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タルパ(1)雨の日の幽霊
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それは、ありふれたバイク事故に見えた。雨で濡れた路面でタイヤがスリップしての自損事故。
運転していたのは男子高校生。見通しの良い道路で転んで、本人は左足と左腕を骨折し、鼻と顎を擦りむいた。ミニバイクは廃車だが、誰かを巻き込まなかったことは、不幸中の幸いだった。
事故当時の様子を聴こうとすると、彼、斎藤昌久君は、青い顔で訴えた。
「突然女が現れて、避けようとしたら転んだんだよ。で、見たら、女は俺を見下ろしながら消えたんだ」
警官は訊き返した。
「消えたというのは、立ち去ったという事かな」
「違う!すうっと、そう、幽霊みたいに!」
頭を打ったのかと警官は医師を見たが、医師は、
「頭は打っていません。ですが、事故のショックで混乱しているのかも」
と言う。
「違うって!ほんっとうに!煙のように出て、消えたんだよ!」
警官は少し考え、言った。
「わかりました。では、専門部署に連絡します」
今年は梅雨が早いのか、6月に入ってから雨ばかりだ。
「いないな」
事故現場を視て僕は言った。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
斎藤君に会って斎藤君自体に憑いていない事を確認してから事故現場に来たのだが、地縛霊というわけではないようだ。
「たまたまかねえ?」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「付近を歩いてみようか」
「そうだねえ」
僕と直は、その住宅街を歩く事にした。
カーテンの隙間から外を覗いていた宇田川圭一は、ベッドの上に座ると、目を閉じて集中した。
程なく、ユラリと女が現れる。白いワンピースを着たセミロングの髪をした女だ。
「アリサ」
アリサと呼ばれた女は、優しく微笑んだ。
「今日も雨だね。流石は梅雨、毎日よく続くね、鬱陶しい。
とはいっても、別に僕には関係ないけどね。ここから出ないんだから」
宇田川はそう言って笑う。
「そうね」
「僕は、アリサがいればそれでいいよ。あいつらのいる学校なんて、2度と行きたくない」
「私も圭一がいればそれだけでいいわ」
「アリサが生まれてくれて良かった。ありがとう」
「圭一が私を生み出してくれて嬉しいわ。ありがとう」
宇田川とアリサは、微笑みを浮かべて見つめ合った。
「アリサは僕の理想だよ。可愛くて、清楚で、僕の事を誰よりもわかってくれて。
あんな下品で頭の悪いクラスの女子とは、大違いだよ。
大好きだよ」
「私も、圭一が大好きよ」
「へへへ。
ねえ、アリサ。今日はビデオを見ようか。ホラー映画の新作をダウンロードしたんだ」
「ええ、そうね。そうしましょう。楽しみだわ」
2人は小さなテーブルの前に並んで座り、ノートブックパソコンを覗き込んだ。
この前まで学校でクラスメイトにいじめられ、みじめな思いで閉じこもっていた自室は、今や、誰にも侵されたくない聖域、天国だった。
何もかも理想の彼女。容姿も性格も受け答えも自分の好みのままの、最高の彼女。
彼女は、タルパだった。
運転していたのは男子高校生。見通しの良い道路で転んで、本人は左足と左腕を骨折し、鼻と顎を擦りむいた。ミニバイクは廃車だが、誰かを巻き込まなかったことは、不幸中の幸いだった。
事故当時の様子を聴こうとすると、彼、斎藤昌久君は、青い顔で訴えた。
「突然女が現れて、避けようとしたら転んだんだよ。で、見たら、女は俺を見下ろしながら消えたんだ」
警官は訊き返した。
「消えたというのは、立ち去ったという事かな」
「違う!すうっと、そう、幽霊みたいに!」
頭を打ったのかと警官は医師を見たが、医師は、
「頭は打っていません。ですが、事故のショックで混乱しているのかも」
と言う。
「違うって!ほんっとうに!煙のように出て、消えたんだよ!」
警官は少し考え、言った。
「わかりました。では、専門部署に連絡します」
今年は梅雨が早いのか、6月に入ってから雨ばかりだ。
「いないな」
事故現場を視て僕は言った。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
斎藤君に会って斎藤君自体に憑いていない事を確認してから事故現場に来たのだが、地縛霊というわけではないようだ。
「たまたまかねえ?」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「付近を歩いてみようか」
「そうだねえ」
僕と直は、その住宅街を歩く事にした。
カーテンの隙間から外を覗いていた宇田川圭一は、ベッドの上に座ると、目を閉じて集中した。
程なく、ユラリと女が現れる。白いワンピースを着たセミロングの髪をした女だ。
「アリサ」
アリサと呼ばれた女は、優しく微笑んだ。
「今日も雨だね。流石は梅雨、毎日よく続くね、鬱陶しい。
とはいっても、別に僕には関係ないけどね。ここから出ないんだから」
宇田川はそう言って笑う。
「そうね」
「僕は、アリサがいればそれでいいよ。あいつらのいる学校なんて、2度と行きたくない」
「私も圭一がいればそれだけでいいわ」
「アリサが生まれてくれて良かった。ありがとう」
「圭一が私を生み出してくれて嬉しいわ。ありがとう」
宇田川とアリサは、微笑みを浮かべて見つめ合った。
「アリサは僕の理想だよ。可愛くて、清楚で、僕の事を誰よりもわかってくれて。
あんな下品で頭の悪いクラスの女子とは、大違いだよ。
大好きだよ」
「私も、圭一が大好きよ」
「へへへ。
ねえ、アリサ。今日はビデオを見ようか。ホラー映画の新作をダウンロードしたんだ」
「ええ、そうね。そうしましょう。楽しみだわ」
2人は小さなテーブルの前に並んで座り、ノートブックパソコンを覗き込んだ。
この前まで学校でクラスメイトにいじめられ、みじめな思いで閉じこもっていた自室は、今や、誰にも侵されたくない聖域、天国だった。
何もかも理想の彼女。容姿も性格も受け答えも自分の好みのままの、最高の彼女。
彼女は、タルパだった。
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