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陰陽課ブートキャンプ(4)ゲスト
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翌日の朝食はバイキングで、全員疲れは取れているようだったし、食欲も問題なさそうだ。
安心して、本日の研修も行える。
「昨日はあんまり攻撃的でないのばかりだったからなあ。今日は防御も必要なくらいのがいるといいな」
「内容まではチェックも連れて来るのもできなかったからねえ」
僕と直がそう言っていると、誰かが味噌汁にむせていた。
食事を終え、準備を済ませ、今日も廃ホテル群に臨む。
「さあて、逝こうか」
ぞろぞろと入って行く。そして、客室、ロビー、廊下、浴場、プール、調理場と回って歩き、霊を片付け、クリーンになったところで隣の旅館へ移る。
日本庭園風の庭、宴会場、客室。
進んで行く内に、連携はよりスムーズになっていくし、オタオタとしなくなっていく。
また、手に負えないと分かった場合は、可能なら封印し、それから離脱する。そしてそれは僕と直で片付けていくのだが、その見極めもまた、重要だ。
今のところ、どちらも合格点を出していいと思う。
「うん。いいと思いますよ」
「ねえ」
徳川さんも、ホッとしているようだった。
そうして、ガーデンテラスとかいう広場に出た。
ここでは結婚披露パーティーや野点などが行われていたらしい。その頃は手入れの行き届いた芝生だったのだろうが、今は草がぼうぼうだ。
そこに、大きな霊がいた。たくさんの霊が集まったもので、実体化している。
「これは、覚えがある奴だな。直」
「そうだねえ。ここにボク達が来るって、どうやって知ったんだろうねえ」
僕と直は、霊そのものよりも、これをここに寄こしたやつの方にウンザリしていた。
1係と2係の他のメンバーは、敵わないとわかって大人しく下がっている。
「1係と2係は、課長と3係のメンバーをとにかく守る事」
「自分達も含めた防護結界の中に閉じこもっていて欲しいねえ」
「はい!」
「さあて。逝こうか」
「はいよ」
僕と直は、無造作に足を踏み出した。
「見てばかりも、ストレスが溜まるなあ」
「それを見越してのコレかねえ?」
一定の距離をきった時、その霊を縛っていた鎖が解け、霊はグンッと膨らんだかに見えた。
刀を出し、斬る。
斬った欠片が小物の霊に解け、うじゃうじゃと動き出す。
「面倒臭い」
一閃で数体を斬り、直が札で固めた塊をまとめて斬る。そして、まだたくさんの霊が集まっている本体に向き直る。
それは喚き、手足を振り回し、こちらを叩き潰そうと迫って来る。
ひょいと避け、直の札で直上に跳ぶと、浄力を頭頂部から叩き付ける。
すると巨人はバラバラとほどけ、ほどけた先からさらさらと砂のようになって消えて行く。
すべてが消えた後、やはりそいつが現れた。
「獄炎」
「ダメだったか。斬っても数が増えて面倒になるような罠を仕掛けたのにのお」
ヨルムンガンドの獄炎が、悔しそうに言う。
「という事は、シエルもいるのかねえ」
「はあい。久しぶり」
明るく登場するシエルに、僕も直も、頭が痛くなる。
シエル・ヨハンセン。少なくとも僕達にはそう名乗っていた。神を一つに束ね、人類を導いていくべきという考えの秘密結社、ヨルムンガンドの幹部だ。見た目は穏やかで人当たりのいいハンサムでしかない。
「シエル。何で……まあ、いいか。
それより、どうしてここにいるとわかったんだ」
シエルは明るく、
「久しぶりに会ったのに冷たいなあ」
と笑った。
「ねえ、怜、直。本当に、こっちに来る気は無い?」
「しつこいぞ。シエルこそ、こっちに来いよ。智史も待ってるし、話したい事もたくさんあるしな」
「そうだよう、シエル」
「ごめんね」
シエルは申し訳なさそうに言って、
「主義主張は、お互いに譲れないんだね。残念だ」
と小さく笑った。
「逮捕するという手もあるぞ」
「今?無理だよ。わかってるでしょ?」
シエルに何かあればと、獄炎も、見えない所でヨルムンガンドの手下達が、札や霊の封印された壺を構えているのはわかる。
僕は肩を竦めた。
「今日は、就職祝いだよ」
「物騒なお祝いだな」
「ワインでも持って来れれば良かったんだけどね」
シエルも肩を竦めた。
「実はここを利用しようと思ってたんだ。1歩遅かったね。まあ、また探すよ」
「なあ、シエル。本当に、それしか手はないのか?」
「ぼくは、そう思った」
僕と直は、溜め息をついた。
「じゃあ、また」
シエルはにっこりと笑って手を振り、獄炎と一緒に身を翻した。
しばらくすると、辺りの気配が引いて行く。
こうして、陰陽課の心霊ブートキャンプは終了した。
徳川さんと沢井さんと直と僕で、打ち上げに行く。
「まあ、何とか行けそうだね。最悪は、協会から嘱託で来てもらうかとも思ったんだけど」
「ダメですよ。警察官の覚悟あっての霊能師で、反対ではダメです」
僕は反対した。
「ボクもそう思うねえ。まあ、協力は扇ぐけど、やっぱり何かの時がねえ」
直も、同じ意見だ。
「まあね。ぼくも、いずれは自前の霊能者で揃えたいと思うんだよ」
徳川さんは言って、
「まあ、なにはともあれ、これからもよろしく」
とグラスを掲げ、沢井さんが、
「お疲れ様でした」
と言って、乾杯をする。
ああ。ビールが美味しい。
「そうそう。直君も、結婚もうすぐだよね。おめでとう」
「へへへ。ありがとうございますぅ」
直は照れながらも嬉しそうに笑った。
「新居は決めたの?」
沢井さんに訊かれ、
「実は元2体も憑いていた事故物件でぇ」
と話し始める。
シエルの事も気になるが、どうしようもない。とにかく、すべきことをするのが肝心だ。
「で、怜君はどうなの。年末というか年始、驚いてそばを吹き出しかけたよ」
「さあ、吐け」
「えええ……」
笑い合いながら、これからの成功を願った。
安心して、本日の研修も行える。
「昨日はあんまり攻撃的でないのばかりだったからなあ。今日は防御も必要なくらいのがいるといいな」
「内容まではチェックも連れて来るのもできなかったからねえ」
僕と直がそう言っていると、誰かが味噌汁にむせていた。
食事を終え、準備を済ませ、今日も廃ホテル群に臨む。
「さあて、逝こうか」
ぞろぞろと入って行く。そして、客室、ロビー、廊下、浴場、プール、調理場と回って歩き、霊を片付け、クリーンになったところで隣の旅館へ移る。
日本庭園風の庭、宴会場、客室。
進んで行く内に、連携はよりスムーズになっていくし、オタオタとしなくなっていく。
また、手に負えないと分かった場合は、可能なら封印し、それから離脱する。そしてそれは僕と直で片付けていくのだが、その見極めもまた、重要だ。
今のところ、どちらも合格点を出していいと思う。
「うん。いいと思いますよ」
「ねえ」
徳川さんも、ホッとしているようだった。
そうして、ガーデンテラスとかいう広場に出た。
ここでは結婚披露パーティーや野点などが行われていたらしい。その頃は手入れの行き届いた芝生だったのだろうが、今は草がぼうぼうだ。
そこに、大きな霊がいた。たくさんの霊が集まったもので、実体化している。
「これは、覚えがある奴だな。直」
「そうだねえ。ここにボク達が来るって、どうやって知ったんだろうねえ」
僕と直は、霊そのものよりも、これをここに寄こしたやつの方にウンザリしていた。
1係と2係の他のメンバーは、敵わないとわかって大人しく下がっている。
「1係と2係は、課長と3係のメンバーをとにかく守る事」
「自分達も含めた防護結界の中に閉じこもっていて欲しいねえ」
「はい!」
「さあて。逝こうか」
「はいよ」
僕と直は、無造作に足を踏み出した。
「見てばかりも、ストレスが溜まるなあ」
「それを見越してのコレかねえ?」
一定の距離をきった時、その霊を縛っていた鎖が解け、霊はグンッと膨らんだかに見えた。
刀を出し、斬る。
斬った欠片が小物の霊に解け、うじゃうじゃと動き出す。
「面倒臭い」
一閃で数体を斬り、直が札で固めた塊をまとめて斬る。そして、まだたくさんの霊が集まっている本体に向き直る。
それは喚き、手足を振り回し、こちらを叩き潰そうと迫って来る。
ひょいと避け、直の札で直上に跳ぶと、浄力を頭頂部から叩き付ける。
すると巨人はバラバラとほどけ、ほどけた先からさらさらと砂のようになって消えて行く。
すべてが消えた後、やはりそいつが現れた。
「獄炎」
「ダメだったか。斬っても数が増えて面倒になるような罠を仕掛けたのにのお」
ヨルムンガンドの獄炎が、悔しそうに言う。
「という事は、シエルもいるのかねえ」
「はあい。久しぶり」
明るく登場するシエルに、僕も直も、頭が痛くなる。
シエル・ヨハンセン。少なくとも僕達にはそう名乗っていた。神を一つに束ね、人類を導いていくべきという考えの秘密結社、ヨルムンガンドの幹部だ。見た目は穏やかで人当たりのいいハンサムでしかない。
「シエル。何で……まあ、いいか。
それより、どうしてここにいるとわかったんだ」
シエルは明るく、
「久しぶりに会ったのに冷たいなあ」
と笑った。
「ねえ、怜、直。本当に、こっちに来る気は無い?」
「しつこいぞ。シエルこそ、こっちに来いよ。智史も待ってるし、話したい事もたくさんあるしな」
「そうだよう、シエル」
「ごめんね」
シエルは申し訳なさそうに言って、
「主義主張は、お互いに譲れないんだね。残念だ」
と小さく笑った。
「逮捕するという手もあるぞ」
「今?無理だよ。わかってるでしょ?」
シエルに何かあればと、獄炎も、見えない所でヨルムンガンドの手下達が、札や霊の封印された壺を構えているのはわかる。
僕は肩を竦めた。
「今日は、就職祝いだよ」
「物騒なお祝いだな」
「ワインでも持って来れれば良かったんだけどね」
シエルも肩を竦めた。
「実はここを利用しようと思ってたんだ。1歩遅かったね。まあ、また探すよ」
「なあ、シエル。本当に、それしか手はないのか?」
「ぼくは、そう思った」
僕と直は、溜め息をついた。
「じゃあ、また」
シエルはにっこりと笑って手を振り、獄炎と一緒に身を翻した。
しばらくすると、辺りの気配が引いて行く。
こうして、陰陽課の心霊ブートキャンプは終了した。
徳川さんと沢井さんと直と僕で、打ち上げに行く。
「まあ、何とか行けそうだね。最悪は、協会から嘱託で来てもらうかとも思ったんだけど」
「ダメですよ。警察官の覚悟あっての霊能師で、反対ではダメです」
僕は反対した。
「ボクもそう思うねえ。まあ、協力は扇ぐけど、やっぱり何かの時がねえ」
直も、同じ意見だ。
「まあね。ぼくも、いずれは自前の霊能者で揃えたいと思うんだよ」
徳川さんは言って、
「まあ、なにはともあれ、これからもよろしく」
とグラスを掲げ、沢井さんが、
「お疲れ様でした」
と言って、乾杯をする。
ああ。ビールが美味しい。
「そうそう。直君も、結婚もうすぐだよね。おめでとう」
「へへへ。ありがとうございますぅ」
直は照れながらも嬉しそうに笑った。
「新居は決めたの?」
沢井さんに訊かれ、
「実は元2体も憑いていた事故物件でぇ」
と話し始める。
シエルの事も気になるが、どうしようもない。とにかく、すべきことをするのが肝心だ。
「で、怜君はどうなの。年末というか年始、驚いてそばを吹き出しかけたよ」
「さあ、吐け」
「えええ……」
笑い合いながら、これからの成功を願った。
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