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ナンパと美魔女(3)知りたくなかった真実
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僕と直は、気配を頼りにその部屋に踊り込んだ。
ドアを蹴破る勢いで開けると、大学生くらいの男が壁際に立っていて、食いつきそうになっていた女がこちらに体を向けると、四つん這いで逃げて来た。
良かった。元気そうだ。
「あれ、何?別人!」
震える指で女を差す。
その先で、女の姿はゆっくりと変わっていく。
繁華街で見た時は若くて美人な姿だったのに、全身の肌の色は土気色になり、筋肉は落ちてスレンダーを通り越している。
「ああ。あなたでもいいわ。若ければ。3人もいれば、もつでしょう」
言いながら、ゆらゆらと足を踏み出し、近付いて来る。
が、そこに直の札が飛んで、拘束する。
「陰陽課の御崎です」
「同じく町田ですう」
「あなたは3人の男性をここで襲い、昏睡させましたね」
女は身を捩りながら、答えた。
「生気をもらっただけよ。若さを維持するのに必要だから」
最早、その姿は生きている人のものではない。ゾンビかミイラか。
「若さどころか、もう、死んでるからねえ」
「黙れぇ!私は、美魔女クイーン。いつまでも、若くて美しい姿でいなくては――!」
剥きだした歯がぽろぽろと抜け、栗色だった髪は色も艶も失ってばさばさと抜けて床に山を作る。筋肉はなくなり、骨がむき出しになっていった。
ゴンという音に振り返ると、被害者になる予定だった男が、失神していた。
「あなたは、もう亡くなっているんですよ。もう、逝きましょうよ」
「私はぁ、若くてきれいぃ!」
「だめだよ、怜」
「そうだな」
僕は、彼女に浄力を当てて、成仏を促した。
うちのアサガオは、青と赤だった。兄ちゃんに渡したのは、赤と白の花を付けたらしい。
「怜、お花の絵描いたよ!ほら!お水もあげたの!」
甥の敬が、クレヨンで書いた絵を持って、見せてくれる。
僕と美里は、お盆休みで兄の所に行っていた。
「きれいに書けてるなあ。
いっぱい咲いたんだな。ちゃんと世話もできたのか。偉いぞ、敬」
敬は嬉しそうに笑って、
「押し花も作ってるから、できたら見てね!」
と言う。
「わあ、楽しみ!」
美里が笑う。
御崎美里、旧姓及び芸名、霜月美里。若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。そして、3月に入籍した僕の妻でもある。
「死んでも若さと美しさに執着して、若い男から生気を奪ってたとはなあ」
兄が、溜め息をつきながら言う。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「その年齢に応じた美しさってのがあるのになあ。若そうに見えればいいってもんじゃないよ」
言うと、冴子姉が笑う。
御崎冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「あら嬉しい。そう言ってくれる男性ばっかりならね」
「芸能界も、ちゃんと何かが無い子は、若い子にどんどん変わっていくしね」
「ああ。確かに」
顔だけの人は、若くなくなって来ると、いつの間にかいなくなっている。
「でも、お母さんがきれいだと、やっぱり嬉しいわよね、敬君」
「うん!お母さん、かっこいいのとかわいいの!お父さんはかっこいいの!」
「よくわかってるな、敬」
僕達は笑って、
「まあ、無理はしないでいろって事だな。無理のない範囲で、まあ、それなりに努力すればいいんじゃないのか」
「そうだな、うん」
やっぱり兄ちゃんは、言う事もかっこいい。
「あ。ちょうちょ!」
アサガオの葉に、蝶がとまっていた。
「もうお花はしぼんじゃったから、明日また来てね。明日はまた咲くからね」
敬が蝶に、謝るように言う。
「どうしてすぐに終わっちゃうの?ずっと咲いていたらいいのに」
「そのままだったら困らないか?花が枯れないと、種ができないぞ」
「たくさんにならないねえ」
「それに、敬も大きくなれないぞ?」
「困る!大きくなって、ぼく、お巡りさんになるんだもん!」
「楽しみだなあ」
皆で笑い合う。
時間が過ぎても、一緒に笑って一緒に楽しんでいられる人がいれば、あんなに執着する事も無かったのかも知れない。
でも、僕がもし執着してしまうとしたら、この、人そのものだろう。兄ちゃんやこの皆や直。欠ける事が、想像もできない。
これは、怖い事なのかも知れない。
「どうした、怜」
「兄ちゃん。いや、何でもない。幸せだなあと思って」
「そうだな」
蝶が暑い日差しの中にまた飛び立っていくのを、僕と兄は、何となく眺めていた。
ドアを蹴破る勢いで開けると、大学生くらいの男が壁際に立っていて、食いつきそうになっていた女がこちらに体を向けると、四つん這いで逃げて来た。
良かった。元気そうだ。
「あれ、何?別人!」
震える指で女を差す。
その先で、女の姿はゆっくりと変わっていく。
繁華街で見た時は若くて美人な姿だったのに、全身の肌の色は土気色になり、筋肉は落ちてスレンダーを通り越している。
「ああ。あなたでもいいわ。若ければ。3人もいれば、もつでしょう」
言いながら、ゆらゆらと足を踏み出し、近付いて来る。
が、そこに直の札が飛んで、拘束する。
「陰陽課の御崎です」
「同じく町田ですう」
「あなたは3人の男性をここで襲い、昏睡させましたね」
女は身を捩りながら、答えた。
「生気をもらっただけよ。若さを維持するのに必要だから」
最早、その姿は生きている人のものではない。ゾンビかミイラか。
「若さどころか、もう、死んでるからねえ」
「黙れぇ!私は、美魔女クイーン。いつまでも、若くて美しい姿でいなくては――!」
剥きだした歯がぽろぽろと抜け、栗色だった髪は色も艶も失ってばさばさと抜けて床に山を作る。筋肉はなくなり、骨がむき出しになっていった。
ゴンという音に振り返ると、被害者になる予定だった男が、失神していた。
「あなたは、もう亡くなっているんですよ。もう、逝きましょうよ」
「私はぁ、若くてきれいぃ!」
「だめだよ、怜」
「そうだな」
僕は、彼女に浄力を当てて、成仏を促した。
うちのアサガオは、青と赤だった。兄ちゃんに渡したのは、赤と白の花を付けたらしい。
「怜、お花の絵描いたよ!ほら!お水もあげたの!」
甥の敬が、クレヨンで書いた絵を持って、見せてくれる。
僕と美里は、お盆休みで兄の所に行っていた。
「きれいに書けてるなあ。
いっぱい咲いたんだな。ちゃんと世話もできたのか。偉いぞ、敬」
敬は嬉しそうに笑って、
「押し花も作ってるから、できたら見てね!」
と言う。
「わあ、楽しみ!」
美里が笑う。
御崎美里、旧姓及び芸名、霜月美里。若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。そして、3月に入籍した僕の妻でもある。
「死んでも若さと美しさに執着して、若い男から生気を奪ってたとはなあ」
兄が、溜め息をつきながら言う。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「その年齢に応じた美しさってのがあるのになあ。若そうに見えればいいってもんじゃないよ」
言うと、冴子姉が笑う。
御崎冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「あら嬉しい。そう言ってくれる男性ばっかりならね」
「芸能界も、ちゃんと何かが無い子は、若い子にどんどん変わっていくしね」
「ああ。確かに」
顔だけの人は、若くなくなって来ると、いつの間にかいなくなっている。
「でも、お母さんがきれいだと、やっぱり嬉しいわよね、敬君」
「うん!お母さん、かっこいいのとかわいいの!お父さんはかっこいいの!」
「よくわかってるな、敬」
僕達は笑って、
「まあ、無理はしないでいろって事だな。無理のない範囲で、まあ、それなりに努力すればいいんじゃないのか」
「そうだな、うん」
やっぱり兄ちゃんは、言う事もかっこいい。
「あ。ちょうちょ!」
アサガオの葉に、蝶がとまっていた。
「もうお花はしぼんじゃったから、明日また来てね。明日はまた咲くからね」
敬が蝶に、謝るように言う。
「どうしてすぐに終わっちゃうの?ずっと咲いていたらいいのに」
「そのままだったら困らないか?花が枯れないと、種ができないぞ」
「たくさんにならないねえ」
「それに、敬も大きくなれないぞ?」
「困る!大きくなって、ぼく、お巡りさんになるんだもん!」
「楽しみだなあ」
皆で笑い合う。
時間が過ぎても、一緒に笑って一緒に楽しんでいられる人がいれば、あんなに執着する事も無かったのかも知れない。
でも、僕がもし執着してしまうとしたら、この、人そのものだろう。兄ちゃんやこの皆や直。欠ける事が、想像もできない。
これは、怖い事なのかも知れない。
「どうした、怜」
「兄ちゃん。いや、何でもない。幸せだなあと思って」
「そうだな」
蝶が暑い日差しの中にまた飛び立っていくのを、僕と兄は、何となく眺めていた。
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