体質が変わったので

JUN

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虫(3)強襲する黒

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 僕と直は、一軒の家を見上げた。
「ここだな」
「ここだね」
 表札を見ると、男性1人女性2人の3人家族らしい。庭付きの一軒家で、花の植えられたプランターがたくさん並んでいる。
「よっぽど花が好きなのかねえ」
 言っていると、向かいの家の住人が、買い物から帰って来た。
「あ、すみません。ちょっといいですかねえ」
 直がにこにこと、その初老の主婦に話しかけた。
「警視庁陰陽課の町田と申しますう」
「同じく御崎と申します」
「このところの虫騒動についてお話を――」
 聞き込んだところ、内容は先程と同じだった。
「ところで、お向かいの庭。花がたくさんありますねえ」
「ああ、そうね。今月……いや、先月かしら。急にお嬢さんの千春ちゃんが、凝り始めたみたいよ」
「千春ちゃんですか」
「挨拶はするし、かわいいし、ゴミが落ちていたら拾うし、良い子よ。高校3年生だったかしら」
 機嫌よく褒めている。
「へえ」
「成績もいいらしいし、きちんとしたお嬢さんでねえ」
 べた褒めだ。
 意外と話好きだった女性の話をどこでどう切り上げるのか気になり始めた頃、急激に、念が高まるのを感じた。
 同時に、向かいの家の中から物凄い悲鳴がして、縁談を勧め始めて来た主婦も、ギョッとしたように口をつぐんだ。
「何!?今の、千春ちゃんの声だわ!」
「行ってみます。お話、ありがとうございました」
 僕と直は、向かいの家に走り込んだ。

 千春は、凍り付いたようにそれを見ていた。
 壁一面――いや、視界一面と言ってもいいんじゃないかと思うくらい、黒かった。それが蠢いている。
「な、な……」
 よく見たらそれはゴキブリの大群で、よく見た事を後悔した。
 これをどうにかするのは不可能だと、誰でもわかるだろう。
 かと言って、逃げようにも、ドアはそのゴキブリの向こうで、ドア自体が真っ黒だ。ここは2階で、窓からケガ覚悟で飛び降りようと思っても、ゴキブリと正三角形の位置にあり、こちらが動いたら、一気に飛び掛かって来そうで怖い。
 手近にあるのは、うさぎの死体を埋めたプランターとハサミだけ。
 投げつけたところで、どうにかなるとも思えない。
 声を上げたら、それでゴキブリが一気に来そうで、声も上げられない。
 どうしよう、どうしよう、どうしようーー!?
 凍り付いている内に、一匹が、ジリ、と2センチ程近付いて来た。
「ヒッ!?」
 そしてそれはザワザワと、千春に近付き始める。
「い、嫌、来ないでーー!いやあああ!!」
 たまらず悲鳴を上げたのと、それらが一気に襲い掛かって来たのとは、同時だった。

 1階にいた主婦に理由を告げるのも後回しにして、とにかく気配の元の部屋へと急ぐ。
 飛び込んだら、真っ黒な人形みたいなのが床に転がっていて、弱々しく動いたので、人間にゴキブリがビッシリとたかっているのだとわかった。
 僕、直に続いて部屋を覗いた主婦が、大音量で金切り声を上げる。
 叫びたいのは僕も同じだ。虫は苦手だ。意思疎通ができないにも程があるし、行動が読めない。死んだかと思っても、いきなり動き出したりする。
 無理だ。僕に、克服できる気がしない。
 取り込んで得た力を遠慮なく使い、風を起こしてゴキブリを一匹残らず体から引き剥がし、竜巻の中でぐるぐると回して逃がさないようにしながら窓を開けて外にやり、今度は火で焼き尽くす。
 その間に直は倒れているヒトに近寄って生きている事を確認した。
「救急車を!早く!」
「は、はい!」
 主婦は腰を抜かしかけていたが、慌ててポケットから出したスマホで救急車を呼び始めた。
「どうだ、直」
「噛まれたのかねえ?傷だらけだよ。意識はあるけど……」
 目は焦点を結んでおらず、涎と血にまみれ、ガタガタ震えている。
「こっちは頼む」
「了解だねえ」
 僕は、姿を現した霊に向き直った。
「うさぎ、ハムスター、小鳥か。メルヘンになってもいいのに」
 彼らは、憎しみに満ちた目で、こちらを睨んでいた。



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