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たまてばこ(2)魂をすする箱
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現場となったその村に着いたのは、昼頃だった。
山間にある長細い村で、住民は少ない。完全な過疎の村だった。セミやカブト虫やクワガタはたくさんいそうだが。
村の住民全員が意識を無くして倒れているのを、郵便配達員と通いの診療所の医師、学校の教師が見つけたらしい。すぐに大病院に全員を搬送した結果、全員衰弱していることがわかった。
しかし、その前日にはピンンピンしていた事が確認されている人がたくさんおり、これだけもの人が一斉にいきなり1晩で衰弱して倒れるというのも不自然だ。
そこで、陰陽課案件ではないかと連絡が来たという事だった。
一応歩いて回ったが、おかしな気配はない。
霊は関係ないか、元凶が去った後なのか。未知のウイルスが原因でもない限り、元凶がどこかへ移動してしまった後だと考えるのが妥当だ。
「祭り?」
神社に入ると、提灯やろうそくが並んでいて、手入れの途中という感じだった。
「ああ。この村は、もうすぐ夏祭りがあるはずですよ。準備中だったんですね」
案内してくれている刑事が言った。
「この神社の管理者は?」
「ここには常駐していなくて、隣町の神社の神主さんが祭りの時にだけ出張してくるとか、昔ここに住んでいた友人が言ってました」
「へえ。ここにご友人がいたんですねえ」
「あ、今はもういませんよ。高校卒業と同時に千葉に引っ越して行きましたから」
「取り敢えず、その神主さんに会って話を聞こうか」
「そうだねえ」
僕達は、車に戻り始めた。
と、片方の刑事の電話が鳴り出す。
「はい。は!?はい」
緊張した様子でしばしやり取りをし、彼は振り返った。
「同じ状態になった地域が出ました。ここから5キロ程離れたところです」
「行こう」
僕達は、神主を後回しにして、まずそちらへ向かう事にした。
小さな、地方都市という規模か。その中の一部地域で、その集団衰弱事件は起こっていた。ある賃貸アパートが舞台となっている。
被害者の氏名と家を照らし合わせて行き、それを眺めていくと、それが見付かった。
「倉科さんって、村の方にも被害者がいたな。関係はありますか?」
「は?あ、至急、調べます!」
刑事はあたふたと電話をかけ始める。
「行ってみるかねえ、病院へ」
「そうだな」
僕達は倉科浩子さんのいる病院へ行った。
こちらは、まず、倉科さんも住む賃貸アパートの小学生達が全員学校を無断欠席し、教師が見に行くと、小学生の家族全員が衰弱で倒れており、救急車を呼んだ。
すると、サイレンを聞きつけても誰一人として住民が出て来ない事を救急隊員は不審に思い、そこからアパートの住人全員が衰弱で倒れている事がわかったらしい。
こちらも、昨日までは皆ピンピンしていた事がわかっている。
被害者達は、念の為に隔離されていた。
「これと言って、残ってないな」
「向こうと一緒だねえ」
「現場へ行こうか」
アパートへ行く。
その中の一室に、微かに妙な気配が残っていた。確認すると、倉科さんの部屋だった。
「向こうとの共通点はあるかな。村から持ち帰った物とか」
探してみるが、よくわからない。母親に持たされたと思われるお漬物や野菜くらいだろうか。しかし、それらにおかしな気配は感じられない。
「やっぱり何かウイルスとか?」
刑事が言って、口元を手で覆うが、手遅れだろう。それに、さんざんその辺を触った手で口元を覆ったら、逆効果だろうに。
指摘するべきだろうかと一瞬思ったが、迷う間に彼の電話が鳴り出した。
「はい!神社からですか?」
緊張感が満ちる。
「神主さんが、無くなっているものがあると言っているそうです」
「話を聞こうか」
僕達は慌ただしくそこを後にした。
神社では、難しい顔をした中年の男が、古い書物を広げていた。隣町の神主だった。
「無くなっているんですよ。たまてばこが」
「玉手箱?」
僕達は、多分全員が、浦島太郎に出て来るあの玉手箱を思い描いていただろう。
そして神主はその考えがわかっていたようで、続けて言った。
「浦島太郎の玉手箱はご存知ですよね。開けたら浦島太郎がお爺さんになってしまったという、あれです。
この村は、明治維新前に一度全滅しているんですよ」
「全滅?」
「はい。近くに村の人が知っていた事をまとめたものが書き残されていますが、村の住民が短期間でバタバタと倒れましてね。今でいう衰弱、今回と同じです。
近隣の村の者などからの聞き取り調査によると、村で行き倒れた旅の僧の荷物の中にきれいな箱があったらしいんですが、死ぬ前に『開けてはいけない』と言い残したそうです。
ところが、気になって村の者が開けてしまったらしく、中から靄のようなものが一瞬漂い出て消えたとかで、他には何も無かったそうです。
ところがこの夜から村では黒い人影のようなものが目撃され、3晩の内に順に村人が衰弱死してしまったと残されていました。『魂を吸い取られたような』とあります。
その後、死んだ僧の同門の僧が来て、その黒いもやのようなものを箱に封印し、神社に収め、毎年封印をし直して祀るように言い残して亡くなったとあります。
その後、神社ではその箱を祀って、毎年この時期に祀りの儀式を続けて来たようです。
お恥ずかしながら祭りの意味が年を重ねるうちに埋もれ、私も詳しい事は知らずに、単に夏祭りとしか捉えていませんでした」
僕は確認した。
「本来は、その箱に封印された黒いもやのようなものを、封印し続ける為の祀りだったわけですね。
たまてばこ……魂餟箱、か。魂をすする箱」
刑事は、ブルッと体を震わせた。
「物騒な名前の箱だねえ」
直が言い、神主が頷き、僕は溜め息をついた。
山間にある長細い村で、住民は少ない。完全な過疎の村だった。セミやカブト虫やクワガタはたくさんいそうだが。
村の住民全員が意識を無くして倒れているのを、郵便配達員と通いの診療所の医師、学校の教師が見つけたらしい。すぐに大病院に全員を搬送した結果、全員衰弱していることがわかった。
しかし、その前日にはピンンピンしていた事が確認されている人がたくさんおり、これだけもの人が一斉にいきなり1晩で衰弱して倒れるというのも不自然だ。
そこで、陰陽課案件ではないかと連絡が来たという事だった。
一応歩いて回ったが、おかしな気配はない。
霊は関係ないか、元凶が去った後なのか。未知のウイルスが原因でもない限り、元凶がどこかへ移動してしまった後だと考えるのが妥当だ。
「祭り?」
神社に入ると、提灯やろうそくが並んでいて、手入れの途中という感じだった。
「ああ。この村は、もうすぐ夏祭りがあるはずですよ。準備中だったんですね」
案内してくれている刑事が言った。
「この神社の管理者は?」
「ここには常駐していなくて、隣町の神社の神主さんが祭りの時にだけ出張してくるとか、昔ここに住んでいた友人が言ってました」
「へえ。ここにご友人がいたんですねえ」
「あ、今はもういませんよ。高校卒業と同時に千葉に引っ越して行きましたから」
「取り敢えず、その神主さんに会って話を聞こうか」
「そうだねえ」
僕達は、車に戻り始めた。
と、片方の刑事の電話が鳴り出す。
「はい。は!?はい」
緊張した様子でしばしやり取りをし、彼は振り返った。
「同じ状態になった地域が出ました。ここから5キロ程離れたところです」
「行こう」
僕達は、神主を後回しにして、まずそちらへ向かう事にした。
小さな、地方都市という規模か。その中の一部地域で、その集団衰弱事件は起こっていた。ある賃貸アパートが舞台となっている。
被害者の氏名と家を照らし合わせて行き、それを眺めていくと、それが見付かった。
「倉科さんって、村の方にも被害者がいたな。関係はありますか?」
「は?あ、至急、調べます!」
刑事はあたふたと電話をかけ始める。
「行ってみるかねえ、病院へ」
「そうだな」
僕達は倉科浩子さんのいる病院へ行った。
こちらは、まず、倉科さんも住む賃貸アパートの小学生達が全員学校を無断欠席し、教師が見に行くと、小学生の家族全員が衰弱で倒れており、救急車を呼んだ。
すると、サイレンを聞きつけても誰一人として住民が出て来ない事を救急隊員は不審に思い、そこからアパートの住人全員が衰弱で倒れている事がわかったらしい。
こちらも、昨日までは皆ピンピンしていた事がわかっている。
被害者達は、念の為に隔離されていた。
「これと言って、残ってないな」
「向こうと一緒だねえ」
「現場へ行こうか」
アパートへ行く。
その中の一室に、微かに妙な気配が残っていた。確認すると、倉科さんの部屋だった。
「向こうとの共通点はあるかな。村から持ち帰った物とか」
探してみるが、よくわからない。母親に持たされたと思われるお漬物や野菜くらいだろうか。しかし、それらにおかしな気配は感じられない。
「やっぱり何かウイルスとか?」
刑事が言って、口元を手で覆うが、手遅れだろう。それに、さんざんその辺を触った手で口元を覆ったら、逆効果だろうに。
指摘するべきだろうかと一瞬思ったが、迷う間に彼の電話が鳴り出した。
「はい!神社からですか?」
緊張感が満ちる。
「神主さんが、無くなっているものがあると言っているそうです」
「話を聞こうか」
僕達は慌ただしくそこを後にした。
神社では、難しい顔をした中年の男が、古い書物を広げていた。隣町の神主だった。
「無くなっているんですよ。たまてばこが」
「玉手箱?」
僕達は、多分全員が、浦島太郎に出て来るあの玉手箱を思い描いていただろう。
そして神主はその考えがわかっていたようで、続けて言った。
「浦島太郎の玉手箱はご存知ですよね。開けたら浦島太郎がお爺さんになってしまったという、あれです。
この村は、明治維新前に一度全滅しているんですよ」
「全滅?」
「はい。近くに村の人が知っていた事をまとめたものが書き残されていますが、村の住民が短期間でバタバタと倒れましてね。今でいう衰弱、今回と同じです。
近隣の村の者などからの聞き取り調査によると、村で行き倒れた旅の僧の荷物の中にきれいな箱があったらしいんですが、死ぬ前に『開けてはいけない』と言い残したそうです。
ところが、気になって村の者が開けてしまったらしく、中から靄のようなものが一瞬漂い出て消えたとかで、他には何も無かったそうです。
ところがこの夜から村では黒い人影のようなものが目撃され、3晩の内に順に村人が衰弱死してしまったと残されていました。『魂を吸い取られたような』とあります。
その後、死んだ僧の同門の僧が来て、その黒いもやのようなものを箱に封印し、神社に収め、毎年封印をし直して祀るように言い残して亡くなったとあります。
その後、神社ではその箱を祀って、毎年この時期に祀りの儀式を続けて来たようです。
お恥ずかしながら祭りの意味が年を重ねるうちに埋もれ、私も詳しい事は知らずに、単に夏祭りとしか捉えていませんでした」
僕は確認した。
「本来は、その箱に封印された黒いもやのようなものを、封印し続ける為の祀りだったわけですね。
たまてばこ……魂餟箱、か。魂をすする箱」
刑事は、ブルッと体を震わせた。
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