体質が変わったので

JUN

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トラック(3)親子の願い

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 親子の霊はもがいていたが、やがて諦めたのか、警戒しつつも大人しくなった。
「こんにちは。警視庁陰陽課です。
 お話を伺いたいのですがよろしいでしょうか」
 各々バッジを提示して、話しかける。
「わあ、テレビみたい!」
 子供はそれに目を輝かせた。
「……何でしょうか」
 母親が口を開く。
「よくこの辺りにいらっしゃいますよね。トラックの窓を叩いたりして。その理由を伺いたいんですよ。
 ドライバーが怖いと訴えて来たものですから」
 母親は子供をチラッと見てから、答える。
「トラックがズラリと並ぶのは見ての通りでしょう。朝方ほどでないにしても、昼間も、止まっていない事はないんです。
 ここで、私達ははねられて死にました。トラックの大きな車体で車の接近に気付かず。車の方からも、トラックの隙間から出て来る私達に気付かず。小学校初めての遠足だったのに」
「押しボタン式信号機の付いた横断歩道は?」
「車は、黄色でスピードを上げる車が少なくありませんし、あの日も、横断歩道にかかるくらいたくさんのトラックが止まっていましたし」
 僕達は、思わず車道を1車線塞いで止まっているトラックの列を見た。
「確かに、危ないねえ」
「ええ。それで、腹立たしくて。ここに止まって寝ないで欲しいと」
「お気の毒に……」
「交通課に、注意喚起してもらいましょうか、係長」
 鍋島さんに気の毒そうに同意され、茜屋さんにそう憤慨したように言われ、親子はホッとしたような顔をした。
「使える法律はいくつかあるしな。確かに危険だ」
「同様の事故がまた起こらないとも限らないしねえ」
「わかりました。交通課には必ず伝えます」
「よろしくお願いいたします」
 母親は、頭を下げた。
「ですから、お母さん。後は心配せずに、お子さんと2人、逝きませんか。このままここにとどまっているのは、お勧めできません。歪みの原因になって、あなたやお子さんが、目的を忘れて感情だけに引きずられる悪いものになってしまうかも知れないんですよ。そうなると、苦痛の伴う方法ででも、強制的に祓う事になりかねません。
 ですから、今のうちに」
 親子は顔を見合わせた。
「あっくん。ママと、逝こうか」
「うん!」
 たぶん子供は良くわかってはいないだろうが、母親と一緒で安心している。
「はい。よろしくお願いいたします」
「はい。では」
 そっと浄力を当てる。
「わあ!?ママ、凄い!」
 体が光り、端から徐々にほどけるように、立ち上って行く。
「きれいねえ」
「うん!」
 そして親子は、笑顔で逝った。
「逝きましたねえ」
 鍋島さんが、しみじみと言う。
「お疲れ様です。交通課には僕達が報告と一緒に申し入れをしておきます」
「早朝から大変だったねえ。片付いて良かったよぉ」
「さあて。じゃあ、行くか」
 ようやく辺りは、薄明るくなり始めた。

 康介は真新しいサッカーボールで、怪しいながらもどうにかリフティングを8回してみせた。
「康君、格好いい!」
「へへへ」
 敬に褒められて、康介は嬉しそうだ。
「上手にできるようになったな。記録更新か」
 兄が言うと、京香さんは苦笑した。
「失敗してボールがどこかに行っちゃうと、追いかけて行って危ない事になるんだけどね」
 双龍院京香そうりゅういんきょうか。僕と直の師匠で、隣に住んでいる。大雑把でアルコール好きな残念な美人だが、面倒見のいい、頼れる存在だ。
 今日は2家揃って公園へお弁当を持って遊びに来たのだ。
「飛び出さないように気を付けるんだぞ」
 父親の康二さんに言われ、康介は大きく頷いた。
「じゃあ、ご飯にしましょうか」
 冴子姉が言って、康介と敬もレジャーシートにいそいそと座る。
 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「今日は何?」
「いい匂いがするぅ!」
 康介と敬が手を拭きながらも目を保冷バッグに釘付けにして訊く。
「今日はサンドウィッチにした。冴子姉と京香さんと一緒に作ったんだぞ」
 康介が、ちょっと不安な顔で京香さんを見た。やめてあげなさい。
 幼稚園入園以降、遠足などでお弁当を作る機会があり、京香さんが悩んでいたのだ。春の遠足では中身が完全に寄って悲惨なお弁当になり、秋の運動会では汁気が出て全体が残念になり、秋の遠足は頼まれて僕がキャラ弁を作って持たせたのだ。
 そこで、今後の為にお弁当作りをやっておきたいと、まず今日はサンドウィッチ。そして次はおにぎりと、お弁当を作ってみる事にしたのだ。
 冴子姉も、あと数年で敬のお弁当を作る事になるので、他人事ではないと、3人で作った。
 卵、トンカツ、クリームチーズとスモークサーモン、きゅうりとハムとトマトとチーズ、カマンベールチーズとナッツとはちみつの5種類。
 それと、ミートボールとうずら、プチトマトのベーコン巻き、枝豆とソーセージ、エビのソテーを各々つまようじに刺したもの。
 それらを、弁当箱に詰めてある。
 やはり弁当は、彩りと詰め方。すぐに寄ってしまう詰め方では、蓋を開けた時にがっかりだ。かと言って、ぎゅうぎゅうに詰めればいいというものではない。
 あとサンドウィッチは、水分が出ないようにしなければいけない。パンにバターを塗って水分がしみないようにするのは勿論だが、具材を挟む前に、なるべく水分が出ないように絞るとか、水分の出難い具材を選ぶなどした方がいい。それと、挟んでからしばらく置いてから切った方が、ズレたりしにくい。
 後はデザートに、イチゴ大福とバナナマフィンも作って来た。
 康介のものは京香さんが、敬のものは冴子姉が詰めた。
「うわあ、美味しそう!」
 敬は歓声を上げた。
 康介は目を輝かせた後、疑わしそうな目を京香さんに向けた。
「お母さんが作ったの?」
「そうよ。ええっと、3人で作って、康介のそれを詰めたのはお母さんよ!」
 京香さんが胸を張り、康介が笑顔になる。
「きれーい!」
 京香さんは涙目で、
「ありがとう、怜君。今度、おむすびもお願いね」
と言う。
 聞いているこちらも、もらい泣きしそうだ。
「さあ、食べようか。いただきます!」
「いただきます!」
 手を合わせ、食べ始める。
 春は、どことなくウキウキする季節だ。ああ。事故も無く、元気にこうしてまた笑い合えたらいいな。
 桜のつぼみが、色付き始めていた。


 
 
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