体質が変わったので

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刑事の執念(4)遺したもの

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 亜美ちゃんは一晩入院したらすっかり元気になり、両親と家に戻って行った。
 今里の家、車、遺体と亜美ちゃんのいた現場、証拠はばっちりと揃い、意識を取り戻した今里は、回復を待って逮捕される事になる。
 あの神聖な池に相応しい生贄を捧げて、振りかかった不幸を祓う儀式のつもりだったらしい。20年前は学校が上手く行かなかったから。そして今回は、親が次々と亡くなったから。
 そして高峰さんは、意識の戻る事のないまま、微笑みを浮かべて逝った。
 奥さんは、
「病室でうつらうつらしていると、若い頃の姿の夫が来て、『今までありがとうな。どうだ。昔を思い出して惚れ直したか』なんて笑ったんですよ」
と楽しそうに笑っていた。
 昔、高峰さんが交番勤務の頃、幸子ちゃんは近所に住んでいて、「お巡りさん、お巡りさん」と懐いていたそうだ。その後、高峰さんは刑事になる事になって研修を受け、よりによって最初の事件が、幸子ちゃん連れ去り事件だったらしい。
 犯人は今里と思われたものの、その時は決定的な証拠が何も無く、幸子ちゃんも見つからず、悔しい思いを20年間ずっと持ち続けていたようだ。
「粘り強さと、諦めない心かあ」
「幸子ちゃんは助ける事ができなくて残念だったけどねえ」
 僕と直は、課長と徳川さんに詳しい報告をしていた。
 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視正。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「ご両親は、心の区切りがついたと仰って下さったけど、やっぱり、無事に保護したいねえ」
 徳川さんはしんみりと言い、
「まあとにかく、今回もお疲れ様。色々とありがとうね、2人共」
と、口調を変えた。
「いえいえ」
「研修もあと4ヶ月だねえ。まあ、この調子でしっかりね。中村君も、よろしく頼むね」
「はっ、お任せください」
 課長は真面目な顔で返事をし、僕達に付け足した。
「文書での報告書も、提出を」
「う、はい」
「今日中に」
「面倒臭い」
「はい?」
「いえ、書きます。はい」
 徳川さんが、向こうを向いて、笑いをこらえていた。

 刑事課の部屋に戻ると、益田さんが真剣な顔で訊いて来た。
「最初の会議の時、高峰さんは生霊だったって?本当に?」
「うん。本当に」
「ああ……」
 益田さんは、机に突っ伏した。幽霊が失神するほど苦手な益田さんなのだ。色々と考えるのはわかるが。
「これを機に、幽霊も平気に」
「ならないから」
 下井さん達は、呆れたように笑っている。
「まあ、苦手なものくらい誰にだってあるしな。うん」
 益田さんは、ジトーッとした目をしながら、仕事にかかった。
「あ、係長。広報課が探してましたよ。町田係長と2人に取材依頼があるそうですよ」
「ええーっ。嫌だ。面倒臭い」
 黒井さんが噴き出した。
「ははは!これがないとな!」
 高峰さんの件で湿っぽくなっていた課内だったが、笑い声が起こり、いつもの活気が戻って来た。


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