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花壇(4)花
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土が、ぼこぼこと持ち上がり、そして、何かが出て来る。白、茶、黒――。
「ヒィッ!?」
「何で!?」
するりと成猫が4匹花壇から音もなく地面に降り立ち、その後から、5匹の子猫がにゃあにゃあと鳴きながら出て来る。
「これは……!?」
一見可愛い猫でしかないが、異常だというのは、誰もが理解していた。
「にゃああああ」
成猫が鳴くと、子猫達は鳴きながら管理人さんの足元にすり寄って行く。
「く、来るなあ!!」
管理人さんは青い顔を引きつらせながら下がろうとし、しかし猫に囲まれて、座り込んだ。
「た、助けてくれぇ……!」
成猫が音もなく両肩、両膝に飛び乗り、子猫達は太ももによじ登って行く。
それを、住人達は凍り付いたように見つめていた。
中の一匹が、こちらを見る。
「ああ……その人が?」
ニャアア。
「そうか」
猫は管理人さんをジッと見ている。
「猫を、花壇に埋めましたね」
「そんな事――ヒイッ!」
猫に見据えられて、管理人さんは震えている。
花壇にできた穴を覗くと、中に光るものがあった。
「ライター?」
「し、知らん!」
「指紋とか取れますよ」
「――!!」
猫も住人達も、黙って管理人さんを見据えている。
「それ、落とし――」
猫が毛を逆立ててシャアア!と威嚇したら、管理人さんは開き直ったのか、叫ぶように言った。
「穴を掘って、マタタビを撒いて、猫が来たら土を被せたんだよ!」
「生き埋めにしたのか!?」
馬場さんが悲痛な声を上げた。
「フンはする!うるさい泣き声はあげる!勝手にそこらでエサやりをしてカラスは来る!春にはまた増えて!それで住人は苦情が絶えないし!どうしろって言うんだよぉ!!」
管理人さんは泣き出して、住人達は詰まった。
「でも、それは酷いわ」
「モラルのない可愛がり方をして苦情を言い立てるのはいいのか!?」
住人達は言葉を失くしてしまう。
僕と直は、溜め息をついた。
「同情はします。モラルの欠如も問題でしょう。
それでも、猫を殺す事の理由にはなりませんよ」
「うっ」
「この猫のうちのどれかが、お腹に子供がいたんでしょうねえ。子猫達は、母親ごと土の中に埋められて、生まれる前に死んだんだねえ」
「う、それは……でも、成長したら……」
ふと気付くと、いつ集まって来たというのか。辺りにはたくさんの猫がいて、こちらを取り囲んでいた。
にゃああ。
そしてその猫達が、一斉に鳴いた。
「ヒイイッ!?」
管理人さんだけでなく、住人達も震えあがる。
管理人さんに乗っていた土の下から這い出して来た猫達は、それでどろりと溶けるように形を崩し、管理人さんは白目を剥いて失神した。
そして他の猫達は、静かにどこかへ消え去って行った。
「馬場さん。お手数ですが、警察に連絡をお願いします。
行方不明の猫は、思わぬ所から見つかったな」
「はあ。後味の悪い事件だったねえ」
ビラを配っていた子供の泣き顔が、ふっとよぎった。
遊園地の芝生の広場で、お弁当の準備をする。約束通り、皆で遊園地に来ているのである。
「美里ちゃん。熊さんのお礼。ありがと!」
敬が、小さな箱を美里に差し出す。
「あら、何かしら。ありがとう、敬君。開けてもいい?」
「うん!」
小箱には、鮭の形のクッキーにサーモンピンクの色を付けたチョコレートをかけたお菓子が並んでいる。
「あのね、怜と作ったの。熊さんはシャケが好きでしょ?」
「よく知ってるわね。ありがとう。嬉しいわ。お家で大事に食べるわね」
美里は小箱を持ってにこにことしている。
「ああ、それと、これも。ありがとうな」
別の箱も差し出す。
「あら、何かしら。――まあ!」
すずらんの刺繍の入ったスカーフだ。
「好みとかわからなかったんだが、すずらん、好きだって言ってたし」
「ありがとう!大事にする!」
「ん。
さあ、食べよう」
お弁当箱の蓋を、直と同時に開ける。
五目稲荷、サケと青じそのおにぎらず、カレーピラフとスライスチーズと薄切りのゆで卵のおにぎらず、シンガポールチキンライスのおにぎらず、唐揚げ、ほうれん草を巻き込んだだし巻き卵、レタスときゅうりと人参とカニカマの生春巻きサラダ、じゃが芋のおかか和え、竹の子の煮物、エビのパン粉焼き、うずら卵のスコッチエッグ、いんげんと人参の豚巻き照り焼き。そしてデザートに、エッグタルト、ミニフランクフルト、抹茶マフィン、イチゴ。
「これはまた豪勢で美味しそうな」
康二さんが歓声を上げる。
「五目稲荷だあ!」
これは直。直はこれが好きだからな。
「うわあ、プリンとイチゴ!」
「フランクフルトだあ!」
敬と康介は、そっちに目が釘付けだ。
「美味そうだなあ」
兄が言う。
「ノンアルコールビールでも持ってくれば良かった!」
「同感!」
京香さんと冴子姉は冗談を言っている……冗談だよな?
「作ったの?遊園地でお弁当なんて、ドラマのシーン以外でできるなんて思わなかった!わああ、美味しそう!」
「さあ、食べよう。いただきます」
「いただきます!」
兄の音頭でいただきますをして、食事を始める。
外で大勢で食べるのは敬も康介も初めてで、敬は遊園地自体も初めてで、大興奮だ。
それを言うなら、美里もリラックスして楽しんでいるように見える。
敬と康介が昼寝に入り、兄達が地ビールなどの話を始め、僕と直と美里は、マンションの猫の話をしていた。
「何か騒ぎになっていると思ったけど、そうだったの。ふうん。猫がいいとばっちりね」
「それで、花壇はもうしばらく不毛花壇だって言ってたねえ」
「そうなの。仕方ないけど残念ね」
「それで、だな。その代わりというか、その」
僕はごそごそと、小箱を差し出す。
「何?……まあ!」
竜胆のブローチだ。花は青紫のラピスラズリでできている。
「竜胆、好きなんだろ。それで、それは邪気を祓ったり成功と幸運を呼んだりするそうだぞ。それに、竜胆は、美里に合うと思ったから」
「ありがとう。本当に、嬉しいわ!」
美里は嬉しそうにブローチを眺めている。トップ女優なんだから、このくらいは持っているだろうに。
直はニヤニヤとしている。お礼だと知っているくせになあ。
そう思って横を向くと、兄達が揃ってこちらを見ていた。
「うわっ」
気持ちに名前は付けられないが、急に恥ずかしくなって、コーヒーを飲み干した。
そうか。こういう時、アルコールがあれば酔った振りができるのか。
僕は、慣れない事はするもんじゃない、と思った。
「ヒィッ!?」
「何で!?」
するりと成猫が4匹花壇から音もなく地面に降り立ち、その後から、5匹の子猫がにゃあにゃあと鳴きながら出て来る。
「これは……!?」
一見可愛い猫でしかないが、異常だというのは、誰もが理解していた。
「にゃああああ」
成猫が鳴くと、子猫達は鳴きながら管理人さんの足元にすり寄って行く。
「く、来るなあ!!」
管理人さんは青い顔を引きつらせながら下がろうとし、しかし猫に囲まれて、座り込んだ。
「た、助けてくれぇ……!」
成猫が音もなく両肩、両膝に飛び乗り、子猫達は太ももによじ登って行く。
それを、住人達は凍り付いたように見つめていた。
中の一匹が、こちらを見る。
「ああ……その人が?」
ニャアア。
「そうか」
猫は管理人さんをジッと見ている。
「猫を、花壇に埋めましたね」
「そんな事――ヒイッ!」
猫に見据えられて、管理人さんは震えている。
花壇にできた穴を覗くと、中に光るものがあった。
「ライター?」
「し、知らん!」
「指紋とか取れますよ」
「――!!」
猫も住人達も、黙って管理人さんを見据えている。
「それ、落とし――」
猫が毛を逆立ててシャアア!と威嚇したら、管理人さんは開き直ったのか、叫ぶように言った。
「穴を掘って、マタタビを撒いて、猫が来たら土を被せたんだよ!」
「生き埋めにしたのか!?」
馬場さんが悲痛な声を上げた。
「フンはする!うるさい泣き声はあげる!勝手にそこらでエサやりをしてカラスは来る!春にはまた増えて!それで住人は苦情が絶えないし!どうしろって言うんだよぉ!!」
管理人さんは泣き出して、住人達は詰まった。
「でも、それは酷いわ」
「モラルのない可愛がり方をして苦情を言い立てるのはいいのか!?」
住人達は言葉を失くしてしまう。
僕と直は、溜め息をついた。
「同情はします。モラルの欠如も問題でしょう。
それでも、猫を殺す事の理由にはなりませんよ」
「うっ」
「この猫のうちのどれかが、お腹に子供がいたんでしょうねえ。子猫達は、母親ごと土の中に埋められて、生まれる前に死んだんだねえ」
「う、それは……でも、成長したら……」
ふと気付くと、いつ集まって来たというのか。辺りにはたくさんの猫がいて、こちらを取り囲んでいた。
にゃああ。
そしてその猫達が、一斉に鳴いた。
「ヒイイッ!?」
管理人さんだけでなく、住人達も震えあがる。
管理人さんに乗っていた土の下から這い出して来た猫達は、それでどろりと溶けるように形を崩し、管理人さんは白目を剥いて失神した。
そして他の猫達は、静かにどこかへ消え去って行った。
「馬場さん。お手数ですが、警察に連絡をお願いします。
行方不明の猫は、思わぬ所から見つかったな」
「はあ。後味の悪い事件だったねえ」
ビラを配っていた子供の泣き顔が、ふっとよぎった。
遊園地の芝生の広場で、お弁当の準備をする。約束通り、皆で遊園地に来ているのである。
「美里ちゃん。熊さんのお礼。ありがと!」
敬が、小さな箱を美里に差し出す。
「あら、何かしら。ありがとう、敬君。開けてもいい?」
「うん!」
小箱には、鮭の形のクッキーにサーモンピンクの色を付けたチョコレートをかけたお菓子が並んでいる。
「あのね、怜と作ったの。熊さんはシャケが好きでしょ?」
「よく知ってるわね。ありがとう。嬉しいわ。お家で大事に食べるわね」
美里は小箱を持ってにこにことしている。
「ああ、それと、これも。ありがとうな」
別の箱も差し出す。
「あら、何かしら。――まあ!」
すずらんの刺繍の入ったスカーフだ。
「好みとかわからなかったんだが、すずらん、好きだって言ってたし」
「ありがとう!大事にする!」
「ん。
さあ、食べよう」
お弁当箱の蓋を、直と同時に開ける。
五目稲荷、サケと青じそのおにぎらず、カレーピラフとスライスチーズと薄切りのゆで卵のおにぎらず、シンガポールチキンライスのおにぎらず、唐揚げ、ほうれん草を巻き込んだだし巻き卵、レタスときゅうりと人参とカニカマの生春巻きサラダ、じゃが芋のおかか和え、竹の子の煮物、エビのパン粉焼き、うずら卵のスコッチエッグ、いんげんと人参の豚巻き照り焼き。そしてデザートに、エッグタルト、ミニフランクフルト、抹茶マフィン、イチゴ。
「これはまた豪勢で美味しそうな」
康二さんが歓声を上げる。
「五目稲荷だあ!」
これは直。直はこれが好きだからな。
「うわあ、プリンとイチゴ!」
「フランクフルトだあ!」
敬と康介は、そっちに目が釘付けだ。
「美味そうだなあ」
兄が言う。
「ノンアルコールビールでも持ってくれば良かった!」
「同感!」
京香さんと冴子姉は冗談を言っている……冗談だよな?
「作ったの?遊園地でお弁当なんて、ドラマのシーン以外でできるなんて思わなかった!わああ、美味しそう!」
「さあ、食べよう。いただきます」
「いただきます!」
兄の音頭でいただきますをして、食事を始める。
外で大勢で食べるのは敬も康介も初めてで、敬は遊園地自体も初めてで、大興奮だ。
それを言うなら、美里もリラックスして楽しんでいるように見える。
敬と康介が昼寝に入り、兄達が地ビールなどの話を始め、僕と直と美里は、マンションの猫の話をしていた。
「何か騒ぎになっていると思ったけど、そうだったの。ふうん。猫がいいとばっちりね」
「それで、花壇はもうしばらく不毛花壇だって言ってたねえ」
「そうなの。仕方ないけど残念ね」
「それで、だな。その代わりというか、その」
僕はごそごそと、小箱を差し出す。
「何?……まあ!」
竜胆のブローチだ。花は青紫のラピスラズリでできている。
「竜胆、好きなんだろ。それで、それは邪気を祓ったり成功と幸運を呼んだりするそうだぞ。それに、竜胆は、美里に合うと思ったから」
「ありがとう。本当に、嬉しいわ!」
美里は嬉しそうにブローチを眺めている。トップ女優なんだから、このくらいは持っているだろうに。
直はニヤニヤとしている。お礼だと知っているくせになあ。
そう思って横を向くと、兄達が揃ってこちらを見ていた。
「うわっ」
気持ちに名前は付けられないが、急に恥ずかしくなって、コーヒーを飲み干した。
そうか。こういう時、アルコールがあれば酔った振りができるのか。
僕は、慣れない事はするもんじゃない、と思った。
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