体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
661 / 1,046

ハエ(3)クビ

しおりを挟む
 ユキは、意外と開き直っていた。訊くと、
「あんな病院、こっちから願い下げです。ちょっと、退職金は惜しいですけど」
と答えた。
 辞めると言っていた看護師たちは、「そう指示していた事務員を辞めさせたので、これからはきちんとする」という事務長の言葉を信じたのかどうか、とにかく退職を撤回したらしい。
 僕と直は、それを、探り始めていた2課に伝えておいた。
 下調べが済み、いよいよ、家宅捜索令状を請求し、帳簿類を調べるという。
「じゃあ、僕達は、甲田さんに会いに行こうか」
「そうだねえ」
 僕と直は、病院に向かった。

 事務長の臭いは大変なものになっていた。そして院長室も、ハエと蛆が凄い。病棟では、深夜のナースコールとうめき声で怯える患者と看護師が続出し、転院希望者が後を絶たないそうだ。
「何とかして下さい!」
「甲田松三郎を訴えてやる!」
 院長と事務長が息巻くのを無視して、院長室のドアを開けた。
 大量のハエが飛んでいる。その中で、白く蠢く何かがあった。院長や事務長にも見える程度になっており、2人は眉を顰めて、
「あれは何だ?」
と呟いた。
「た、大変です!警察が――!」
「今忙しい!」
 邪険に事務員を追い返そうとした2人だが、2課の連中がダンボール箱を手に現れ、ギョッとなった。
 僕達は、それへ軽くアイコンタクトを送り、甲田さんに集中する。
「甲田さん」
 白い塊は、びっしりと蛆をたからせた甲田さんだった。
 身動きすれば、ポロポロと蛆がこぼれる。事務長が腰を抜かし、院長は動けないで硬直していた。2課の連中は眉を顰め、足を止めて入室を待つ構えだ。
「院長や事務長の方針のせいで状態が悪化したと、訴えたかったんですね」
 甲田さんがゆっくりと頷く。
「何の事だ。わ、私は何も――」
「消毒薬を切り詰め、菌を蔓延させた。そのせいで、傷は悪化するし、免疫力の低下した人は、弱い菌にでも感染して発症させる事になる。甲田さんのように」
「違う!それは、そう!事務員が、差額を横領していて」
「一事務員が?経理担当とは言え、入って3年程度の新人が?」
 2課の主任が、鼻で事務長をせせら笑った。
「消毒薬の使い回しや薄め過ぎ、薬剤の継ぎ足しはもっと前からだと、スタッフが証言していますよ」
「罪を擦り付けるにしても、考えなさすぎだねえ」
 僕と直も言って、肩を竦めた。
「うっ」
「バカが!」
「いや、どうせバレますよ。仕入れ先の伝票と突き合わせれば一発だし」
 兄弟は、シュンとした。バカじゃないのか?工作にしては稚拙過ぎる。
 その考えが分かったのか、主任は苦笑して、
「こういうのも珍しくないんですよ。バレっこないと自信を持っていたんですかね」
と言った。
「まあ、甲田さん。そういうわけです。あなたは苦しい思いをしましたが、罪は全て明らかになりました」
「辛かったですねえ。こういう中でも、必死にあなたを看病してくれた看護師もいるでしょう?」
 甲田さんは、井山兄弟に向かっていた足を止めた。
 ハエの羽音と、蛆の肉を食むプチプチという音がする。
「もう、逝きましょう。楽になりましょう」
「甲田さんの想いは伝わりましたよう」
 甲田さんは左右に体をゆらゆらと揺らし、

     ああ、ああ……

と声のような物を漏らし、ゆっくりと頷いた。
 僕は安心して、次にそれに気付いた。
 どうやって送る?触るのか?甲田さんの霊に触る前に、蛆に触るぞ?
 動揺に直が気付き、そして、その問題に気付いたらしい。同じように動揺している。
「れ、怜、その……」
「そ、そうだな。ここから、強めに送ってみるかな?」
「そ、それがいいかねえ」
 浄力を前に飛ばす。地域ごと浄化する時のように。
 余計に力はかかるし、その分疲れるが、背に腹は代えられない。
 ああ。これをピンセットででも取れる看護師さんは偉大だ、と思った。

 結局、病院の不正は全て暴かれ、ユキの無実も証明されて、退職金も出る事になったそうだ。そして院長、事務長、看護師長らが罪に問われたのは勿論、病院は閉院となり、患者も医師も看護師も事務員も、よそへと移る事となった。
 ユキも誘われたが、断ったらしい。病院や介護施設は、何だか怖い、と言う。
 まあ、ユキは真面目だし、就職も何とかなるだろう。
「寝たきりかあ。予防のために、うちの親は、ジムに通い始めたよう」
「まあ、定年後のシルバー世代の利用者は多いとか聞くな」
「昼間は本当に、シルバーと主婦ばっかりだってさ。
 それに、孫と遊ぶ為にも、体力をつけておかないと、だって」
「ああ。確かに幼児とかの相手って、体力いるもんな」
「だねえ」
「僕達も他人事じゃないよな。父兄参加の体育祭とかもあるし、この仕事、体力がいるし」
「全くその通りだよう」
 僕達は何だかんだ言っていたが、徳川さんが、
「そう。という事で、怜君に直君。健康診断受けてね。この前の集団検診の日、出張でいなかったから、予備日には必ず」
「はあい。面倒臭いなあ」
「前の日絶食だよう」
 僕と直は渋い返事をして、アオに慰められた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...