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スカウト(2)特別校外学習
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能見研太は、そっと視線を巡らせた。
今日もいる。近所で見かける、縄跳びをするおじさんの霊。
能見は高校2年生の時に海で溺れ、死にかけた事がある。それ以来、おかしな人が見えるようになった。所謂、幽霊と言うものだ。
親にそれとなく言ったら、青い顔で病院へ連れて行かれそうになったので、人に言うのもどうかと思い、見かけたら道を変えるか、知らん顔をするかしている。
あれは、警察学校に入校した時はいなかったが、最近見かけるようになった霊だ。人が良さそうではあるが、能見が見えているのをわかっているのか、手を振ったりする。
「ああ……」
思わず溜め息をつく。
悩みと言えば、今日のこれもだ。
突然昨日教官に呼び出され、
「明日の休日は暇か」
と訊かれた。
「自習するくらいしか予定はありません」
と答えると、
「午前9時に教官室に来るように。特別校外学習をしてもらう。服装は私服でいいが、動きやすいものを」
と言われたのだ。
そして今日、教官室に行くと、ここへ行けとメモを渡され、縄跳びおじさんについて来られながら地図の通りに進む。
「え。ここ……?」
思わずしげしげと、目の前の建物とメモを見比べた。
間違いはない。メモで指定されたのは、この廃屋だ。
「何かしたかな、オレ……」
不安になってくる。誰かに何か聞きたくても、いるのは、縄跳びおじさんだけだった。
と、近くに駐車してあった車から、4人が下りて来た。1人はニコニコとした若い男で、1人は無表情な若い男、もう1人は彼らより年上らしき男で、残る1人は頭の寂しい中年だった。
「え?」
「能見研太君、おはよう」
「お、おはようございます?」
能見の背中を、真冬だというのに汗が伝った。
車の中で、僕、直、徳川さん、霊能師協会の関東支部長が、能見研太を観察していた。
「能見君ね。真面目で素直。剣道は高校の時に県大会で2位になったのか。こっちはどうかな」
徳川さんが身上書を読む。
徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「取り敢えずは視えているようですよ」
「それ以上はわからないんですけどねえ」
僕と直が、背後の縄跳びおじさんを気にしつつも廃屋に潜む霊の気配に気づいて腰の引けている様子の能見を見ながら言う。
「まあ、期待しましょう」
支部長が言って、皆で車を下りた。
「能見研太君、おはよう」
まず直がにこやかに声をかける。
「お、おはようございます?」
能見は僕達を、不審者を見るように見た。
「警視庁の者です。早速ですが、特別校外学習を開始します」
僕は言って、廃屋の中に入るように促した。
「あ、あの?」
「視えてるよな?」
霊からあからさまに視線を外す能見に訊く。
能見は視線を思い切り彷徨わせた。
「え、あの、何が」
「霊が」
「――!」
「祓ってもらう。はい、やってみて」
「はい!?」
能見は声を裏返らせた。
能見は、半泣きになりながら、廃屋でトレーニングをしている。
「そうそう、それが浄力だ。それを集めていって、放出するイメージで」
「集めて、放出……あれ?眩暈が……」
「如雨露で水をまくように拡散させたら効果が薄いだろ。それが続くくらい、力が有り余ってるならいいが。そうでないと、今みたいになるぞ」
「くっ、このっ、てやっ!
ああ、できましたぁ」
「よし」
「じゃあ、今度は札を扱ってみようかねえ」
「ううっ……」
僕と直がつきっきりでトレーニングするのを、支部長と徳川さんが見ている。
「あの、教科書とかないんですか」
能見が恨めし気に言う。
「ないよ、そんなの。
能見君はまだいいよ。僕の時は、師匠が大雑把で、『なんかこう、ギュウッとしてドーンとかパアッとぶつける感じ?』って言われて、苦労した」
僕は京香さんを信頼しているが、教える事にかけては、微塵も信頼していない。支部長も同意見なのか、何度も小さく頷いて、胃に手をやっている。
「慣れて、自分なりのものにするしかないよねえ」
直がにこにことして言う。
「慣れ……どのくらいでしょうか」
「個人差があるけど、平均100体くらいかねえ?」
「どんな相手に会うかにもよるしな。一概にはなあ。
まあ、いろんなタイプを準備してある。頑張れ」
能見は、死にそうな顔をした……。
今日もいる。近所で見かける、縄跳びをするおじさんの霊。
能見は高校2年生の時に海で溺れ、死にかけた事がある。それ以来、おかしな人が見えるようになった。所謂、幽霊と言うものだ。
親にそれとなく言ったら、青い顔で病院へ連れて行かれそうになったので、人に言うのもどうかと思い、見かけたら道を変えるか、知らん顔をするかしている。
あれは、警察学校に入校した時はいなかったが、最近見かけるようになった霊だ。人が良さそうではあるが、能見が見えているのをわかっているのか、手を振ったりする。
「ああ……」
思わず溜め息をつく。
悩みと言えば、今日のこれもだ。
突然昨日教官に呼び出され、
「明日の休日は暇か」
と訊かれた。
「自習するくらいしか予定はありません」
と答えると、
「午前9時に教官室に来るように。特別校外学習をしてもらう。服装は私服でいいが、動きやすいものを」
と言われたのだ。
そして今日、教官室に行くと、ここへ行けとメモを渡され、縄跳びおじさんについて来られながら地図の通りに進む。
「え。ここ……?」
思わずしげしげと、目の前の建物とメモを見比べた。
間違いはない。メモで指定されたのは、この廃屋だ。
「何かしたかな、オレ……」
不安になってくる。誰かに何か聞きたくても、いるのは、縄跳びおじさんだけだった。
と、近くに駐車してあった車から、4人が下りて来た。1人はニコニコとした若い男で、1人は無表情な若い男、もう1人は彼らより年上らしき男で、残る1人は頭の寂しい中年だった。
「え?」
「能見研太君、おはよう」
「お、おはようございます?」
能見の背中を、真冬だというのに汗が伝った。
車の中で、僕、直、徳川さん、霊能師協会の関東支部長が、能見研太を観察していた。
「能見君ね。真面目で素直。剣道は高校の時に県大会で2位になったのか。こっちはどうかな」
徳川さんが身上書を読む。
徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「取り敢えずは視えているようですよ」
「それ以上はわからないんですけどねえ」
僕と直が、背後の縄跳びおじさんを気にしつつも廃屋に潜む霊の気配に気づいて腰の引けている様子の能見を見ながら言う。
「まあ、期待しましょう」
支部長が言って、皆で車を下りた。
「能見研太君、おはよう」
まず直がにこやかに声をかける。
「お、おはようございます?」
能見は僕達を、不審者を見るように見た。
「警視庁の者です。早速ですが、特別校外学習を開始します」
僕は言って、廃屋の中に入るように促した。
「あ、あの?」
「視えてるよな?」
霊からあからさまに視線を外す能見に訊く。
能見は視線を思い切り彷徨わせた。
「え、あの、何が」
「霊が」
「――!」
「祓ってもらう。はい、やってみて」
「はい!?」
能見は声を裏返らせた。
能見は、半泣きになりながら、廃屋でトレーニングをしている。
「そうそう、それが浄力だ。それを集めていって、放出するイメージで」
「集めて、放出……あれ?眩暈が……」
「如雨露で水をまくように拡散させたら効果が薄いだろ。それが続くくらい、力が有り余ってるならいいが。そうでないと、今みたいになるぞ」
「くっ、このっ、てやっ!
ああ、できましたぁ」
「よし」
「じゃあ、今度は札を扱ってみようかねえ」
「ううっ……」
僕と直がつきっきりでトレーニングするのを、支部長と徳川さんが見ている。
「あの、教科書とかないんですか」
能見が恨めし気に言う。
「ないよ、そんなの。
能見君はまだいいよ。僕の時は、師匠が大雑把で、『なんかこう、ギュウッとしてドーンとかパアッとぶつける感じ?』って言われて、苦労した」
僕は京香さんを信頼しているが、教える事にかけては、微塵も信頼していない。支部長も同意見なのか、何度も小さく頷いて、胃に手をやっている。
「慣れて、自分なりのものにするしかないよねえ」
直がにこにことして言う。
「慣れ……どのくらいでしょうか」
「個人差があるけど、平均100体くらいかねえ?」
「どんな相手に会うかにもよるしな。一概にはなあ。
まあ、いろんなタイプを準備してある。頑張れ」
能見は、死にそうな顔をした……。
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