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故郷の風(3)神官の外法の奥義
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外に出ると、尾けて来ていたペルー人以外にも、新顔がいた。この男から、霊の気配がしている。
「一旦帰った振りをして、手を出したところを叩こう」
「そうだねえ」
素知らぬ顔で、そこから離れて行く。
そして、様子を窺う。直はアオを飛ばして、やつらを見張る。
僕はパスを通して、フラカンを呼んだ。
「はあい」
現れたフラカンは、かなり大きさも力も取り戻していた。
が、両手に持ったクッキーが全てを台無しにしていた。先に呼んでおいて良かった。
「フラカン、大事な話がある。まずそれを食べて、口元のカスを取れ」
直の肩が、笑いをこらえて震えていた。
午前の診察と夕方の診察の間の、昼下がりにできた、人通りの絶える間隙のようなひと時。
ペルー人の、一般人が、静かに家に近寄って行く。一般人とは言え、本当の一般人では無さそうだ。軍か警察か情報機関か、それなりの所で訓練をした人間のようだ。
もう1人の男は、霊を封じたと思われる小さい容器を持っている。必要な時に、あそこから出して使うのだろうか。
家の玄関を固め、裏口が無い事を確認し、霊を従えた男に合図を送る。それで男は静かに動き出し、家に入って行く。
それで、僕達も動き出した。
男達が中へ入ると、川口氏が
「午後の診察は4時からになりますが」
と言う。
男達は川口氏に近付くと、ナイフを突き付け、
「シーッ」
と言った。これは世界共通らしい。
すぐに別の男達が、同様に、アナさんとロサさんを連れて来る。
そこで、霊を従えた男が口を開く。
「アナ・アリサカ。父親から預かったものを出せ」
アナさんは
「そんなもの知らない。叔母を頼れと言われて日本に来ただけ」
と言うが、男は静かに頷いた。
「まあ、いい。灰にすれば処理完了だ」
「灰?何をするつもりだ?」
川口氏が訊く。
「なあに。ペルーから来たテロリストが爆弾を誤爆させて、叔母夫婦が巻き込まれるだけだ」
男が言うと、1人が、持参したバッグを床に置き、薬品や部品を床に並べ始める。
「お前は父の敵の1人か」
「だとしたらどうする」
「許さない。お願いします、フラカン!」
アナさんは高々と叫んで、握りしめていたお菓子の箱の札を剥がした。
途端に、風の神にして復讐の神フラカンが現れる。ちょっとアレだが、お菓子の箱にフラカンを忍ばせて、持たせておいたのだ。
「なっ!?」
故郷に伝わる有名な神の出現に、男達が棒立ちになる。
その隙に、川口氏が防犯ベルを鳴らし、それを合図に制服警察が踏み込む。
「どういう――!?」
しかし、流石は訓練されたやつらだ。窓から庭に脱出する。
が、それも予定通りで、僕や直、私服警官が待機済みだ。
「計画通り?凄えな、係長達」
「新人じゃないだろ、これはもう」
黒井さんと外事係の刑事が言い合う。
庭に出て来た男達は、僕達と背後のフラカンとに挟まれている。
と、霊を従えていた男は、迷わず小瓶の蓋を開けた。途端に、封じられていた霊が顕在する。屋根くらいの大きさだろうか。
ギョッと身を引く警察官達に対し、彼らは勝利を確信しているかのように悠々としていた。
「死刑囚10人ってところか」
「温いねえ」
「温いな」
僕は右手に刀を出し、それに対峙した。
「やれ!」
霊を従えていた男の命令で、それは僕に攻撃してきた。
「係長!?」
桂さんの声がしたが、
「心配ないねえ」
と言いながら直が札をきり、それを踏んで頭上に跳ぶと、一刀で頭から斬り伏せる。
「クッ」
驚いた顔をする彼らだったが、次の行動にはこちらが驚いた。霊を従えていた男は、失った霊をここで補充でもするつもりなのか、ためらうことなくリモコンのような物のスイッチを押した。すると、一般ペルー人はビクンと硬直して倒れ、そこから強引に生霊を引き出して、男はそれを憑依させた。
「外道だな、お前」
男はニヤリと嗤いながら、英語で言った。
「私は、神官の末裔。この秘術を使ったのは初めてだが、やってみせる」
「そうか。
フラカン。アナさん達を守れ」
言い置いて、神官を睨む。
生霊3人分を依りつかせた神官は、苦しそうな顔、嘲笑、驚き、色々な顔に目まぐるしく変わりながら、僕に掴みかかろうとしてくる。
「あんた、最低だな。魂を何だと思ってるんだ」
浄力を叩き込み、それで、生霊を弾き飛ばす。すると各々、体に戻って行く。
神官はフラフラとしていたが、やはり無理があったのか、膝をついて白目を剥いて失神した。
アナさん達は抱き合って泣き出したが、アナさんとロサさんは故郷の神様に、深々と頭を下げた。
「これで、お父さんの無念を晴らせる」
「ああ。懐かしい、故郷の風だわ」
後日聞いたところによると、ペルーでは例の証拠とアリモリさん達を殺害した証拠、アナさん達を殺そうと襲って来た時の動画までが暴露され、凄い騒ぎになっているらしい。それとあの神官は、無理が祟って霊能力が失われた。そして外交官という身分で入国していたために日本で逮捕はできなかったが、不正をしていた政治家共々、犯罪者として裁かれるようだ。
そしてアナさんは国に帰ったのだが、フラカンも連れて帰ってもらった。
甥の敬はフラカンが帰ると聞いて寂しがったが、兄が、
「家に帰れなくなっても、敬は平気か」
と言えば、納得した。なんて、聞き分けのいい子だろう。そして、兄ちゃんも説得が上手いんだろう。流石兄ちゃんだ。
「フラカンもどうしてるかねえ」
「日本のお菓子に未練があったみたいだが、それ、神様としてどうなんだろうな」
「まあ、宴会好きの神様も多い事だしねえ」
「それもそうだな」
五十歩百歩、団栗の背比べ。そういう事だな。
「風が熱くなってきたなあ」
「そうだねえ。ペルーの風は、どんな風だろうねえ」
僕と直は、夏空を見上げて、ペルーに思いを馳せた。
「係長、それより報告書書いて下さいよ」
桂さんが容赦なく言った。
「面倒臭い」
飛行機雲が、青空に伸びていた。
「一旦帰った振りをして、手を出したところを叩こう」
「そうだねえ」
素知らぬ顔で、そこから離れて行く。
そして、様子を窺う。直はアオを飛ばして、やつらを見張る。
僕はパスを通して、フラカンを呼んだ。
「はあい」
現れたフラカンは、かなり大きさも力も取り戻していた。
が、両手に持ったクッキーが全てを台無しにしていた。先に呼んでおいて良かった。
「フラカン、大事な話がある。まずそれを食べて、口元のカスを取れ」
直の肩が、笑いをこらえて震えていた。
午前の診察と夕方の診察の間の、昼下がりにできた、人通りの絶える間隙のようなひと時。
ペルー人の、一般人が、静かに家に近寄って行く。一般人とは言え、本当の一般人では無さそうだ。軍か警察か情報機関か、それなりの所で訓練をした人間のようだ。
もう1人の男は、霊を封じたと思われる小さい容器を持っている。必要な時に、あそこから出して使うのだろうか。
家の玄関を固め、裏口が無い事を確認し、霊を従えた男に合図を送る。それで男は静かに動き出し、家に入って行く。
それで、僕達も動き出した。
男達が中へ入ると、川口氏が
「午後の診察は4時からになりますが」
と言う。
男達は川口氏に近付くと、ナイフを突き付け、
「シーッ」
と言った。これは世界共通らしい。
すぐに別の男達が、同様に、アナさんとロサさんを連れて来る。
そこで、霊を従えた男が口を開く。
「アナ・アリサカ。父親から預かったものを出せ」
アナさんは
「そんなもの知らない。叔母を頼れと言われて日本に来ただけ」
と言うが、男は静かに頷いた。
「まあ、いい。灰にすれば処理完了だ」
「灰?何をするつもりだ?」
川口氏が訊く。
「なあに。ペルーから来たテロリストが爆弾を誤爆させて、叔母夫婦が巻き込まれるだけだ」
男が言うと、1人が、持参したバッグを床に置き、薬品や部品を床に並べ始める。
「お前は父の敵の1人か」
「だとしたらどうする」
「許さない。お願いします、フラカン!」
アナさんは高々と叫んで、握りしめていたお菓子の箱の札を剥がした。
途端に、風の神にして復讐の神フラカンが現れる。ちょっとアレだが、お菓子の箱にフラカンを忍ばせて、持たせておいたのだ。
「なっ!?」
故郷に伝わる有名な神の出現に、男達が棒立ちになる。
その隙に、川口氏が防犯ベルを鳴らし、それを合図に制服警察が踏み込む。
「どういう――!?」
しかし、流石は訓練されたやつらだ。窓から庭に脱出する。
が、それも予定通りで、僕や直、私服警官が待機済みだ。
「計画通り?凄えな、係長達」
「新人じゃないだろ、これはもう」
黒井さんと外事係の刑事が言い合う。
庭に出て来た男達は、僕達と背後のフラカンとに挟まれている。
と、霊を従えていた男は、迷わず小瓶の蓋を開けた。途端に、封じられていた霊が顕在する。屋根くらいの大きさだろうか。
ギョッと身を引く警察官達に対し、彼らは勝利を確信しているかのように悠々としていた。
「死刑囚10人ってところか」
「温いねえ」
「温いな」
僕は右手に刀を出し、それに対峙した。
「やれ!」
霊を従えていた男の命令で、それは僕に攻撃してきた。
「係長!?」
桂さんの声がしたが、
「心配ないねえ」
と言いながら直が札をきり、それを踏んで頭上に跳ぶと、一刀で頭から斬り伏せる。
「クッ」
驚いた顔をする彼らだったが、次の行動にはこちらが驚いた。霊を従えていた男は、失った霊をここで補充でもするつもりなのか、ためらうことなくリモコンのような物のスイッチを押した。すると、一般ペルー人はビクンと硬直して倒れ、そこから強引に生霊を引き出して、男はそれを憑依させた。
「外道だな、お前」
男はニヤリと嗤いながら、英語で言った。
「私は、神官の末裔。この秘術を使ったのは初めてだが、やってみせる」
「そうか。
フラカン。アナさん達を守れ」
言い置いて、神官を睨む。
生霊3人分を依りつかせた神官は、苦しそうな顔、嘲笑、驚き、色々な顔に目まぐるしく変わりながら、僕に掴みかかろうとしてくる。
「あんた、最低だな。魂を何だと思ってるんだ」
浄力を叩き込み、それで、生霊を弾き飛ばす。すると各々、体に戻って行く。
神官はフラフラとしていたが、やはり無理があったのか、膝をついて白目を剥いて失神した。
アナさん達は抱き合って泣き出したが、アナさんとロサさんは故郷の神様に、深々と頭を下げた。
「これで、お父さんの無念を晴らせる」
「ああ。懐かしい、故郷の風だわ」
後日聞いたところによると、ペルーでは例の証拠とアリモリさん達を殺害した証拠、アナさん達を殺そうと襲って来た時の動画までが暴露され、凄い騒ぎになっているらしい。それとあの神官は、無理が祟って霊能力が失われた。そして外交官という身分で入国していたために日本で逮捕はできなかったが、不正をしていた政治家共々、犯罪者として裁かれるようだ。
そしてアナさんは国に帰ったのだが、フラカンも連れて帰ってもらった。
甥の敬はフラカンが帰ると聞いて寂しがったが、兄が、
「家に帰れなくなっても、敬は平気か」
と言えば、納得した。なんて、聞き分けのいい子だろう。そして、兄ちゃんも説得が上手いんだろう。流石兄ちゃんだ。
「フラカンもどうしてるかねえ」
「日本のお菓子に未練があったみたいだが、それ、神様としてどうなんだろうな」
「まあ、宴会好きの神様も多い事だしねえ」
「それもそうだな」
五十歩百歩、団栗の背比べ。そういう事だな。
「風が熱くなってきたなあ」
「そうだねえ。ペルーの風は、どんな風だろうねえ」
僕と直は、夏空を見上げて、ペルーに思いを馳せた。
「係長、それより報告書書いて下さいよ」
桂さんが容赦なく言った。
「面倒臭い」
飛行機雲が、青空に伸びていた。
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