体質が変わったので

JUN

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被殺人計画(1)計画失敗

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 温かくなり始めたと言っても、朝晩はまだヒヤリとする。
 マンションのベランダで1人夜空を見上げていた仁川久雄にかわひさおは、家族写真を眺め、今月中には出て行かなければならない自宅を振り返った。
 妻と娘の3人暮らし。そこそこ幸せに、そこそこ不満も持って、ここで暮らして来た。それは続くはずだったのに、どうしてこうなったのだろう。
 わかってはいた。友人の勧めで投資に手を出したら失敗し、取り返そうとしたら借金が膨らんだ。友人は姿をくらまし、その後でそれがサギだったとわかった。会社では子会社に左遷されて給料は下がったばかり。
 溜め息をつき、計画のための工作を始める。
 来客があったかのように、コップを2つ洗い桶に沈める。そして、玄関ドアの鍵を開け、リビングを適当に散らかす。そして、実家に娘と墓参りに戻っている妻に電話をかけた。
「ああ、早栄子さえこ。お義母さんと加奈かなはどうだ。――そうか。よろしく言っておいてくれ。すまんなあ。まあ、せめて春休みの間だけでも、ゆっくりしてくれ。――ああ、大丈夫だ。仕事を休むわけにはいかんさ。――はは。ん?何だ、やめろ、何をする、おい!わああ!!」
 言って、手すりに背中を預け、もたれて行く。
 星空がグルリと回り、足の方へ流れて行った。流れ星が1つ。
 ああ。計画が成功して、保険金が下りますように。

 徹底的に、目撃者を探し、現場を調べ、隅から隅まで調査した。
「自殺ですね」
 それが、捜査の結論だった。
「そんな!だって、電話でやめろとか何をするんだとか。部屋に争ったような跡もあったし、コップが2つ洗い桶にあったのも犯人が指紋を消す為でしょう?」
 妻も娘もそう言ったが、気の毒に思いながらも説明する。
「ベランダで1人で電話して、1人でやめろとか言いながら落ちて行ったのを、ベランダでタバコを吸っていた別の部屋の住人が目撃しています。
 それと、部屋へ行くには階段とエレベーターのある前を通らないといけませんが、ここでずっと喋り続けていた住人がいて、誰も出入りしていないと証言しています。
 それに、散らかった部屋も、大事そうなものは壊れていません。自分でやったと思われます。
 ご主人の生命保険は、自殺では保険が下りないんですよね。でも、来月の新学期までには、お嬢さんの学費の為にお金が要った。
 それで、殺人に見せかけた自殺をしたのではないかと。
 あわよくば、自分を騙した友人を犯人にできるかも知れないとも思ったかも知れません」
 妻は放心したような顔でそれを聞き、いきなりワッと泣き伏した。
 娘は思いついたように言う。
「幽霊は?それなら見えなくても不思議じゃないわ!お父さんが自殺するなんておかしいわ!」
「陰陽課の調査でも、それらしい形跡はありませんでした。何より、あそこにずっといる霊がいて、自殺だったとそう証言しているそうです」
 それで娘も脱力したように座り込み、母親と抱き合って泣き始めた。
「お父さんのバカァ!公立の中学に転校するから別にいいって言ったのに!」
「あああああ……!」
 いつまでも親子の嗚咽は続いた。

 その調査をしたC班のメンバーは、スッキリしない顔をしていた。
「仁川さんも、必死で保険金を妻子に残せるように考えたんでしょうね」
 鍋島さんが気の毒そうに言った。
「でも、バレますよ、そんな工作」
 八分さんが溜め息をつきながら言い、茜屋さんも頬杖をついて言う。
「後味悪いよな」
「心情的には気の毒だと思うが、それを認めてやるわけにはいかないしな」
 御崎 怜みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「そうだねえ。余計にご遺族が気の毒だねえ」
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
 殺人事件かと思われた自殺。それはワイドショーを賑わし、遺族は好奇の的になっているだろう。
「もう、放って置いてやればいいのに」
 僕は心からそう思う。
「いっそ、政治家が失言するとか、芸能スキャンダルが起こるとかすれば、話題はそっちに移るんじゃないかな」
「恐ろしい事を言うなあ、小牧さん」
 皆が戦慄した。
「あ、だったらもうすぐあるんじゃないかな。怜君と美里様の結婚の話題」
 徳川さんが言う。
 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「明後日の日曜日にお祝いだし。絶対に記者が張ってるよね。
 いっそ入籍会見したら、日本中の目がそっちに向くよ」
 御崎美里、旧姓及び芸名は霜月美里。結婚したての僕の妻だ。若手を代表するような人気女優で、歯に衣着せぬ言動から美里様と呼ばれている。
「嫌だ」
「人助けだよう」
「……嫌だ」
 そんなの、嫌だ。結婚式も無しで、写真と入籍と親しい人だけを招いての集まりで済ます事に僕も美里もしたのは、そういうのが面倒臭いからだ。
「まあ、無表情と女王様の結婚会見も、見ものと言えば見ものだけど、盛り上がらなそうではあるなあ」
 沢井さんがしみじみと言うと、皆が一斉に吹き出した。
 

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