体質が変わったので

JUN

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ストリートビュー(3)草競馬

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 太ももが痛いし、背筋も違和感がある。
「興味はあったんだが、乗馬って、色んな筋肉を使うんだな」
 休憩時間、僕と直は、馬を下りて、ストレッチをした。
 朝から今日は乗馬で、並足、駆け足、簡単な障害と、鬼教官にしごかれていた。
「いやあ、警部達みたいに筋のいいのも珍しい」
「それはどうも」
 直も苦笑して、
「見ているよりハードですねえ」
と言った。
「はっはっはっ。あの競走馬に並ぶんですから、そりゃあ、すぐに競馬場に行けるくらいに仕込まないと」
「え、それ、馬券を買う方じゃなくて?」
「さあ、張り切って行きましょう!」
 僕と直は、呆然として、水を飲む馬を見た。

 道端で、馬と共に待つ。
 僕が借りたのはムラサキシキブ。直が借りたのがセイショウナゴン。馬主が、国文学ファンらしい。ついでに、こんな名前だが牡馬だという。オネエにしたいのか?
「追いかける馬は、どうやらサクラリュウセオウだって言ってたねえ」
「そっちは競走馬らしい名前だな。
 あ、ムラサキシキブもカッコいいよ。日本文化の極みだな」
「そうだよお。セイショウナゴンも、最高だねえ」
 なぜかムッとしたように僕と直に息を吹きかけて抗議して来た馬の機嫌を取ると、2頭は機嫌を直したのか、足元の草を突付き始めた。
 馬は本当に賢い生き物だというのは、今日、ようくわかった。
 とは言え、会話はどうしてもできない。多分、ムツゴロウさんでもできない。
「どうしようか。何でもいいからとにかく足を止めさせて、パスをつなげば感情は大まかにわかるかも知れないけど……困ったな」
「皆、何とかなる、大丈夫、の一点張りだったもんねえ」
「根拠は何だ?」
「馬は賢い、だねえ」
 2人で、ガックリとした。
 ムラサキシキブとセイショウナゴンが、励まそうというのか、顔をなめて来る。
「あ、うん。ありがとう。気持ちだけで」
「十分に伝わったからねえ」
 ブルン!
 2頭が鼻息をフンッと吐いた時、遠くで気配がした。同時に、2頭も耳をピクリとさせる。
「来たねえ」
「行くか」
 僕と直はムラサキシキブとセイショウナゴンに乗って、慎重に距離とスピードをはかった。並走するためには、リレーのバトンパスのようにうまく助走とそこからの加速を行わなければならない。
「来い、サクラリュウセオウ。勝負だ――!」
 ヒヒン!と、ムラサキシキブが鳴いて、足で砂をかく。
「負けられないねえ」
 直が言うと、セイショウナゴンは頭を1つ振って、やる気を見せた。
 そして、青白く光る馬が近付いて来た。
 スタートを切り、数秒後に馬が並ぶ。
 まるで競馬だ。念のために少し前からここを通行止めにしてあるが、もしこれを見た車があったら、間違いなく事故を起こしそうだ。
 先頭は譲るものかと言うかの如く、3頭はただ全力で走る。
 そして僕と直は、練習よりもけた外れの本気で走る馬から落ちないようにするだけだった。
 まずい、これでは何もできないぞ。下手をすれば馬が疲れるまで走るだけになるんじゃないだろうか。
 そんな考えが頭をチラッとかすめるが、3頭は一斉に柵を飛び越え、考える余裕も無くなっていった。
 馬同士で、通じる何かがあったとしか思えない。3頭はほぼ同時にスピードを緩め、やがて足並みを揃えて駆け足になり、並足になり、止まった。
 そして、僕と直は、落ちるように馬から下りた。
「……もうだめかと思った……」
「永遠に走るのかと思ったよお」
 ブルウン!
 だらしないと言っているのか?それとも、よくやったと言っているのか?
 ムラサキシキブとセイショウナゴンに鼻先でチョンと押される感じで、僕と直はサクラリュウセオウの前に立った。
「こんばんわ。御崎と言います」
「こんばんわ。町田と言いますう」
 ブルン。
 どうしよう。物凄く間抜けな事をしているようにしか思えない。
 だが、ヤケクソだ。
「この辺りを毎晩走っていますよね。驚いて事故を起こす人が多くて、ちょっと困るんですが」
 パトカーが近付いて来ている。サクラリュウセオウは静かな目でこちらを見るだけで、やっぱり喋ってはくれない。
「パスを通してみよう。もうそれしかないよ、事情を訊くのは」
「そうだねえ。他の人は、祓えとか言うかもしれないからねえ」
 僕は、サクラリュウセオウにパスを通してみた。
 緑の広い牧場。高校生くらいの女の子。青い顔の痩せた中年女性と夫らしい作業着の男。馬主一家だろうか。女の子は笑ってそばに来て、優しく体を叩き、ヒョイと騎乗して来た。それで、景色は流れ出す。早い。どこまでもどこまでも、もっと早く!もっと走りたい!
 そこで、現実に戻った。
「サクラリュウセオウ。もしかして、あの女の子に会いたいのか?」
 サクラリュウセオウはその通りと言いたいのか、鼻を鳴らした。
「でもなあ」
 鼻面を押し当てて来て、こすりつける。
「甘えてる……お願いしてるのかねえ?」
 サクラリュウセオウは3回ほど、そうだそうだというように頭を上下させ、直にも鼻面をこすりつけた。
「どうしよう、困ったなあ」
 ムラサキシキブとセイショウナゴンが、
「俺からも頼むよ」
と言わんばかりに、僕と直に鼻面を押し当てる。
「かわいいし、大人しいし、探してみるか。走り回ったりしなければ害もないしな。それに、敬にも会わせたら喜ぶぞ」
 ヒヒン?
「甥だ。かわいいし賢いし優しいんだ。流石は兄ちゃんの子だな」
「怜?」
「よし。封じた状態で、まずは彼女の事故現場を視てみよう。いなければ東京に戻って、父親の行方を捜してみよう。お墓とか、わかるかもしれないし。いう事を聞くんだぞ?」
 ブルンッ!
「まあ、いいかねえ。もしかしたら、その子の霊もいるかも知れないしねえ」
 とは言うものの、そんな形で残っているとは思いもしていなかったのである。

 男は、今日もストリートビューを確認せずにはいられなかった。
 震える指で、操作する。
「ああ……」
 全く同じ位置からなのに、女はとうとう画面いっぱいのアップになるくらいにまで近付いていた。
「あああ……!」
 男は震えて、声を上げた。




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