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古桜(1)泣く桜
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桜前線が北上し、関東地方の桜も満開だ。僕達も毎年、混雑する花見スポットを避けて、近所の桜を楽しむ。
その神社も、そんな地域の隠れたお花見スポットらしい。
「これか」
僕と直は、咲き誇る桜の木々から外れてひっそりと立つ古木を見上げた。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「ああ。花は全然ついてないねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
僕と直は、花見に来たのではない。夜中になるとこの桜の木から啜り泣く声が聞こえるという訴えが駐在所にあり、来たのだ。
「もう寿命でして。今年あたり、枯れて倒れる前に切ってしまおうと計画がされてはいるんですが、泣く声が聞こえて、皆、困っておりまして」
人の好さそうな駐在さんが、木を見上げて言う。
「お祓いとかしなかったのですかねえ?」
「しようとしましたが、その矢先に神主がぎっくり腰になりまして。それで、切る事に賛成派と反対派に分かれて、剣呑な雰囲気になって困っております」
眉をハの字にして、笑った。
「太いなあ。樹齢何年だろうな」
「戦前から立ってそうだよねえ」
2人で見上げていると、杖を突いた老人がゆっくり、ゆっくりと歩いて来て、古木の前で足を止めた。
「おや、こんにちは。咲いていない桜の木の前でどうかなさったかな」
「いえ。随分立派で、樹齢何年くらいだろうかと話していた所ですよう」
にこにこと直が答えると、老人は笑って木を見上げた。
「私が子供の頃から大木でしたからなあ。さてはて」
そして、昔を懐かしむように言う。
「そう。大抵の思い出はここにあった。友達と遊ぶのは決まってここ、出征が決まった時も密かにここで不安に震え、どうにか命からがら戻って来れた時はこの木にただいまと報告した。
そして、どこの誰かわからないあの人と会ったのもここ。あの人との約束があったから、私は死に物狂いで、生き延びようと頑張れた」
ざわざわと、枝が風に揺れた。
「私も年を取ったが、この木も年を取った。私はもう長くないが、この木も、同じらしい。不思議なものです。
しかし、入院前に、後1度だけでいい。この木が花を付けるのを見たかったもんですなあ」
寂し気に呟いて、咳をすると、軽く頭を下げて、またゆっくりと歩み去って行った。
「今の方は?」
「富永春樹さんと仰って、代々ここで宿屋を営んで来た家の方です。昔は白皙の美青年というタイプだったそうですな。
肺癌で、桜の終わるころにはホスピスに入る事が決まっているそうで」
「そうですか……」
しんみりと老人の後ろ姿を見送り、また、古木を見る。
「じゃあ、調査してみますのでねえ」
「はい。よろしくお願いいたします」
駐在さんは答え、駐在所に戻って行った。
僕と直は、それに話しかけた。
「で、あなたは?」
古木にもたれかかるように、弱々しい感じの女性の霊がいた。
「私は、フキと申します。この村の貧しい小作農の娘でした」
言いながら、老人の去った方をずっと気にしている。
「富永さんと、何か」
「きゃっ」
「……」
「富永さんが仰ってた、あの人ですか」
フキさんは恥ずかしそうに笑って、そして、寂しそうな顔をした。
「ああ。もう1度、咲かせたかった」
その神社も、そんな地域の隠れたお花見スポットらしい。
「これか」
僕と直は、咲き誇る桜の木々から外れてひっそりと立つ古木を見上げた。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「ああ。花は全然ついてないねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
僕と直は、花見に来たのではない。夜中になるとこの桜の木から啜り泣く声が聞こえるという訴えが駐在所にあり、来たのだ。
「もう寿命でして。今年あたり、枯れて倒れる前に切ってしまおうと計画がされてはいるんですが、泣く声が聞こえて、皆、困っておりまして」
人の好さそうな駐在さんが、木を見上げて言う。
「お祓いとかしなかったのですかねえ?」
「しようとしましたが、その矢先に神主がぎっくり腰になりまして。それで、切る事に賛成派と反対派に分かれて、剣呑な雰囲気になって困っております」
眉をハの字にして、笑った。
「太いなあ。樹齢何年だろうな」
「戦前から立ってそうだよねえ」
2人で見上げていると、杖を突いた老人がゆっくり、ゆっくりと歩いて来て、古木の前で足を止めた。
「おや、こんにちは。咲いていない桜の木の前でどうかなさったかな」
「いえ。随分立派で、樹齢何年くらいだろうかと話していた所ですよう」
にこにこと直が答えると、老人は笑って木を見上げた。
「私が子供の頃から大木でしたからなあ。さてはて」
そして、昔を懐かしむように言う。
「そう。大抵の思い出はここにあった。友達と遊ぶのは決まってここ、出征が決まった時も密かにここで不安に震え、どうにか命からがら戻って来れた時はこの木にただいまと報告した。
そして、どこの誰かわからないあの人と会ったのもここ。あの人との約束があったから、私は死に物狂いで、生き延びようと頑張れた」
ざわざわと、枝が風に揺れた。
「私も年を取ったが、この木も年を取った。私はもう長くないが、この木も、同じらしい。不思議なものです。
しかし、入院前に、後1度だけでいい。この木が花を付けるのを見たかったもんですなあ」
寂し気に呟いて、咳をすると、軽く頭を下げて、またゆっくりと歩み去って行った。
「今の方は?」
「富永春樹さんと仰って、代々ここで宿屋を営んで来た家の方です。昔は白皙の美青年というタイプだったそうですな。
肺癌で、桜の終わるころにはホスピスに入る事が決まっているそうで」
「そうですか……」
しんみりと老人の後ろ姿を見送り、また、古木を見る。
「じゃあ、調査してみますのでねえ」
「はい。よろしくお願いいたします」
駐在さんは答え、駐在所に戻って行った。
僕と直は、それに話しかけた。
「で、あなたは?」
古木にもたれかかるように、弱々しい感じの女性の霊がいた。
「私は、フキと申します。この村の貧しい小作農の娘でした」
言いながら、老人の去った方をずっと気にしている。
「富永さんと、何か」
「きゃっ」
「……」
「富永さんが仰ってた、あの人ですか」
フキさんは恥ずかしそうに笑って、そして、寂しそうな顔をした。
「ああ。もう1度、咲かせたかった」
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