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踏切(2)黄色い帽子
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その踏切も、開かずの踏切のひとつだった。駅員は困ったように言う。
「う回路はあるんですよ。そこを使った時の時間差はおよそ5分。たった5分早く家を出てくれたら済むんですけどねえ。まあ、車は通れませんが」
「難しい問題ですねえ」
直が、頷いて同意を示した。
「それで、今回の件ですが」
「ああ、はい。朝のラッシュアワーでした。踏切待ちをしていた女子高生が急に悲鳴を上げましてね。何かに踏切内に引っ張られるって。
居合わせた他の通行人の方が必死で押さえて下さって、どうにかギリギリセーフといった感じだったんです。
見ていた全員が言うには、その女子高生は、足を前に突っ張って前に進まないように必死で抵抗していたと。それが、ズルズルと引っ張られていったらしいです。監視カメラにも映っていました」
その部分を再生してみる。
「これで進むのは難しいですねえ」
「この女子高生と、できれば通行人にもお話を伺いたいんですが」
「連絡先は訊いてあります。どうも、ただの事故ではなさそうですし」
ありがたく、その氏名、住所、電話番号を書いた表をもらう。
「まず、当の本人だな」
僕達は、女子高へ向かった。
ちょうど午後の授業が終わるところで、女子高生――与ノ倉啓子さんと通行人の内の3人には会えた。
「普通に踏切に引っかかって、待ってたんです。あの普通電車が出たら、走れば行けるって知ってたから」
遮断機くぐりの常習者らしい。
「そうしたら、何かが手首を掴んだような感じがして。あれっと思ったら、いきなりグイッと引っ張られて」
そう言って、赤い手形の残る手首をさすりながら、青い顔で体を震わせた。
友人だという通行人3人も、硬い表情をしている。
「私達も、ほかの大学生やサラリーマンの男の人と一緒に押さえたんですけど、もの凄い力で……」
「ねえ」
「啓子はこう、突っ張るようにしてたし、どういう事かわからない」
「あそこで死んだ人だよ。そうでしょ。だから来たんでしょ」
青い顔ながらも、好奇心が覗いている。
すると中の1人が、恐る恐る言った。
「見間違いかな、とか、気持ち悪がるかな、とか思って黙ってたんだけど……あそこにいた人の中の誰かが言ってたの。黄色い帽子が見えたって」
「黄色い帽子?」
訊き返すと、コックリと頷く。
「小学生がかぶってる、あの帽子」
「男子用かな。女子用かな」
「そこまでは言ってなかったけど……」
与ノ倉さんは手首を見て、
「幽霊だよ。これ、掴まれた痕だよ、幽霊に」
と言い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
お祓いだとかSNSに上げるだとか騒ぐ女子高生に、個人を狙って憑いたわけじゃなく、たまたま選ばれただけだろうし、今は憑いてもいないのでお祓いは必要ないと言い、残念がる彼女達を後に学校を出る。
「踏切に行くか」
「そうだねえ。さっきはラッシュじゃないからいなかったのかもねえ」
そう言って、踏切に行く。
いない。夕方のラッシュに入ろうという時間なのに。
「朝だけかな。過去に、小学生の事故が無かったか訊いてみよう」
駅員は忙しそうなので、構内の立ち食い蕎麦屋に入ってみた。学生とサラリーマンが数人、蕎麦を啜っている。
「小学生ね。ああ。この前あったよ。
ほら、ここの踏切は長いから、遮断機をくぐって行っちゃう人が多くてね。それでも大人はむやみに行くんじゃなくてね、快速が通った後で普通が駅に入って来る時は行けるとか、普通が上下共駅に入った所だったら行けるとか、わかって行くんだよね。
でも、その子は、ただ大人がくぐって行くからってだけで真似をしてねえ。電車にはねられたんだよ。
せめて、走っている時に落とし物をしなけりゃあねえ。何とか行けたんだろうけど……」
「落とし物ですか?」
「そう。何かわからなかったけど、工作の何かだね」
僕と直は礼を言って、店を出た。
踏切を眺める。確かに、くぐるにも波があるようだ。
「信号無視も、大人がするのを見て、子供はやるようになるんだよねえ」
「悪い見本を示すなら、はねられて流血沙汰になって『こうなるぞ』という見本を見せるべきだ。それをしないなら、子供のいる時には絶対に信号も遮断機も守るべきだ」
「過激だねえ。でも、賛成だよう。
優維はまだ大丈夫にしても、そろそろ敬だよねえ。小学校に入ったくらいから、危ないんだよねえ」
「ああ、確かに、覚えがあるな」
「ねえ」
話しながら待ってみたが、現れる様子はない。
「これは、朝のラッシュだけかねえ」
「仕方が無いな。明日の朝、出直すか」
明日の朝は、早朝出勤だ。
「う回路はあるんですよ。そこを使った時の時間差はおよそ5分。たった5分早く家を出てくれたら済むんですけどねえ。まあ、車は通れませんが」
「難しい問題ですねえ」
直が、頷いて同意を示した。
「それで、今回の件ですが」
「ああ、はい。朝のラッシュアワーでした。踏切待ちをしていた女子高生が急に悲鳴を上げましてね。何かに踏切内に引っ張られるって。
居合わせた他の通行人の方が必死で押さえて下さって、どうにかギリギリセーフといった感じだったんです。
見ていた全員が言うには、その女子高生は、足を前に突っ張って前に進まないように必死で抵抗していたと。それが、ズルズルと引っ張られていったらしいです。監視カメラにも映っていました」
その部分を再生してみる。
「これで進むのは難しいですねえ」
「この女子高生と、できれば通行人にもお話を伺いたいんですが」
「連絡先は訊いてあります。どうも、ただの事故ではなさそうですし」
ありがたく、その氏名、住所、電話番号を書いた表をもらう。
「まず、当の本人だな」
僕達は、女子高へ向かった。
ちょうど午後の授業が終わるところで、女子高生――与ノ倉啓子さんと通行人の内の3人には会えた。
「普通に踏切に引っかかって、待ってたんです。あの普通電車が出たら、走れば行けるって知ってたから」
遮断機くぐりの常習者らしい。
「そうしたら、何かが手首を掴んだような感じがして。あれっと思ったら、いきなりグイッと引っ張られて」
そう言って、赤い手形の残る手首をさすりながら、青い顔で体を震わせた。
友人だという通行人3人も、硬い表情をしている。
「私達も、ほかの大学生やサラリーマンの男の人と一緒に押さえたんですけど、もの凄い力で……」
「ねえ」
「啓子はこう、突っ張るようにしてたし、どういう事かわからない」
「あそこで死んだ人だよ。そうでしょ。だから来たんでしょ」
青い顔ながらも、好奇心が覗いている。
すると中の1人が、恐る恐る言った。
「見間違いかな、とか、気持ち悪がるかな、とか思って黙ってたんだけど……あそこにいた人の中の誰かが言ってたの。黄色い帽子が見えたって」
「黄色い帽子?」
訊き返すと、コックリと頷く。
「小学生がかぶってる、あの帽子」
「男子用かな。女子用かな」
「そこまでは言ってなかったけど……」
与ノ倉さんは手首を見て、
「幽霊だよ。これ、掴まれた痕だよ、幽霊に」
と言い、ゴクリと唾を飲み込んだ。
お祓いだとかSNSに上げるだとか騒ぐ女子高生に、個人を狙って憑いたわけじゃなく、たまたま選ばれただけだろうし、今は憑いてもいないのでお祓いは必要ないと言い、残念がる彼女達を後に学校を出る。
「踏切に行くか」
「そうだねえ。さっきはラッシュじゃないからいなかったのかもねえ」
そう言って、踏切に行く。
いない。夕方のラッシュに入ろうという時間なのに。
「朝だけかな。過去に、小学生の事故が無かったか訊いてみよう」
駅員は忙しそうなので、構内の立ち食い蕎麦屋に入ってみた。学生とサラリーマンが数人、蕎麦を啜っている。
「小学生ね。ああ。この前あったよ。
ほら、ここの踏切は長いから、遮断機をくぐって行っちゃう人が多くてね。それでも大人はむやみに行くんじゃなくてね、快速が通った後で普通が駅に入って来る時は行けるとか、普通が上下共駅に入った所だったら行けるとか、わかって行くんだよね。
でも、その子は、ただ大人がくぐって行くからってだけで真似をしてねえ。電車にはねられたんだよ。
せめて、走っている時に落とし物をしなけりゃあねえ。何とか行けたんだろうけど……」
「落とし物ですか?」
「そう。何かわからなかったけど、工作の何かだね」
僕と直は礼を言って、店を出た。
踏切を眺める。確かに、くぐるにも波があるようだ。
「信号無視も、大人がするのを見て、子供はやるようになるんだよねえ」
「悪い見本を示すなら、はねられて流血沙汰になって『こうなるぞ』という見本を見せるべきだ。それをしないなら、子供のいる時には絶対に信号も遮断機も守るべきだ」
「過激だねえ。でも、賛成だよう。
優維はまだ大丈夫にしても、そろそろ敬だよねえ。小学校に入ったくらいから、危ないんだよねえ」
「ああ、確かに、覚えがあるな」
「ねえ」
話しながら待ってみたが、現れる様子はない。
「これは、朝のラッシュだけかねえ」
「仕方が無いな。明日の朝、出直すか」
明日の朝は、早朝出勤だ。
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