体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
717 / 1,046

踏切(2)黄色い帽子

しおりを挟む
 その踏切も、開かずの踏切のひとつだった。駅員は困ったように言う。
「う回路はあるんですよ。そこを使った時の時間差はおよそ5分。たった5分早く家を出てくれたら済むんですけどねえ。まあ、車は通れませんが」
「難しい問題ですねえ」
 直が、頷いて同意を示した。
「それで、今回の件ですが」
「ああ、はい。朝のラッシュアワーでした。踏切待ちをしていた女子高生が急に悲鳴を上げましてね。何かに踏切内に引っ張られるって。
 居合わせた他の通行人の方が必死で押さえて下さって、どうにかギリギリセーフといった感じだったんです。
 見ていた全員が言うには、その女子高生は、足を前に突っ張って前に進まないように必死で抵抗していたと。それが、ズルズルと引っ張られていったらしいです。監視カメラにも映っていました」
 その部分を再生してみる。
「これで進むのは難しいですねえ」
「この女子高生と、できれば通行人にもお話を伺いたいんですが」
「連絡先は訊いてあります。どうも、ただの事故ではなさそうですし」
 ありがたく、その氏名、住所、電話番号を書いた表をもらう。
「まず、当の本人だな」
 僕達は、女子高へ向かった。
 ちょうど午後の授業が終わるところで、女子高生――与ノ倉啓子よのくらけいこさんと通行人の内の3人には会えた。
「普通に踏切に引っかかって、待ってたんです。あの普通電車が出たら、走れば行けるって知ってたから」
 遮断機くぐりの常習者らしい。
「そうしたら、何かが手首を掴んだような感じがして。あれっと思ったら、いきなりグイッと引っ張られて」
 そう言って、赤い手形の残る手首をさすりながら、青い顔で体を震わせた。
 友人だという通行人3人も、硬い表情をしている。
「私達も、ほかの大学生やサラリーマンの男の人と一緒に押さえたんですけど、もの凄い力で……」
「ねえ」
「啓子はこう、突っ張るようにしてたし、どういう事かわからない」
「あそこで死んだ人だよ。そうでしょ。だから来たんでしょ」
 青い顔ながらも、好奇心が覗いている。
 すると中の1人が、恐る恐る言った。
「見間違いかな、とか、気持ち悪がるかな、とか思って黙ってたんだけど……あそこにいた人の中の誰かが言ってたの。黄色い帽子が見えたって」
「黄色い帽子?」
 訊き返すと、コックリと頷く。
「小学生がかぶってる、あの帽子」
「男子用かな。女子用かな」
「そこまでは言ってなかったけど……」
 与ノ倉さんは手首を見て、
「幽霊だよ。これ、掴まれた痕だよ、幽霊に」
と言い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 お祓いだとかSNSに上げるだとか騒ぐ女子高生に、個人を狙って憑いたわけじゃなく、たまたま選ばれただけだろうし、今は憑いてもいないのでお祓いは必要ないと言い、残念がる彼女達を後に学校を出る。
「踏切に行くか」
「そうだねえ。さっきはラッシュじゃないからいなかったのかもねえ」
 そう言って、踏切に行く。
 いない。夕方のラッシュに入ろうという時間なのに。
「朝だけかな。過去に、小学生の事故が無かったか訊いてみよう」
 駅員は忙しそうなので、構内の立ち食い蕎麦屋に入ってみた。学生とサラリーマンが数人、蕎麦を啜っている。
「小学生ね。ああ。この前あったよ。
 ほら、ここの踏切は長いから、遮断機をくぐって行っちゃう人が多くてね。それでも大人はむやみに行くんじゃなくてね、快速が通った後で普通が駅に入って来る時は行けるとか、普通が上下共駅に入った所だったら行けるとか、わかって行くんだよね。
 でも、その子は、ただ大人がくぐって行くからってだけで真似をしてねえ。電車にはねられたんだよ。
 せめて、走っている時に落とし物をしなけりゃあねえ。何とか行けたんだろうけど……」
「落とし物ですか?」
「そう。何かわからなかったけど、工作の何かだね」
 僕と直は礼を言って、店を出た。
 踏切を眺める。確かに、くぐるにも波があるようだ。
「信号無視も、大人がするのを見て、子供はやるようになるんだよねえ」
「悪い見本を示すなら、はねられて流血沙汰になって『こうなるぞ』という見本を見せるべきだ。それをしないなら、子供のいる時には絶対に信号も遮断機も守るべきだ」
「過激だねえ。でも、賛成だよう。
 優維はまだ大丈夫にしても、そろそろ敬だよねえ。小学校に入ったくらいから、危ないんだよねえ」
「ああ、確かに、覚えがあるな」
「ねえ」
 話しながら待ってみたが、現れる様子はない。
「これは、朝のラッシュだけかねえ」
「仕方が無いな。明日の朝、出直すか」
 明日の朝は、早朝出勤だ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...