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ハエ(3)クビ
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ユキは、意外と開き直っていた。訊くと、
「あんな病院、こっちから願い下げです。ちょっと、退職金は惜しいですけど」
と答えた。
辞めると言っていた看護師たちは、「そう指示していた事務員を辞めさせたので、これからはきちんとする」という事務長の言葉を信じたのかどうか、とにかく退職を撤回したらしい。
僕と直は、それを、探り始めていた2課に伝えておいた。
下調べが済み、いよいよ、家宅捜索令状を請求し、帳簿類を調べるという。
「じゃあ、僕達は、甲田さんに会いに行こうか」
「そうだねえ」
僕と直は、病院に向かった。
事務長の臭いは大変なものになっていた。そして院長室も、ハエと蛆が凄い。病棟では、深夜のナースコールとうめき声で怯える患者と看護師が続出し、転院希望者が後を絶たないそうだ。
「何とかして下さい!」
「甲田松三郎を訴えてやる!」
院長と事務長が息巻くのを無視して、院長室のドアを開けた。
大量のハエが飛んでいる。その中で、白く蠢く何かがあった。院長や事務長にも見える程度になっており、2人は眉を顰めて、
「あれは何だ?」
と呟いた。
「た、大変です!警察が――!」
「今忙しい!」
邪険に事務員を追い返そうとした2人だが、2課の連中がダンボール箱を手に現れ、ギョッとなった。
僕達は、それへ軽くアイコンタクトを送り、甲田さんに集中する。
「甲田さん」
白い塊は、びっしりと蛆をたからせた甲田さんだった。
身動きすれば、ポロポロと蛆がこぼれる。事務長が腰を抜かし、院長は動けないで硬直していた。2課の連中は眉を顰め、足を止めて入室を待つ構えだ。
「院長や事務長の方針のせいで状態が悪化したと、訴えたかったんですね」
甲田さんがゆっくりと頷く。
「何の事だ。わ、私は何も――」
「消毒薬を切り詰め、菌を蔓延させた。そのせいで、傷は悪化するし、免疫力の低下した人は、弱い菌にでも感染して発症させる事になる。甲田さんのように」
「違う!それは、そう!事務員が、差額を横領していて」
「一事務員が?経理担当とは言え、入って3年程度の新人が?」
2課の主任が、鼻で事務長をせせら笑った。
「消毒薬の使い回しや薄め過ぎ、薬剤の継ぎ足しはもっと前からだと、スタッフが証言していますよ」
「罪を擦り付けるにしても、考えなさすぎだねえ」
僕と直も言って、肩を竦めた。
「うっ」
「バカが!」
「いや、どうせバレますよ。仕入れ先の伝票と突き合わせれば一発だし」
兄弟は、シュンとした。バカじゃないのか?工作にしては稚拙過ぎる。
その考えが分かったのか、主任は苦笑して、
「こういうのも珍しくないんですよ。バレっこないと自信を持っていたんですかね」
と言った。
「まあ、甲田さん。そういうわけです。あなたは苦しい思いをしましたが、罪は全て明らかになりました」
「辛かったですねえ。こういう中でも、必死にあなたを看病してくれた看護師もいるでしょう?」
甲田さんは、井山兄弟に向かっていた足を止めた。
ハエの羽音と、蛆の肉を食むプチプチという音がする。
「もう、逝きましょう。楽になりましょう」
「甲田さんの想いは伝わりましたよう」
甲田さんは左右に体をゆらゆらと揺らし、
ああ、ああ……
と声のような物を漏らし、ゆっくりと頷いた。
僕は安心して、次にそれに気付いた。
どうやって送る?触るのか?甲田さんの霊に触る前に、蛆に触るぞ?
動揺に直が気付き、そして、その問題に気付いたらしい。同じように動揺している。
「れ、怜、その……」
「そ、そうだな。ここから、強めに送ってみるかな?」
「そ、それがいいかねえ」
浄力を前に飛ばす。地域ごと浄化する時のように。
余計に力はかかるし、その分疲れるが、背に腹は代えられない。
ああ。これをピンセットででも取れる看護師さんは偉大だ、と思った。
結局、病院の不正は全て暴かれ、ユキの無実も証明されて、退職金も出る事になったそうだ。そして院長、事務長、看護師長らが罪に問われたのは勿論、病院は閉院となり、患者も医師も看護師も事務員も、よそへと移る事となった。
ユキも誘われたが、断ったらしい。病院や介護施設は、何だか怖い、と言う。
まあ、ユキは真面目だし、就職も何とかなるだろう。
「寝たきりかあ。予防のために、うちの親は、ジムに通い始めたよう」
「まあ、定年後のシルバー世代の利用者は多いとか聞くな」
「昼間は本当に、シルバーと主婦ばっかりだってさ。
それに、孫と遊ぶ為にも、体力をつけておかないと、だって」
「ああ。確かに幼児とかの相手って、体力いるもんな」
「だねえ」
「僕達も他人事じゃないよな。父兄参加の体育祭とかもあるし、この仕事、体力がいるし」
「全くその通りだよう」
僕達は何だかんだ言っていたが、徳川さんが、
「そう。という事で、怜君に直君。健康診断受けてね。この前の集団検診の日、出張でいなかったから、予備日には必ず」
「はあい。面倒臭いなあ」
「前の日絶食だよう」
僕と直は渋い返事をして、アオに慰められた。
「あんな病院、こっちから願い下げです。ちょっと、退職金は惜しいですけど」
と答えた。
辞めると言っていた看護師たちは、「そう指示していた事務員を辞めさせたので、これからはきちんとする」という事務長の言葉を信じたのかどうか、とにかく退職を撤回したらしい。
僕と直は、それを、探り始めていた2課に伝えておいた。
下調べが済み、いよいよ、家宅捜索令状を請求し、帳簿類を調べるという。
「じゃあ、僕達は、甲田さんに会いに行こうか」
「そうだねえ」
僕と直は、病院に向かった。
事務長の臭いは大変なものになっていた。そして院長室も、ハエと蛆が凄い。病棟では、深夜のナースコールとうめき声で怯える患者と看護師が続出し、転院希望者が後を絶たないそうだ。
「何とかして下さい!」
「甲田松三郎を訴えてやる!」
院長と事務長が息巻くのを無視して、院長室のドアを開けた。
大量のハエが飛んでいる。その中で、白く蠢く何かがあった。院長や事務長にも見える程度になっており、2人は眉を顰めて、
「あれは何だ?」
と呟いた。
「た、大変です!警察が――!」
「今忙しい!」
邪険に事務員を追い返そうとした2人だが、2課の連中がダンボール箱を手に現れ、ギョッとなった。
僕達は、それへ軽くアイコンタクトを送り、甲田さんに集中する。
「甲田さん」
白い塊は、びっしりと蛆をたからせた甲田さんだった。
身動きすれば、ポロポロと蛆がこぼれる。事務長が腰を抜かし、院長は動けないで硬直していた。2課の連中は眉を顰め、足を止めて入室を待つ構えだ。
「院長や事務長の方針のせいで状態が悪化したと、訴えたかったんですね」
甲田さんがゆっくりと頷く。
「何の事だ。わ、私は何も――」
「消毒薬を切り詰め、菌を蔓延させた。そのせいで、傷は悪化するし、免疫力の低下した人は、弱い菌にでも感染して発症させる事になる。甲田さんのように」
「違う!それは、そう!事務員が、差額を横領していて」
「一事務員が?経理担当とは言え、入って3年程度の新人が?」
2課の主任が、鼻で事務長をせせら笑った。
「消毒薬の使い回しや薄め過ぎ、薬剤の継ぎ足しはもっと前からだと、スタッフが証言していますよ」
「罪を擦り付けるにしても、考えなさすぎだねえ」
僕と直も言って、肩を竦めた。
「うっ」
「バカが!」
「いや、どうせバレますよ。仕入れ先の伝票と突き合わせれば一発だし」
兄弟は、シュンとした。バカじゃないのか?工作にしては稚拙過ぎる。
その考えが分かったのか、主任は苦笑して、
「こういうのも珍しくないんですよ。バレっこないと自信を持っていたんですかね」
と言った。
「まあ、甲田さん。そういうわけです。あなたは苦しい思いをしましたが、罪は全て明らかになりました」
「辛かったですねえ。こういう中でも、必死にあなたを看病してくれた看護師もいるでしょう?」
甲田さんは、井山兄弟に向かっていた足を止めた。
ハエの羽音と、蛆の肉を食むプチプチという音がする。
「もう、逝きましょう。楽になりましょう」
「甲田さんの想いは伝わりましたよう」
甲田さんは左右に体をゆらゆらと揺らし、
ああ、ああ……
と声のような物を漏らし、ゆっくりと頷いた。
僕は安心して、次にそれに気付いた。
どうやって送る?触るのか?甲田さんの霊に触る前に、蛆に触るぞ?
動揺に直が気付き、そして、その問題に気付いたらしい。同じように動揺している。
「れ、怜、その……」
「そ、そうだな。ここから、強めに送ってみるかな?」
「そ、それがいいかねえ」
浄力を前に飛ばす。地域ごと浄化する時のように。
余計に力はかかるし、その分疲れるが、背に腹は代えられない。
ああ。これをピンセットででも取れる看護師さんは偉大だ、と思った。
結局、病院の不正は全て暴かれ、ユキの無実も証明されて、退職金も出る事になったそうだ。そして院長、事務長、看護師長らが罪に問われたのは勿論、病院は閉院となり、患者も医師も看護師も事務員も、よそへと移る事となった。
ユキも誘われたが、断ったらしい。病院や介護施設は、何だか怖い、と言う。
まあ、ユキは真面目だし、就職も何とかなるだろう。
「寝たきりかあ。予防のために、うちの親は、ジムに通い始めたよう」
「まあ、定年後のシルバー世代の利用者は多いとか聞くな」
「昼間は本当に、シルバーと主婦ばっかりだってさ。
それに、孫と遊ぶ為にも、体力をつけておかないと、だって」
「ああ。確かに幼児とかの相手って、体力いるもんな」
「だねえ」
「僕達も他人事じゃないよな。父兄参加の体育祭とかもあるし、この仕事、体力がいるし」
「全くその通りだよう」
僕達は何だかんだ言っていたが、徳川さんが、
「そう。という事で、怜君に直君。健康診断受けてね。この前の集団検診の日、出張でいなかったから、予備日には必ず」
「はあい。面倒臭いなあ」
「前の日絶食だよう」
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