621 / 1,046
虫(3)強襲する黒
しおりを挟む
僕と直は、一軒の家を見上げた。
「ここだな」
「ここだね」
表札を見ると、男性1人女性2人の3人家族らしい。庭付きの一軒家で、花の植えられたプランターがたくさん並んでいる。
「よっぽど花が好きなのかねえ」
言っていると、向かいの家の住人が、買い物から帰って来た。
「あ、すみません。ちょっといいですかねえ」
直がにこにこと、その初老の主婦に話しかけた。
「警視庁陰陽課の町田と申しますう」
「同じく御崎と申します」
「このところの虫騒動についてお話を――」
聞き込んだところ、内容は先程と同じだった。
「ところで、お向かいの庭。花がたくさんありますねえ」
「ああ、そうね。今月……いや、先月かしら。急にお嬢さんの千春ちゃんが、凝り始めたみたいよ」
「千春ちゃんですか」
「挨拶はするし、かわいいし、ゴミが落ちていたら拾うし、良い子よ。高校3年生だったかしら」
機嫌よく褒めている。
「へえ」
「成績もいいらしいし、きちんとしたお嬢さんでねえ」
べた褒めだ。
意外と話好きだった女性の話をどこでどう切り上げるのか気になり始めた頃、急激に、念が高まるのを感じた。
同時に、向かいの家の中から物凄い悲鳴がして、縁談を勧め始めて来た主婦も、ギョッとしたように口をつぐんだ。
「何!?今の、千春ちゃんの声だわ!」
「行ってみます。お話、ありがとうございました」
僕と直は、向かいの家に走り込んだ。
千春は、凍り付いたようにそれを見ていた。
壁一面――いや、視界一面と言ってもいいんじゃないかと思うくらい、黒かった。それが蠢いている。
「な、な……」
よく見たらそれはゴキブリの大群で、よく見た事を後悔した。
これをどうにかするのは不可能だと、誰でもわかるだろう。
かと言って、逃げようにも、ドアはそのゴキブリの向こうで、ドア自体が真っ黒だ。ここは2階で、窓からケガ覚悟で飛び降りようと思っても、ゴキブリと正三角形の位置にあり、こちらが動いたら、一気に飛び掛かって来そうで怖い。
手近にあるのは、うさぎの死体を埋めたプランターとハサミだけ。
投げつけたところで、どうにかなるとも思えない。
声を上げたら、それでゴキブリが一気に来そうで、声も上げられない。
どうしよう、どうしよう、どうしようーー!?
凍り付いている内に、一匹が、ジリ、と2センチ程近付いて来た。
「ヒッ!?」
そしてそれはザワザワと、千春に近付き始める。
「い、嫌、来ないでーー!いやあああ!!」
たまらず悲鳴を上げたのと、それらが一気に襲い掛かって来たのとは、同時だった。
1階にいた主婦に理由を告げるのも後回しにして、とにかく気配の元の部屋へと急ぐ。
飛び込んだら、真っ黒な人形みたいなのが床に転がっていて、弱々しく動いたので、人間にゴキブリがビッシリとたかっているのだとわかった。
僕、直に続いて部屋を覗いた主婦が、大音量で金切り声を上げる。
叫びたいのは僕も同じだ。虫は苦手だ。意思疎通ができないにも程があるし、行動が読めない。死んだかと思っても、いきなり動き出したりする。
無理だ。僕に、克服できる気がしない。
取り込んで得た力を遠慮なく使い、風を起こしてゴキブリを一匹残らず体から引き剥がし、竜巻の中でぐるぐると回して逃がさないようにしながら窓を開けて外にやり、今度は火で焼き尽くす。
その間に直は倒れているヒトに近寄って生きている事を確認した。
「救急車を!早く!」
「は、はい!」
主婦は腰を抜かしかけていたが、慌ててポケットから出したスマホで救急車を呼び始めた。
「どうだ、直」
「噛まれたのかねえ?傷だらけだよ。意識はあるけど……」
目は焦点を結んでおらず、涎と血にまみれ、ガタガタ震えている。
「こっちは頼む」
「了解だねえ」
僕は、姿を現した霊に向き直った。
「うさぎ、ハムスター、小鳥か。メルヘンになってもいいのに」
彼らは、憎しみに満ちた目で、こちらを睨んでいた。
「ここだな」
「ここだね」
表札を見ると、男性1人女性2人の3人家族らしい。庭付きの一軒家で、花の植えられたプランターがたくさん並んでいる。
「よっぽど花が好きなのかねえ」
言っていると、向かいの家の住人が、買い物から帰って来た。
「あ、すみません。ちょっといいですかねえ」
直がにこにこと、その初老の主婦に話しかけた。
「警視庁陰陽課の町田と申しますう」
「同じく御崎と申します」
「このところの虫騒動についてお話を――」
聞き込んだところ、内容は先程と同じだった。
「ところで、お向かいの庭。花がたくさんありますねえ」
「ああ、そうね。今月……いや、先月かしら。急にお嬢さんの千春ちゃんが、凝り始めたみたいよ」
「千春ちゃんですか」
「挨拶はするし、かわいいし、ゴミが落ちていたら拾うし、良い子よ。高校3年生だったかしら」
機嫌よく褒めている。
「へえ」
「成績もいいらしいし、きちんとしたお嬢さんでねえ」
べた褒めだ。
意外と話好きだった女性の話をどこでどう切り上げるのか気になり始めた頃、急激に、念が高まるのを感じた。
同時に、向かいの家の中から物凄い悲鳴がして、縁談を勧め始めて来た主婦も、ギョッとしたように口をつぐんだ。
「何!?今の、千春ちゃんの声だわ!」
「行ってみます。お話、ありがとうございました」
僕と直は、向かいの家に走り込んだ。
千春は、凍り付いたようにそれを見ていた。
壁一面――いや、視界一面と言ってもいいんじゃないかと思うくらい、黒かった。それが蠢いている。
「な、な……」
よく見たらそれはゴキブリの大群で、よく見た事を後悔した。
これをどうにかするのは不可能だと、誰でもわかるだろう。
かと言って、逃げようにも、ドアはそのゴキブリの向こうで、ドア自体が真っ黒だ。ここは2階で、窓からケガ覚悟で飛び降りようと思っても、ゴキブリと正三角形の位置にあり、こちらが動いたら、一気に飛び掛かって来そうで怖い。
手近にあるのは、うさぎの死体を埋めたプランターとハサミだけ。
投げつけたところで、どうにかなるとも思えない。
声を上げたら、それでゴキブリが一気に来そうで、声も上げられない。
どうしよう、どうしよう、どうしようーー!?
凍り付いている内に、一匹が、ジリ、と2センチ程近付いて来た。
「ヒッ!?」
そしてそれはザワザワと、千春に近付き始める。
「い、嫌、来ないでーー!いやあああ!!」
たまらず悲鳴を上げたのと、それらが一気に襲い掛かって来たのとは、同時だった。
1階にいた主婦に理由を告げるのも後回しにして、とにかく気配の元の部屋へと急ぐ。
飛び込んだら、真っ黒な人形みたいなのが床に転がっていて、弱々しく動いたので、人間にゴキブリがビッシリとたかっているのだとわかった。
僕、直に続いて部屋を覗いた主婦が、大音量で金切り声を上げる。
叫びたいのは僕も同じだ。虫は苦手だ。意思疎通ができないにも程があるし、行動が読めない。死んだかと思っても、いきなり動き出したりする。
無理だ。僕に、克服できる気がしない。
取り込んで得た力を遠慮なく使い、風を起こしてゴキブリを一匹残らず体から引き剥がし、竜巻の中でぐるぐると回して逃がさないようにしながら窓を開けて外にやり、今度は火で焼き尽くす。
その間に直は倒れているヒトに近寄って生きている事を確認した。
「救急車を!早く!」
「は、はい!」
主婦は腰を抜かしかけていたが、慌ててポケットから出したスマホで救急車を呼び始めた。
「どうだ、直」
「噛まれたのかねえ?傷だらけだよ。意識はあるけど……」
目は焦点を結んでおらず、涎と血にまみれ、ガタガタ震えている。
「こっちは頼む」
「了解だねえ」
僕は、姿を現した霊に向き直った。
「うさぎ、ハムスター、小鳥か。メルヘンになってもいいのに」
彼らは、憎しみに満ちた目で、こちらを睨んでいた。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる