音がだんだんと近付いて来る中、注意事項を与え、僕達はそれの接近を待った。
マイクロバスで現地へ向かう間、適当に各々話をしていた。
「ねえねえ弓香里ちゃんって呼んでいい?」
「やめて下さい」
「クール!」
三沢さんが入間さんにアピールを続けているが、素っ気なくあしらわれ続けている。それでもめげないそのメンタルは立派だ。
新田原さんは腕組みをして居眠りをしているようだ。そうでなくとも、「話しかけるな」オーラがにじみ出ていて、話しかけにくい。
「行方不明者が出ているんですよね」
「そうですね」
「それで、ひとだまが出たとか地元の人は言ってるんですよね」
「らしいですね」
「幽霊が、貸し別荘に泊まった客をどこかに呼んでいるんでしょうか」
「行けばわかるでしょう」
能見君と誠人は、相談になっていないような相談をしている。
「大丈夫かな」
「何とかなるんじゃないかねえ」
「そうでないと困るけどね」
僕と直と小牧さんは、やれやれと嘆息した。
「3係は3人共、霊感とか霊体験とかはないらしいね。おまけに新田原さんに至っては、組織犯罪対策課に骨をうずめる覚悟をしてたらしくて、この人事がかなり不満らしいよ」
小牧さんが言うと、直も頷いた。
「新婚時代に奥さんがヤク中のチンピラに刺されて、暴力団壊滅に執念を燃やしてるそうだねえ。それで、やり過ぎが問題になって、この人事の前も謹慎処分を受けてたらしいよう」
「それは気の毒にな」
しんみりとなる。
と、三沢さんが手を上げた。
「はーい!トイレに行きたいです!」
「ちょっ!」
新田原さんが慌てている。
「じゃあ、次のサービスエリアに入りましょうか。10分休憩にします」
「お菓子も自由ですけど、遅れないようにねえ」
「ここの生乳アイスは絶品ですよ」
バスは着実に現地に向かっていた。
貸別荘は、山の中腹にあった。周りは林ばかりで、住宅はない。ただ、開けた部分に貸別荘がポツポツと5棟立っているだけだ。
貸別荘には他に宿泊者はおらず、僕達が泊まる一棟以外は無人だ。
「部屋が足りませんね。あ、弓香里ちゃん、一緒でいい?何もしないから」
「イ、ヤ、で、す」
「ええっと、僕はいいから、部屋数に問題はないよ。荷物は直のトコに置かせてもらえば。
入間さんは1階の奥。直と小牧さんの並び。他は2階。はい、好きな部屋に荷物を置いてここに5分後に集まって」
バタバタと全員が散る。
「あの、私は女ですけど、特別扱いは――」
「気にしないで。どうせ1人は1階の部屋になるんだし。別に、特別扱いとかじゃないから」
「はい」
入間さんは、女という扱いが気に入らないらしい。
同期だった筧ともまた違う頑なさを感じる。
直と小牧さんと目が合えば、2人は苦笑して肩を竦め、僕達も入間さんの後を追うように部屋へ向かった。
陰陽課に関係がある法律や条例を過去の事件に絡めながら説明し、準備して来た筆記テストの短答式と記述式を行う。そしてそれを小牧さんと直が監督している間に、夕食作りだ。
とは言え、簡単なものだ。夕食後に危険な実地研修があるのだから。
ごはん、信州サーモンの握り、イクラの軍艦巻き、ニジマスの塩焼き、厚揚げとしめじと人参とこんにゃくの炊いたもの、水菜と大根とゆで卵のサラダ、玉ねぎとわかめの味噌汁。
ニジマスを片手で掴んで、口から刺した串をニジマスを波打たせてエラの下あたりに刺し込んでいき、そこでニジマスを反対側に曲げて波打たせ、尾の方の身から串を出すようにして貫通させる。ニジマスを、大きく波打たせる方がきれいにできる。ここに塩を振り、ヒレというヒレに塩を付けて焼く。
信州サーモンは、3枚におろして片身は握り用にうすくスライスし、もう片身は明日のスモークサーモンに回す事にする。出て来た筋子は、ほぐして軍艦巻きに。残りは明日に食べよう。アラはアラ汁にして、夜食におにぎりと出す。能見君も信山君も10代だし、お腹を空かせるだろうからな。
準備ができた頃、テストが終わって皆がダイニングに来た。
「お腹ペコペコだよう」
「おお、美味しそう。合宿の引率係争奪戦に勝てて良かった……!」
「さあ、食べよう。適当に座って」
新人は誠人以外は恐る恐るテーブルに着き、皆で揃って食べ始める。
「うんまい!これ、レトルトですか?」
「焼き魚が、高いお店で出て来る形だわ」
「作ったんだ。握りと軍艦はないが、ごはんはおかわりがまだあるぞ。
ああ、でも、夜食にアラ煮とおにぎりがあるから、そっちを食べるならほどほどにな」
かき込んでいた彼らは迷うように手を止め、
「それは別腹でいけるっす!」
「美味!うわ、焼酎が欲しなるやん」
「美味しいです!」
「ああ。この後もがんばれそう」
「お代わり」
「早っ!流石は10代」
と賑やかに食事を楽しんだ。
そして、しばし休憩兼自由時間を挟んで、とうとう、本番の時間帯になった。
ゴロゴロという音に、時折、オオオオ、という声が混じって響く。
「来た!?」
流石に、新人達は緊張を隠せない。既に霊能師としてそれなりに場数を踏んでいる能見君と誠人も、表情を引き締めた。
「僕と直は、危ない時以外は手を出さない。2人で、今夜中にでも、明日に持ち越しでもいい。とにかく任せる」
「3係の守りだけはやるから、こっちの心配はしなくていいよう」
「君達はとにかく動かないように。いいね」
音がだんだんと近付いて来る中、注意事項を与え、僕達はそれの接近を待った。
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