体質が変わったので

JUN

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野天風呂(2)麓の温泉宿

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 駅に降り立って、第一声目は、
「寒い」
だった。
 ただでさえ真冬のさなかで寒いのに、寒冷前線が居座っていて、強くて冷たい風が、雪を容赦なく吹き付けて来る。
「これ、流石に現場に行けるのかねえ?」
「行ったらこっちが遭難しそうだな」
 僕達は背を丸めて、改札に向かった。
 そこには迎えの刑事が来ており、お互いに寒いので、挨拶もそこそこでまず車に乗って、ヒーターをつけた。
「ああ……」
「極楽だねえ」
「よりによって今日は寒波が来てまして。
 寒い中、遠い所をありがとうございます。まずは署にご案内します。
 でも、今日はこの調子ですから、現場に行くのは危険でして。現場を見て頂くのは明日以降になると思います」
「山の中にあるんですよね」
「はい。細い山道を登って行く事になります」
 警察署は近く、話しているとすぐに着いた。
 そして、挨拶をして、事件の話を再度聴いて、取り敢えず今日は宿で待機という事で、温泉旅館に案内された。
 歴史を感じる建物だった。旅館は駅から歩いても5分程で、駐車場には車が10台程度。部屋は和室で、食事は部屋食だ。そして温泉はアルカリ泉で、大浴場は内湯、露天風呂、洞窟風呂があった。
 寒いし、夕食前にお風呂に入ろうかと、早速行ってみる。
 雪で外へ行けないのでお風呂を楽しむしか皆もないらしい。そこそこ、客が入っていた。
「温かさが、沁みるな」
「指先が、ジンジンするねえ」
 冷えた体に、心地良い。
 露天に行ってみると、雪見風呂を楽しむ近所の人らしき年配の人達がいた。
「兄さん達、どこから来なすったね」
 にこにこと、話しかけて来る。
「東京ですぅ」
「せっかく来てくれたのに、この天気じゃあなあ。どこにも行けん」
「これはこれで、風情があっていいですよ。ねえ、怜」
「ああ。なかなか経験できないから、楽しいですよ」
「そりゃあ良かった、良かった」
 お爺さんたちは笑い合った。
「何かと続いたしなあ。これも、祟りかも知れん」
「ああ。池で、裸で亡くなった方がいたとか」
 しれっと訊く。
「そうなんじゃあ。氷が張るような池じゃぞ。酔ってても間違えたりせんわい」
「あれはきっと祟りじゃ。落ち武者の怒りじゃ」
「ん?昔あそこで無理心中した坊さんと商家の娘さんの霊だとか聞いたぞ?この世で結ばれないのを悲観して心中したものの、あの世でも添えず、互いに相手を今も求めているとか」
「ああ。それで男女どっちも死んどるのか」
「いや、待て待て待て。血洗い池じゃぞ。落ち武者だろう?」
 噂は複数あるようだったが、結局、
「まあ、いいか。雪が止んだら、線香でも供えておけば、どっちでも」
とまとまった。
 え、いいのか?どっちでも?
 まあ、長く生きたら、霊は霊、どっちでもいいのかも知れない。
 僕と直は、お爺さん達が、何か悟りを開いたかのように見えて来た。
「お兄さん達は学生さんかね」
「いえ、社会人ですよ」
「そうかね。出張に来てみればこの雪。ついてないな。
 まあ、そんなお兄さん達に、お勧めを」
「そうだな。そこの洞窟風呂に、是非!行ってみなさい」
「タオルを巻いてな」
 僕と直は、強く勧められて、興味が湧いた。
「へえ。洞窟風呂ですかあ」
「主人がコツコツと掘った手作りでな。もう、本当に、お勧めじゃ」
「へえ。それじゃ、行ってみようか」
「そうだねえ」
 僕と直は礼を言って露天風呂を出、腰にタオルを巻いて、洞窟風呂と看板のかかるドアを押し開いた。
「おお。洞窟だな、本当に!」
「これを自分で掘ったって、凄いねえ」
 ザブザブと入って行き、水路のようになった洞窟風呂を見ながら進む。
「あ?」
「え?」
 まず、目を疑った。次に、冤罪だ、と思い、『現職警察官僚覗きで現行犯逮捕』という見出しの幻を見た。
 しかし、引き返そうとするより先に、目の前の女性グループがこちらを見た。
「あ、お兄ちゃん達」
「あの、すみません、間違えました――か?」
「いつ?どこで?分かれ道とかあったかねえ?」
 混乱している僕達に、地元のおばちゃん達と旅行中の女子学生らしき女性グループは、キョトンとしてから笑い出した。
「洞窟風呂は混浴。看板、あったでしょ?」
「女性は湯あみ着着用、男性はタオルを巻く事ってねえ」
「お兄さん達、学生さんかねえ?また、純情な」
「こっちおいで。立ってちゃあ寒いでしょうに。ほら。風邪ひいたらどうすんの」
「いや、あの」
「プププーッ!」
「わ、笑っちゃ可哀そうよ」
「だ、だって、がっついてラッキースケベを狙うかと思いきや、中学生より奥手かもって」
「クッ。ご、ごめんなさいね。ぷぷっ」
「……いえ」
「……お気遣いなく」
 僕達はポチャンと湯に浸かり、強く勧めて来たお爺さん達の事を思った。
 悟りを開くどころか、煩悩てんこ盛りだった。
 適当なところで戻り、上がると、脱衣所にそれらしい看板はあったが、字が薄くなっていて、ただの板だと思っていたものだった。
 そしてお爺さん達は脱衣所前の休憩室で牛乳を飲んだりマッサージ器に揺すられていたりしていたが、揃っていい笑顔で、親指を立てて来た。
 うん。まだまだ元気で長生きしそうで、良い事だな。
 僕と直は苦笑しながら、部屋へ戻ったのだった。



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