体質が変わったので

JUN

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穴(3)握られる

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 僕は直に栗を渡した。
「栗、ありがとうねえ。やっぱりまずは栗ご飯かねえ。ゆでただけのを半分に切ってスプーンでほじって食べるのもいいんだよねえ」
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「あっさりしてるし、あれもいいよなあ。
 あ、そうだ」
 僕は昨日の高校生について話し、写真を見せた。
「この校章は、今話題の鉄の箱の中で水死していた高校生の通っていた学校のものだねえ。ニュースで映ってたのを見たよう」
「じゃあ、あの3人組がますます気になるな」
「行ってみるかねえ」
 僕と直は、早速行ってみる事にした。
 それは都内にある県立高校で、マスコミが門前に群がっていたのですぐにわかった。
 捜査員によると、遺体は2年の立川修次たちかわしゅうじ。成績は普通、素行も普通。いたって大人しい目立たない子で、いじめもなかった筈だと、学校側も生徒達も言っていたそうだ。
 尤も、それを鵜呑みにする事は無いが、実際に訊いた捜査員達も、答える彼らが嘘をついているようには見えなかったと言っている。
 職員室へ行き、仲の良かった子について訊いた。
室伏むろぶし満浦みつうら井頭いとうの3人です」
 そう答える担任は、これが何度目かになるのだろう。淀みなく答え、クラスの集合写真で3人を指示した。
 万華鏡の体験でのあの3人だった。
「この3人も、普通の生徒ですよ。4人共、問題も起こさないし、特に目立つ事もないし」
「そうですか。今この3人は?」
「地学の授業中ですから、地学教室に」
 担任が言った時、気配がした。
「失礼します」
 僕と直は、校長と担任を置いて飛び出した。気配を辿って急ぐ。
 その部屋に着いた時には、気配はフッと消えていた。
「どうした?おい!」
 教師が顔を覗き込むが、その生徒、井頭君は固い顔付きで震えており、他の生徒達はそれを遠巻きに眺めて興奮したように喋っていた。
 生徒は数人ずつグループに分かれてテーブルに着き、各テーブルに1台顕微鏡が置いてあった。
 プレパラートには小さな石が張り付けてあり、各席に砥石と水が置いてある。プレパラートに貼り付けた鉱石を薄く磨いて、顕微鏡で見えるようにするという実習だろう。
 ほんの2、3回磨き過ぎたら鉱石が消えてしまうという、ラストに神経を使う実習だ。
 追いついて来た担任が、地学教室に入り、地学教師に何があったか訊いている。
 訊かれた方も訳がわかっていないようだ。
「突然、叫び声を上げて、震え出して……」
「まあ、取り敢えず保健室へ行かせましょうか。私がついて行きますから」
「お願いします」
「行くぞ、井頭」
 室伏君、満浦君は、不安そうな顔で見送っていた。

 保健室で、僕と直は彼と向かい合った。
「警視庁陰陽課の御崎です」
「同じく町田ですう」
井頭洋輔いとうようすけです」
 ボソボソと喋る。
「何があったのかねえ」
 直が訊き手に回る。
「……別に……」
「でも、悲鳴を上げたんだよねえ?」
「……」
 僕と直は、目を見交わした。
 同席している担任は、口を挟まないという約束だったが、たまらず口を開いた。
「井頭。何かあったんなら言いなさい」
「……」
 それでも、井頭君は頑なだ。
「それは、友達の――」
 言いかけた時、また、気配がした。
「あの?」
「また出た!」
 僕と直は、飛び出した。
 先程の地学教室では、地学教師は途方に暮れたような顔をして満浦君を見ており、満浦君は青い顔でガタガタ震えていた。そしてそんな満浦君に、室伏君が心配そうに寄り添い、クラスの皆は、ヒソヒソと喋っていた。
 気配はまたも、消えていた。
 僕と直は、満浦君と室伏君を保健室へと連れて行った。

 担任は、立川君と仲が良かった3人が次々とおかしな事をしたので、流石に関連があるのではないかと考えたらしい。
「何かあったのならちゃんと言いなさい。
 あの、立川なんでしょうか。立川と関係が?」
 最初は、未成年だし警察の人間と2対1ではと思ったが、出てもらうか場所を変えるかした方がいいかも知れない。
「それを調べるためにも、話を聞きたいのですが」
 彼らは目をチラチラと見交わして迷っているようだったが、意を決したように、満浦君が口を開いた。
「机の中に手を入れたら、誰かに、ギュッと……」
 そして、左手を出し、袖を軽く引っ張った。
「手形か」
 手首の辺りに、ギュッと掴んだような形で、手の痕が付いていた。
「僕は、さっき顕微鏡を覗いたら、目がギョロってこっちを見て……」
 井頭君がそう言う。
「……ぼくは、この前、自動販売機でジュースを出そうとしたら、手を掴まれたし、あと、遠足の時も、万華鏡の向こうから目が……」
「ああ。偶然僕もそこにいた。万華鏡を放り出してたな。覗いたら、目が覗いてたか?」
 室伏君は勢いよく頭を振り、3人は口々に青い顔で質問をして来た。
「何で!?」
「あれは誰ですか!?」
「あれって、もしかして立川!?」
「僕達殺されるの!?」
「穴の中から呼んでるの!?」
「死にたくない!ごめん、立川、死にたくない!」
 何かがあったのは確実だろう。そんな怯え方だ。
「お前ら……。
 何かあったのなら、正直に全部言え。隠さずに全部!」
 担任も青い顔だ。いじめなどがあれば、大問題だろう。
 その時、気配が急激に辺りに満ちた。僕と直が警戒するのは当然だが、担任や生徒達にもわかるほどの、強烈なものだ。
「何?何だ?誰!?」
「立川なのか?」
 井頭君と担任が、泣きそうな声を上げ、4人は腰を浮かしてキョロキョロとする。
「皆、ここから動かないで下さいねえ。結界から出ちゃいますからねえ」
 直が言うと、4人はおしくらまんじゅう張りにくっついた。
 いや、そこまでは言ってないが……まあいいか。
 閉まり切っていない机の引き出し、ベッドと布団の間、カーテンの下の隙間から、青白い指が出ていた。倒れた丸い缶の中、鉛筆削りの穴、壁に飾られた丸い輪のオブジェの輪の中から、瞬きもせずにこちらを見る目があった。

     助けてって言ったのに

 男子生徒の霊が、現れた。


 
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