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うわさ(5)星に願う
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僕と直は、そっとその場を離れ、美麗ちゃん親子を追いかけた。
「あの家の住人だろうが、どんな仕掛けがあるんだろうな」
「ちゃんと調べないと断言はできないけど、悪意を増幅するとかそういうのかねえ」
「何の意味があって、誰がやったんだろうな?」
「それこそ謎だよう」
足早に、子供を引きずるように歩いたと見え、追い付いた時は、例の家の庭に親子が入って行くところだった。
「待って下さい!中村さん?」
キッと睨むような目を、母親は向けて来る。美麗ちゃんは半泣きだった。
「警視庁陰陽課の御崎と申します」
「同じく町田と申します」
母親の顔が、胡乱気に変わる。
「偶然この前を通りかかったら、おかしな気配がしまして」
「おかしな?」
母親の顔から血の気が引き、美麗ちゃんの顔が期待に輝く。
「はい。何らかの悪意の増幅装置が仕掛けられているようでしてぇ。ちょっと、調査をさせていただきたいんですがねえ」
「放って置いたら、悪意が内向きに高まり続けて、鬱やノイローゼのような状態になりかねません。そこまでいかなくても、イライラしたりするかと思われます。
調査させていただいてよろしいでしょうか」
「はははい!勿論です!よろしくお願いします!」
母親はせわしなく頷き、美麗ちゃんはますます嬉しそうに笑った。
「失礼します」
断って門の内側に入る。
直と僕とで、右回り、左回りに分かれて敷地の内側を歩く。
再び門のところへ戻り、頷き合う。
「簡易結界だな」
「それも素人臭いと言うかなんというかねえ」
美麗ちゃんがここで自慢げに声を上げた。
「わたしがやったの!陰陽ジャーで鏡を周りに並べたら守りが強くなったでしょ?だから、鏡と鏡の欠片をぐるっと埋めたの!」
母親がギョッとしたように目を剥く。
「美麗?どうしてそんな事をしたの!?」
「え、だって――」
「そのせいなの!?そのせいで、きっと今頃、陰口のターゲットに……!」
わなわなと震える母親に、美麗ちゃんが心配そうに寄り添う。
「術自体は簡素なもので、偶然に頼って成立してるようなものですねえ。撤去も簡単ですし、そこまで何かしでかしたわけでもなさそうですねえ。
まあ、きっかけ程度になったかな、というくらいでしょうかねえ」
直がのんびりと言う。
自業自得でしかない、と言いたいのを精一杯我慢しているのだ。
「美麗ちゃん、守りの力を強くしたかったんだね」
「うん」
「そうかあ。
でもこういう術は、ちゃんと勉強して修行しないとだめなんだよう。ちょっと間違えただけで、効果が違うものになったりするからねえ」
「はあい」
それで僕と直は、鏡と鏡の欠片を抜いて回った。
極々弱く、女の恨みの念が憑いていた。それも術を成立させてしまった不運な要因だろう。
「二重まぶたになりたい。痩せたい。きれいになりたい。あんな女、顔が良くても正確ブスじゃないの」
そういう念を延々と吐き続けており、軽く浄力を当てると消えて行った。
「凄い!!」
「美麗ちゃんも凄いね。幼虫がアゲハ蝶になるなんてよく知ってたね」
「前にお爺ちゃんが教えてくれたの。それでね、ママがもっと前みたいに笑うように、守りの力を強くして、お庭にきれいな蝶々をいっぱい飛ばせばいいと思ったんだけど……」
美麗ちゃんは、恐る恐る母親を見上げた。
「優しいお子さんですね」
母親は泣き崩れた。
夕食は、兄達と一緒に摂った。ちらし寿司、竹の子の土佐煮、サワラ、菜の花の辛子和え、アサリの澄まし。
菜の花は、勿論敬の分は辛子抜きのお浸しだ。
「そんな事があったのか」
兄が驚いたように言った。
「母親想いの優しさから出た事だったんだな。成功させてしまったのは、使った鏡がたまたま念の憑いたものだったせいで、こういう事になったのは、そもそも陰口を日常的に叩く人だったせいだ。あの子は悪くないよ。
ああ。面倒臭い事件だった」
「敬君は偉かったのねえ。お友達を大切にして」
美里に褒められ、敬はニカッと笑った。
「ぼく、友達いっぱい作るんだ!幼稚園、楽しいよ!」
「それに冴子姉も、相変わらず漢前でカッコ良かったよ」
「ふふふん!」
「お母さん、かっこいい!」
よくわからないまでも敬が褒めて、皆で笑い合う。
「あ!流れ星!!お願いしないと!」
外の夜空にたまたま流れ星を発見した敬が声を上げ、皆で、揃ってお願いをする。
皆の家も、こんな風に笑顔が満ちていますように。
あの美麗ちゃんや、愛人と言われていた人の事を思うと、そう願わずにはいられない。
ああ、それと、なるべく面倒臭い事件は起きませんように。
僕はそっと、星に願いを託した。
「あの家の住人だろうが、どんな仕掛けがあるんだろうな」
「ちゃんと調べないと断言はできないけど、悪意を増幅するとかそういうのかねえ」
「何の意味があって、誰がやったんだろうな?」
「それこそ謎だよう」
足早に、子供を引きずるように歩いたと見え、追い付いた時は、例の家の庭に親子が入って行くところだった。
「待って下さい!中村さん?」
キッと睨むような目を、母親は向けて来る。美麗ちゃんは半泣きだった。
「警視庁陰陽課の御崎と申します」
「同じく町田と申します」
母親の顔が、胡乱気に変わる。
「偶然この前を通りかかったら、おかしな気配がしまして」
「おかしな?」
母親の顔から血の気が引き、美麗ちゃんの顔が期待に輝く。
「はい。何らかの悪意の増幅装置が仕掛けられているようでしてぇ。ちょっと、調査をさせていただきたいんですがねえ」
「放って置いたら、悪意が内向きに高まり続けて、鬱やノイローゼのような状態になりかねません。そこまでいかなくても、イライラしたりするかと思われます。
調査させていただいてよろしいでしょうか」
「はははい!勿論です!よろしくお願いします!」
母親はせわしなく頷き、美麗ちゃんはますます嬉しそうに笑った。
「失礼します」
断って門の内側に入る。
直と僕とで、右回り、左回りに分かれて敷地の内側を歩く。
再び門のところへ戻り、頷き合う。
「簡易結界だな」
「それも素人臭いと言うかなんというかねえ」
美麗ちゃんがここで自慢げに声を上げた。
「わたしがやったの!陰陽ジャーで鏡を周りに並べたら守りが強くなったでしょ?だから、鏡と鏡の欠片をぐるっと埋めたの!」
母親がギョッとしたように目を剥く。
「美麗?どうしてそんな事をしたの!?」
「え、だって――」
「そのせいなの!?そのせいで、きっと今頃、陰口のターゲットに……!」
わなわなと震える母親に、美麗ちゃんが心配そうに寄り添う。
「術自体は簡素なもので、偶然に頼って成立してるようなものですねえ。撤去も簡単ですし、そこまで何かしでかしたわけでもなさそうですねえ。
まあ、きっかけ程度になったかな、というくらいでしょうかねえ」
直がのんびりと言う。
自業自得でしかない、と言いたいのを精一杯我慢しているのだ。
「美麗ちゃん、守りの力を強くしたかったんだね」
「うん」
「そうかあ。
でもこういう術は、ちゃんと勉強して修行しないとだめなんだよう。ちょっと間違えただけで、効果が違うものになったりするからねえ」
「はあい」
それで僕と直は、鏡と鏡の欠片を抜いて回った。
極々弱く、女の恨みの念が憑いていた。それも術を成立させてしまった不運な要因だろう。
「二重まぶたになりたい。痩せたい。きれいになりたい。あんな女、顔が良くても正確ブスじゃないの」
そういう念を延々と吐き続けており、軽く浄力を当てると消えて行った。
「凄い!!」
「美麗ちゃんも凄いね。幼虫がアゲハ蝶になるなんてよく知ってたね」
「前にお爺ちゃんが教えてくれたの。それでね、ママがもっと前みたいに笑うように、守りの力を強くして、お庭にきれいな蝶々をいっぱい飛ばせばいいと思ったんだけど……」
美麗ちゃんは、恐る恐る母親を見上げた。
「優しいお子さんですね」
母親は泣き崩れた。
夕食は、兄達と一緒に摂った。ちらし寿司、竹の子の土佐煮、サワラ、菜の花の辛子和え、アサリの澄まし。
菜の花は、勿論敬の分は辛子抜きのお浸しだ。
「そんな事があったのか」
兄が驚いたように言った。
「母親想いの優しさから出た事だったんだな。成功させてしまったのは、使った鏡がたまたま念の憑いたものだったせいで、こういう事になったのは、そもそも陰口を日常的に叩く人だったせいだ。あの子は悪くないよ。
ああ。面倒臭い事件だった」
「敬君は偉かったのねえ。お友達を大切にして」
美里に褒められ、敬はニカッと笑った。
「ぼく、友達いっぱい作るんだ!幼稚園、楽しいよ!」
「それに冴子姉も、相変わらず漢前でカッコ良かったよ」
「ふふふん!」
「お母さん、かっこいい!」
よくわからないまでも敬が褒めて、皆で笑い合う。
「あ!流れ星!!お願いしないと!」
外の夜空にたまたま流れ星を発見した敬が声を上げ、皆で、揃ってお願いをする。
皆の家も、こんな風に笑顔が満ちていますように。
あの美麗ちゃんや、愛人と言われていた人の事を思うと、そう願わずにはいられない。
ああ、それと、なるべく面倒臭い事件は起きませんように。
僕はそっと、星に願いを託した。
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