体質が変わったので

JUN

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誕生日(1)お祝い

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 真夜中の人気の無い山。正気だったら、絶対に行かないと断言できる所に、彼女はいた。
 正気ではない。そう言えるだろうし、別の理由もある。「後ろ暗い事をするため」だ。
「ごめんねえ。でも、私も無理。どうしようもないの」
 小さい声で言いながら、それを、昼間の熱の引いた地面に横たえる。それ――新生児は、よく寝ていた。その首に手をかけ、キュッと力を入れる。
 新生児は驚いたように目を開け、手足をばたつかせて泣こうとしたが、声は出ないし、空気も入って来ない。もとより、動いて逃れる事のできるほど体もできていない。
 女は無表情のまま首を片手で締め続け、グイグイと力をかけていく。信じていた恋人は、彼女に遊びだったとあっけらかんと告げ、本命と結婚した。後に残されたのは、その時お腹にいた8ヶ月のこの子だった。
 堕ろす事もできず、ショックと元恋人と本命の女とを恨む気持ちでただただいっぱいで、一人寂しく産んだ後、この子を連れてここへ来たのだ。
 前にたまたま車で迷い込んだ時、誰もいなかったので、ここならこの小さな遺体も見つからないままで済むのではないかと考えたのだ。
「本当は、あいつの家の玄関に置いてやりたいけど、難しそうだしね。
 ああ、そうだ。宅配便で送りつけてやろうかしら。クール便ならいいわよね」
 想像して、笑い出した。
 と、誰かがいるような気がして、辺りを見回した。
「誰?誰かいるの!?」
 誰も返事はしないし、出ても来ない。
 手元の新生児を見下ろすが、完全に死んでいる。
 それでも、何かいる。
「まさか、あんた……?」
 遺体となった新生児を恐怖の目で見ながら、後ずさる。

     仲間だ 久しぶりの仲間だ 

 どこからか声がする。ざわざわとしたような気配もする――四方八方から。
「誰!?どこ!?嫌!」
 女は逃げようとしたが、囲まれている雰囲気に、どこへ逃げればいいのかわからなくてひたすら恐怖した。
「やめて……助けて……!」

     ぼくたちも そう言ったのに

 それが、ぼんやりと見えて来た。たくさんの、子供達。彼らは明らかに、生者ではなかった。その彼らが、殺したばかりの新生児を悼むように、慈しむように覗き込み、そして、今度は一斉に、無表情な顔を女に向けた。
「い、嫌あああ!!」
 女の絶叫は、誰の耳にも届かなかった。

 色とりどりのアサガオが、今年もたくさん咲いた。その葉陰で、兄と美里と冴子姉と僕とでコソコソと話をしていた。
「誕生プレゼントか」
 御崎 怜みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「自転車とか?」
 御崎美里みさきみさと、旧姓及び芸名、霜月美里しもつきみさと。若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。そして、僕の妻である。
「絵本とかよく見てるわね」
 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「康介君はサッカーボールを欲しがってたな、この頃には」
 御崎 司みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「倉阪は、舞ちゃんに魔法少女のステッキをねだられたそうだよ」
 皆で、そっと敬を窺い見る。
 甥の敬は、リビングで寝ている息子の凜のそばで『たなばた』の絵本を広げて、つたないながらも、凜に読み聞かせていた。
 もうひらがなも読めるし、間違わずに書けるようになった。本はかなり好きらしい。兄も冴子姉も僕も本好きだしな。
 そう言えば……。
「星の写真集もよく見てるな」
「そうね。康介君に貸してもらってから、気に入ったみたいよ」
「星か」
「天体望遠鏡?」
「美里ちゃん、幼稚園児にそこまで高い物はまだだめよ」
 読み終えた敬は、凛ににっこりと笑いかけた。
「こうして、年に1度だけ、織姫様と彦星様は、会う事ができるように、なりました。めでたしめでたし」
 草書体で書かれた元の『七夕の草紙』を、ものすごく子供向けに簡略化したものだ。
 敬はこの8月が誕生月になるので、大人達がプレゼントの相談をしているのだ。
「お誕生会はどうしようかしら。中のいい友達グループの子はやってるのよね。でも夏休みだし……」
 冴子姉が、新たな議題も思い出す。
「やりましょうよ。折角の敬君のお誕生日なんだもの。何でも手伝うわ。
 料理は主に怜がだけど」
「勿論!」
 かわいい敬の誕生会なら、張り切ろうじゃないか。僕は即、美里の言葉に頷いた。
「ありがとう。
 いっそ、欲しい物をそれとなく訊いてみるか」
「そうね」
 兄と冴子姉が言って、さりげなく訊き出そうと、子供達に近付いて行く。
「凜、面白かったね。もう少し大きくなったら、一緒に天の川を見ようね」
 凜は返事をするかの如く、手を振って、
「あうう」
と言った。
「敬。誕生日に何か欲しい物ある?」
 冴子姉が直球を投げ、全員、動きが止まった。
 敬はううんと考えて、笑った。
「星!あとね、怜のごはん食べたい!」
「よし、任せとけ!」
「わあい!」
「よろしく、怜君!」
 こうして誕生会開催が決まり、プレゼントは星関係と絞られた。
 せっかくの誕生日だ。皆で祝いたい。僕達は、皆笑顔になっていた。
 世の中には、誕生日が祝えない、恐ろしい、呪う人間もいるという事を痛感するのは、この後の事だった。




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