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霊能師という生き方(1)迷う霊能者
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死んでも残る強い想いに囚われて、霊が実体化する。
ミンナ シネ シネ シネ!
刀を出して握り、走り出しかけて、ふとためらった。
「怜!?」
うなりを上げて踏み下ろされた足を避け、捕まえようと伸ばされた腕から逃れる。
「どうかしたかねえ!?」
「……いや……」
迷う。
直の怪訝そうな、心配そうな声が聞こえる。
兄の顔、美里の顔がチラつく。
いいのか、これで。僕はどうするべきだ。他に手は無いのか?
かすった爪が腕に傷を付け、血しぶきが飛ぶ。
「怜!?」
直の声に焦りが混じる。
「悪い」
僕は踏み込んで、霊に斬り付けた。
さらさらと崩れて消えて行くのを見ながら、動揺を押し隠すために深呼吸をひとつする。まあ、無表情のおかげで、ほとんどの人には、僕の感情は推し量れないが。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「怜、大丈夫かねえ?」
直がそばに来た。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「ああ、大丈夫だ。傷も例の体質のおかげでもう治ってるし」
「そういう――ああ……うん。まあ、良かったよう」
直は肩をひとつ竦めて、笑って見せた。
言いたい事はわかっている。伊達にこれだけ長い事、相棒をしてきたんじゃないしな。黙っておけることでも無いのも、わかっている。
でも、何をどういえば良いのかわからない。
僕は何を迷っているのだろうか?
後悔しているとでも?
直は笑って、言った。
「いいよう、怜。
さあ、帰ろうかねえ。報告書を書かないとねえ」
僕は安堵と感謝を感じながら、直と歩き出した。
お土産の生八つ橋を開けて、お茶を淹れる。
「今3月やから、あと4ヶ月程やなあ。楽しみやあ。
そやけど、初めて会うた時から10年か。高校生やった子が、父親やもんなあ。わしも年、取るはずやなあ」
津山先生は言いながら、笑った。
津山源堂、日本霊能師のまとめ役である大霊能師で、京都に住んでいる。僕達の師匠である京香さんの師匠なので、僕と直は孫弟子にあたる。
「言われてみれば、ちょうど10年前なんだなあ。見えるようになったの」
「入学式の前日だったよねえ」
「あの時は、混乱したなあ」
「最初に憑いた霊は、殺された佐々木先輩だったねえ。ああ。あれから随分といろんな事件に当たって来たよねえ」
「ああ。よく死ななかったもんだよな」
「ほんまやで」
僕と直、津山先生は、しみじみと言った。
「え、そんなに危ない目に?」
陰陽課の面々は目を丸くする。
「本当に死にそうに危ない事になったの、ぼくが知ってるだけでも複数回あるよね」
徳川さんがあっけらかんと言い、沢井さんも神妙に頷き、皆は絶句した。
徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「お人好しな上に無茶するボンやったさかいになあ。そこに直っちゅう相棒が加わったら、最強ノンストップや。目ぇ離されんかったわ」
津山先生は笑った。
霊能師協会関東支部に用があるらしいのだが、上京ついでに陰陽課に寄ってくれたのだ。
「直のところの優維ちゃんも、夏にはお姉ちゃんになるんやなあ」
「やんちゃが2人になって、大変だろうと覚悟はしてますけどねえ」
「すぐに女の子は下の子の面倒見てくれよるし、心配せんでも何とかなるで」
しばらく色々な話をし、霊能師としての珍しい経験談なども聴き、津山先生は関東支部へ出かけて行った。
「10年かあ」
「節目だねえ」
しみじみと言って感慨にふけっていると、要請が入った。
「遺体を埋めたところが曖昧らしい。行って視てくれないか、という事らしい」
徳川さんに言われ、僕と直で向かう事にした。
ミンナ シネ シネ シネ!
刀を出して握り、走り出しかけて、ふとためらった。
「怜!?」
うなりを上げて踏み下ろされた足を避け、捕まえようと伸ばされた腕から逃れる。
「どうかしたかねえ!?」
「……いや……」
迷う。
直の怪訝そうな、心配そうな声が聞こえる。
兄の顔、美里の顔がチラつく。
いいのか、これで。僕はどうするべきだ。他に手は無いのか?
かすった爪が腕に傷を付け、血しぶきが飛ぶ。
「怜!?」
直の声に焦りが混じる。
「悪い」
僕は踏み込んで、霊に斬り付けた。
さらさらと崩れて消えて行くのを見ながら、動揺を押し隠すために深呼吸をひとつする。まあ、無表情のおかげで、ほとんどの人には、僕の感情は推し量れないが。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「怜、大丈夫かねえ?」
直がそばに来た。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「ああ、大丈夫だ。傷も例の体質のおかげでもう治ってるし」
「そういう――ああ……うん。まあ、良かったよう」
直は肩をひとつ竦めて、笑って見せた。
言いたい事はわかっている。伊達にこれだけ長い事、相棒をしてきたんじゃないしな。黙っておけることでも無いのも、わかっている。
でも、何をどういえば良いのかわからない。
僕は何を迷っているのだろうか?
後悔しているとでも?
直は笑って、言った。
「いいよう、怜。
さあ、帰ろうかねえ。報告書を書かないとねえ」
僕は安堵と感謝を感じながら、直と歩き出した。
お土産の生八つ橋を開けて、お茶を淹れる。
「今3月やから、あと4ヶ月程やなあ。楽しみやあ。
そやけど、初めて会うた時から10年か。高校生やった子が、父親やもんなあ。わしも年、取るはずやなあ」
津山先生は言いながら、笑った。
津山源堂、日本霊能師のまとめ役である大霊能師で、京都に住んでいる。僕達の師匠である京香さんの師匠なので、僕と直は孫弟子にあたる。
「言われてみれば、ちょうど10年前なんだなあ。見えるようになったの」
「入学式の前日だったよねえ」
「あの時は、混乱したなあ」
「最初に憑いた霊は、殺された佐々木先輩だったねえ。ああ。あれから随分といろんな事件に当たって来たよねえ」
「ああ。よく死ななかったもんだよな」
「ほんまやで」
僕と直、津山先生は、しみじみと言った。
「え、そんなに危ない目に?」
陰陽課の面々は目を丸くする。
「本当に死にそうに危ない事になったの、ぼくが知ってるだけでも複数回あるよね」
徳川さんがあっけらかんと言い、沢井さんも神妙に頷き、皆は絶句した。
徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「お人好しな上に無茶するボンやったさかいになあ。そこに直っちゅう相棒が加わったら、最強ノンストップや。目ぇ離されんかったわ」
津山先生は笑った。
霊能師協会関東支部に用があるらしいのだが、上京ついでに陰陽課に寄ってくれたのだ。
「直のところの優維ちゃんも、夏にはお姉ちゃんになるんやなあ」
「やんちゃが2人になって、大変だろうと覚悟はしてますけどねえ」
「すぐに女の子は下の子の面倒見てくれよるし、心配せんでも何とかなるで」
しばらく色々な話をし、霊能師としての珍しい経験談なども聴き、津山先生は関東支部へ出かけて行った。
「10年かあ」
「節目だねえ」
しみじみと言って感慨にふけっていると、要請が入った。
「遺体を埋めたところが曖昧らしい。行って視てくれないか、という事らしい」
徳川さんに言われ、僕と直で向かう事にした。
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