体質が変わったので

JUN

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矜持(2)不穏

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 野際正高さんの取材メモなどは押収されていて見られないので、真梨さんが正高さんとの雑談から思い出せる限りの仕事関係の話を聞いたらしい。
 しかし、正高さんはそういうのを言わない主義だったらしく、ほどんどないという。
 正高さんの足跡を辿って、正高さんが掴んだ疑惑の証拠に辿り着くのは、かなり難しいようだ。
 しかし、正高さんが追っていたものはわかっている。『息子の当て逃げもみ消し』『息子の強制性交もみ消し』『不正献金』だ。
 息子は今留学と称してアメリカにいる。語学留学と言う名の、遊びだ。
 追及するのは、やはり不正献金だろうか。しかし、どこからどう調べたものか。
「誰かに聞いてみよう――って、誰が得意かな」
「芦谷さんはきっとマル暴だねえ」
「千歳さんは元捜査一課だよな」
「小牧さんは元公安だよねえ。二課とは違うけど、何か知らないかねえ」
「そうだな。一番知ってそうな気はするよな」
 僕と直は、早速小牧さんを待ち構えて、不正献金について調べるにはどこをどう調べるものか訊いてみた。
「また、変な質問を……」
 小牧さんは目を丸くしてから、言葉を探すように言った。
「端緒にもよりますけどね。企業の脱税や二重帳簿がまあ物的証拠になり易いですか。後は、受け渡しの瞬間とか議員側の資金の出入り」
「ジャーナリストが掴むなら、受け渡しの現場とかかな」
「産業スパイばりに、ゴミ箱を調べたりもするらしいし」
「ううーん」
「2人共、例の件ですよね。あれは、触らない方がいい案件ですよ。やるなら、慣れているところが細心の注意を払ってやらないと。何と言っても相手はもと警察官僚。しかも、二課にいた人ですからね。手のうちは全部知ってるんですよ」
 やんわりと、首を突っ込むのはやめておけと言われた。
 僕と直は、どうしたものかと、アオを遊ばせながら考えた。ボールを、2人と1羽でパスし合う遊びだ。
「帳簿の類を見るには、令状がいるし、無理だな」
「だねえ。お金の流れも、同じだよねえ」
「チッ」
「受け渡しの瞬間?それも無理だろ」
「それを野際さんは、どうやって調べたんだろうねえ」
「息子の方がまだ何とかなるか?」
「まあ、そうかねえ。息子の交友関係から調べるかねえ」
 そこにしか突破口は無さそうに思える。
「それと、高岡だな。どこかで上谷川議員側と会ってるはずだろ?」
「高岡と高岡の家族に会ってみるか」
 そう、僕達は決めた。

 高岡は進行ガンで、医療刑務所に収監されていた。しかし数日前に、とうとう亡くなったという。
 そこで、遺族の所に行った。
 白黒の遺影は病気の前のものなのか、明るく優しそうな笑顔で、知っている顔、体つきよりも、がっしりとしていた。
 まだ奥さんは涙も乾かないという感じで、あおり運転の末の事故死という痛ましい事件の加害者の妻として、苦労もしたようだ。電話線は抜いてあり、カーテンは締め切られ、子供達は笑顔も忘れたように訪問者を警戒している。
「お引っ越しをされるんですか」
「はい。ここは、ネットで流れてしまって、ご近所もちょっと……。子供が外で遊べもしないのは、可哀そうですから。青森の実家に、行こうと思っています」
「そうですか。
 青森と言えば、りんご、せんべい汁、マグロですね」
「は?はあ」
 奥さんは目を白黒させている。目の前の仏壇にリンゴが盛ってあった。
「2つほどいいですか?」
「はい?あ、どうぞ」
 僕は断って、ナイフを借りると、飾り切りを始めた。うさぎ、葉っぱ、花、市松模様、白鳥。
「うわあ!お母さん、見て、見て!鳥さん!」
「お花、きれーい!」
「まあ。驚いたわ!」
「フッフッフッ。驚くのはまだ早い」
 リンゴの薄切りをすこしずつずらすように重ねてグラニュー糖を軽く振り、レンジにかけてしんなりしたところで、端から巻いていくと。
「バラの花の出来上がり」
「うわあ!お兄ちゃん凄い!」
 子供達はキャッキャと喜んで、それを見て奥さんは泣き出した。
「2人共、お母さんはお客さんとお話があるから、向こうでリンゴを食べてなさい」
「はあい」
 子供達はニコニコ笑って、奥の部屋にリンゴの皿を持って行った。
「済みません。笑うなんて久しぶりだったものですから」
「いえ。ご家族がこんな目に逢うのは、間違っていますよ。青森では、のびのびとできるといいですね」
 そこで、厳しい目を向ける。
「高岡さん。あなたは良かれと思ってした事かも知れませんが、これが本当に望んだ事ですか」
 仏壇にいた高岡の霊は、子供達を見送った後、奥さんのそばにひっそりとついていた。
 奥さんは驚いたように顔を上げ、夫を探すように視線を彷徨わせた。
 高岡は目を伏せている。
「あの――!」
「はい、います。奥さんとお子さんを見守っていますよ。心配なんですよ」
「依頼の報酬は、お金ですかねえ。生活に困らないように」
 高岡は迷うように、口を開けたり閉めたりしている。
「名誉の回復。それが一番の置き土産でしょう」
「あおり運転の末の殺人なんて、いいんですかねえ。お金と引き換えでも、悲しいですよねえ」
 奥さんは、大体のところを察したらしい。
「あなた、いるんでしょ?それは本当なの?田舎で暮らすから、生活はどうにでもなるわ。それよりも、何か事情があるなら言って頂戴。あの子達に、肩身の狭い思いをさせたくないでしょう?」
 高岡は泣き崩れるように肩を落とした。
 直が、可視化の札をきる。
「あなた!」
「……すまん。共同購入した宝くじが当たっていたなんて嘘だ。ある事と引き換えに、そういう形にしてお金を渡してくれると約束をしたんだ」
「ある事?」
 高岡は躊躇い、口にした。
「あるジャーナリストを巻き込んで事故を起こす事」
「それが、あの野際さんね」
 高岡は頷いた。
「ここから先は、場所を変えましょう。後でまた、送りますから」
「お邪魔しましたぁ。
 あの、くれぐれも、他言無用でお願いしますねえ」
「は、はい。わかりました」
 奥さんの目には、光が戻っていた。


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