718 / 1,046
踏切(3)月見
しおりを挟む
カーン、カーン、カーン、カーン。
そこの踏切は、特に朝、引っかかるとなかなか通れない。学校の先生もお母さんもお父さんも、踏切じゃあなくて、歩道橋を通りなさいって言う。
それでいつもは言う通りに歩道橋を通っていたんだけど、その日は、線路の向こうに仲のいい友達がいた。歩道橋へ回っている間に、行ってしまう。
大人達が遮断機をくぐっていくのは、よく目にしていた。それで誰かが電車にひかれたのは、聞いたけど見た事はない。
行けるんじゃないかな?
ぼくは、踏切の前に立った。電車は来ていない。
よし!
ぼくは、全力で走り出した。
後ろで誰かが何か言ったような気がする。でも、ぼくは止まらなかった。
と、ポロリと夏休みの宿題の工作が落ちた。牛乳パックで作った、自慢の風車だ。危ない危ない。ぼくは足を止めて戻ると、ひょいとそれを拾い上げた。
パーンと大きな音がしている事に気付いたのはそれからだった。なにせ、警報機の音が大きいんだ。
顔を上げると、すぐ前に電車があった。
すげえ、ドアップだ!
喜んだすぐ後で、まずいと気付いた。でも、どうする事もできない。急に止まれないのは、車だけじゃない。そう思いながら、体に何かが当たる衝撃に、何もわからなくなった。
僕は、手を掴んで来たその子の記憶を見た。
「角田元気君だね」
その霊体の子は、驚いたように顔を上げた。
直と駅員と最寄りの派出所の警察官の協力で、朝のラッシュアワーの真っ最中だが、問題の踏切の一部分を僕以外立入禁止にして、角田君を待っていたのだ。
角田君は、自分と同じ時間に、同じ位置に立ち、同じ牛乳パックを持つ人を選んでいたようで、過去に同様の目に逢った人は、皆、そうだった。そこで、女子高生も持っていたハーフサイズのその牛乳を持ってここで待っていたのだ。
この牛乳パックの事がわかるまで、丸2日かかった。
「君は、ここで何があったか覚えているかな」
角田君は首を傾げ、少し考えた。
「ええっと、遮断機をくぐって走って行ったら、宿題の工作が落ちて、拾ったら、電車が来てて……どうなったんだろう?
何か、ふわふわってなってて、呼んでも誰にも声が聞こえなくて、どうしようかなって。
そうしたら、工作が潰れてて。牛乳パックを取り換えなくちゃ直せないんだ。お兄さんのそれが欲しいんだ。でも、透明にならないとそれをもらえないみたいだから」
「それで、他の牛乳パックを持っていたお兄さんやお姉さんを線路に引っ張り込んで、透明にしようとしたんだな?」
「うん。そう」
自分が死んだ事はわかっていないが、透明なものになった事には気付いているらしい。そして、線路で電車の前に出たら透明になると思っている。
「角田君。君には行かなくちゃいけない所がある。そこに行こうか」
角田君は考え、首を反対側に傾けた。
「行かないといけない所?」
「そう。それに、このままここにいても、詰まらないだろう?もう1度、最初からやり直そう」
「僕の事、見える?話したり遊んだりできるようになる?」
「ああ」
「じゃあ、行く!」
楽しそうに笑う角田君は、誰に話しかけても見てもらえず、返事してもらえない事に飽き飽きしていたようで、すぐにこの提案に飛びついた。
「じゃあ、逝こうか」
浄力をそっと当てる。すると角田君はキラキラと光り、細かくほどけて立ち昇って行った。
「終りました」
振り返り、直と、皆に軽く頭を下げる。
「ありがとうございました。もう、解放して構いません」
駅員や警察官もお互いに軽く頭を下げ合い、通行規制は解除された。
夕食後、自分達で丸めた団子を月に供えてから食べ、リビングに広げたドーム型テントに入って、敬、康介、優維ちゃんは川の字で寝ていた。
大人達と神様達は、テラスで月見だ。
「大人のする事を、子供はよく見ているもんだよな」
兄が言うと、照姉こと天照大御神も、グイッとグラスを干して言った。
「昔から変わらんな。子供は大人のマネをして大きくなっていくもんさ」
「うかつなことはできないですね」
「子供を叱る前に、大人は自分の行いを振り返る必要があるとも言えるな」
冴子姉に言って、月見団子をつまむ。
「美味い。康介も敬も、一生懸命心を込めて作ってくれたからなあ」
「康介君のは大きいし、敬君のはきれいな真ん丸ね。団子にも個性が出るものね」
美里がおかしそうに笑う。
「でも、敬君もこの前生まれたばかりみたいな気がするし、怜君や直君だって、ついこの前まで高校生だったのになあ。気付けばこうして、飲んでるしなあ。いやあ。成長って早いなあ」
徳川さんが苦笑しつつもしみじみと言うと、兄が笑いを含んだ声で言った。
「ええ。怜と直君が、月のうさぎに人参をやりに行きたいって冷蔵庫の人参を残らずリュックに詰めたのを、母に見つかって叱られて泣いたのが、昨日のようだよ」
僕と直は、思わずワインを吹き出した。そして、冴子姉と美里と千穂さんと照姉が食いつく。
「ほう、そんな可愛い時代もあったのか!」
「怜君も、泣いたの!?」
「表情筋、その頃は仕事してたのねぇ」
「うわあ、見て見たかったわねえ」
「幼稚園の頃だよう」
「兄ちゃあん……」
「あははは!」
朗らかな笑い声に包まれたテラスを、昔と同じ月が、柔らかく見下ろしていた。
そこの踏切は、特に朝、引っかかるとなかなか通れない。学校の先生もお母さんもお父さんも、踏切じゃあなくて、歩道橋を通りなさいって言う。
それでいつもは言う通りに歩道橋を通っていたんだけど、その日は、線路の向こうに仲のいい友達がいた。歩道橋へ回っている間に、行ってしまう。
大人達が遮断機をくぐっていくのは、よく目にしていた。それで誰かが電車にひかれたのは、聞いたけど見た事はない。
行けるんじゃないかな?
ぼくは、踏切の前に立った。電車は来ていない。
よし!
ぼくは、全力で走り出した。
後ろで誰かが何か言ったような気がする。でも、ぼくは止まらなかった。
と、ポロリと夏休みの宿題の工作が落ちた。牛乳パックで作った、自慢の風車だ。危ない危ない。ぼくは足を止めて戻ると、ひょいとそれを拾い上げた。
パーンと大きな音がしている事に気付いたのはそれからだった。なにせ、警報機の音が大きいんだ。
顔を上げると、すぐ前に電車があった。
すげえ、ドアップだ!
喜んだすぐ後で、まずいと気付いた。でも、どうする事もできない。急に止まれないのは、車だけじゃない。そう思いながら、体に何かが当たる衝撃に、何もわからなくなった。
僕は、手を掴んで来たその子の記憶を見た。
「角田元気君だね」
その霊体の子は、驚いたように顔を上げた。
直と駅員と最寄りの派出所の警察官の協力で、朝のラッシュアワーの真っ最中だが、問題の踏切の一部分を僕以外立入禁止にして、角田君を待っていたのだ。
角田君は、自分と同じ時間に、同じ位置に立ち、同じ牛乳パックを持つ人を選んでいたようで、過去に同様の目に逢った人は、皆、そうだった。そこで、女子高生も持っていたハーフサイズのその牛乳を持ってここで待っていたのだ。
この牛乳パックの事がわかるまで、丸2日かかった。
「君は、ここで何があったか覚えているかな」
角田君は首を傾げ、少し考えた。
「ええっと、遮断機をくぐって走って行ったら、宿題の工作が落ちて、拾ったら、電車が来てて……どうなったんだろう?
何か、ふわふわってなってて、呼んでも誰にも声が聞こえなくて、どうしようかなって。
そうしたら、工作が潰れてて。牛乳パックを取り換えなくちゃ直せないんだ。お兄さんのそれが欲しいんだ。でも、透明にならないとそれをもらえないみたいだから」
「それで、他の牛乳パックを持っていたお兄さんやお姉さんを線路に引っ張り込んで、透明にしようとしたんだな?」
「うん。そう」
自分が死んだ事はわかっていないが、透明なものになった事には気付いているらしい。そして、線路で電車の前に出たら透明になると思っている。
「角田君。君には行かなくちゃいけない所がある。そこに行こうか」
角田君は考え、首を反対側に傾けた。
「行かないといけない所?」
「そう。それに、このままここにいても、詰まらないだろう?もう1度、最初からやり直そう」
「僕の事、見える?話したり遊んだりできるようになる?」
「ああ」
「じゃあ、行く!」
楽しそうに笑う角田君は、誰に話しかけても見てもらえず、返事してもらえない事に飽き飽きしていたようで、すぐにこの提案に飛びついた。
「じゃあ、逝こうか」
浄力をそっと当てる。すると角田君はキラキラと光り、細かくほどけて立ち昇って行った。
「終りました」
振り返り、直と、皆に軽く頭を下げる。
「ありがとうございました。もう、解放して構いません」
駅員や警察官もお互いに軽く頭を下げ合い、通行規制は解除された。
夕食後、自分達で丸めた団子を月に供えてから食べ、リビングに広げたドーム型テントに入って、敬、康介、優維ちゃんは川の字で寝ていた。
大人達と神様達は、テラスで月見だ。
「大人のする事を、子供はよく見ているもんだよな」
兄が言うと、照姉こと天照大御神も、グイッとグラスを干して言った。
「昔から変わらんな。子供は大人のマネをして大きくなっていくもんさ」
「うかつなことはできないですね」
「子供を叱る前に、大人は自分の行いを振り返る必要があるとも言えるな」
冴子姉に言って、月見団子をつまむ。
「美味い。康介も敬も、一生懸命心を込めて作ってくれたからなあ」
「康介君のは大きいし、敬君のはきれいな真ん丸ね。団子にも個性が出るものね」
美里がおかしそうに笑う。
「でも、敬君もこの前生まれたばかりみたいな気がするし、怜君や直君だって、ついこの前まで高校生だったのになあ。気付けばこうして、飲んでるしなあ。いやあ。成長って早いなあ」
徳川さんが苦笑しつつもしみじみと言うと、兄が笑いを含んだ声で言った。
「ええ。怜と直君が、月のうさぎに人参をやりに行きたいって冷蔵庫の人参を残らずリュックに詰めたのを、母に見つかって叱られて泣いたのが、昨日のようだよ」
僕と直は、思わずワインを吹き出した。そして、冴子姉と美里と千穂さんと照姉が食いつく。
「ほう、そんな可愛い時代もあったのか!」
「怜君も、泣いたの!?」
「表情筋、その頃は仕事してたのねぇ」
「うわあ、見て見たかったわねえ」
「幼稚園の頃だよう」
「兄ちゃあん……」
「あははは!」
朗らかな笑い声に包まれたテラスを、昔と同じ月が、柔らかく見下ろしていた。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる