体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
441 / 1,046

心霊特番・沖縄(3)崖の上にて

しおりを挟む
 本格的な春休みには少々早く、まだ観光客の姿も少ない。
 象の鼻のような特徴的な形の崖、万座毛で、最後の沖縄ロケを行う。
「とんでもないアクシデントに見舞われた大山貝塚でしたが、気を取り直して、万座毛です」
 高田さんが言うと、ミトングローブ左手右手が即、
「有名ですよね、パンフレットでも必ず写真が載るくらいの」
「新婚旅行、卒業旅行、離婚旅行」
「離婚で旅行しても修羅場だろ」
と言い、えりなさんが、
「修学旅行で、高校の時来たわ」
と付け加える。
「美里様は、確かひめゆりを描いた映画でここに」
 高田さんが言うのに、
「ええ。デビューして初めての映画ね。観光はできなかったけど、ここにも来たわ」
と美里が答える。
 放送では、ここで少し、映画のシーンが挟まるらしい。
「今はこんなに綺麗な観光スポットですが、男のうめき声や、防空頭巾を被った人の行列が出たり、金縛りにあう事があるそうです。
 ここで何か――ちょいちょいちょい。ガン見してるぞ」
 高田さんが言って、皆がこっちを見るが、そう。僕と直は、それを見ていた。
 ポロシャツの大学生くらいの青年の幽霊が、崖に背を向けて立っていたと思ったら、撮影スタッフに興味を示すように近くへ行って覗き込み、次に高田さん達の前でポーズを取ったかと思うと、甲田プロデューサーの真ん前で手を振っているのだ。
「直。あれは映りたがりの霊かな」
「だろうねえ。どうしよう。映ったら気が済むかねえ」
 相談するのを聞いて、皆の顔が引き締まる。
「どうしますか?」
「え。あ……うん、見えるようにして」
 甲田プロデューサーが言うと、えりなさんとミトングローブ左手右手がおろおろと動き回り、美里は素早く僕と直のそばに来、高田さんが、
「慣れた。もう慣れた」
と繰り返す。
「じゃあ、行くねえ」
 直が札を切った。
 皆の前に、彼が現れた。
「あ、どうも」
 ペコリと頭を下げる。
 見た目はあまり怖くない。ずぶ濡れで、今は見えない後頭部が陥没しているのを除けば。
「大学生さんかな」
 高田さんが訊く。
「はい。卒業前に、仲間と自主製作の映画を撮っていて、ここから落ちたんですよね、俺。あ、30年前です」
「サスペンスでしょ」
 えりなさんが嬉しそうに言う。
「勿論。ここで追い詰めて逮捕するのでおしまいだったのに、撮影が中止してしまったみたいで……。もうそれが心残りで心残りで」
 ガックリする彼に、甲田プロデューサーや高田さんなどの昭和生まれ組が頷く。
「昔は2時間サスペンスが流行ってたもんなあ」
「でしょう、でしょう」
「今みたいに時々じゃなく、毎週。土曜ワイド劇場、火曜サスペンス劇場、水曜ミステリー。各局やってたから、毎日どこかのチャンネルで放送してたもんなあ」
「え、毎週?撮影が大変じゃないの?脚本にしてもなんにしても」
 美里が思わず言うが、聞いてない。
「子供の頃から見てたわあ。土曜ワイド劇場の方がドロドロっぽいというかお色気シーンが多めというか」
「そうそう。懐かしいなあ」
「その頃から、サスペンスは崖の上だったんですね」
 えりなさんが呟く。
 昭和組と平成組とのジェネレーションギャップが生まれた瞬間だった。
「俺、初ドラマは火サスだったんだよな。ADで」
「そうなんですか、甲田さん。ぼく、売れない頃、よく土曜ワイドや火サスで、死体役とか目撃者役とかしてましたよ」
「そうだったよな、高田さん。覚えてるよ」
「……盛り上がってるわね、昭和組。どうするのよ」
 美里がコソッと言って来る。
「……面倒臭い予感がするのは僕だけか?」
「ボクもするねえ」
 僕と直が言った時、甲田プロデューサーが宣言した。
「よし、こうしよう。その最後のシーンを撮って、君を成仏させよう」
「面倒臭い予感、的中ね」
 美里が肩を竦めた。

 崖の上で、犯人役の霊が海をバックに立っている。
「来るな!!」
 向かい合って説得するのは、探偵役の高田さん、恋人役のえりなさん、犯人の友人役のミトングローブ左手右手だ。
「ばかなまねはやめろ」
「お願い、やめて!」
「近寄ったら、ここから飛び降りる!」
「しょ、証言するから。あいつが先に酷い事をしたって」
「だからって、俺が殺したことに変わりはない。復讐したんだ、俺は!」
「待ってくれ!君の事情は必ず皆で証言する。無罪とはならなくても、情状は――」
「もう、放っておいてくれ!!」
「いやあ!」
「この子を父親のいない子にしてもいいのか!?」
「!?ま、まさか……?」
「そうよ。だから、ね」
「うっ、うわああああ……!」
 それを、撮影するスタッフ、見物している僕、直、美里。
「陳腐ね」
「学生の自主映画だし」
「それも昔のねえ」
 コソッと言い合う先で、犯人は説得されて泣き崩れる。
 ここで、美里の出番だ。

     さあ眠りなさい 疲れ切った体を投げ出して
     青いその瞼を 唇でそっと塞ぎましょう
     ああできるのなら 生まれ変わり
     あなたの母になって 私の命さえ差し出して
     あなたを守りたいのです

 火曜サスペンス劇場主題歌のうちの一曲だ。美里が主題歌係になったのだ。
 カメラはここで引いていく。
 ああ。何て茶番だ。なのに、スタッフは一様に、妙にやる気をみなぎらせている。何故だ……。
 そうして無事に撮影が終了し、青年はにこやかにあの世に旅立って行った。
「2時間サスペンスかあ。美里、令和の女王でも狙ってみるか?」
「サスペンスねえ。やった事、実はないのよねえ」
「お、美里様サスペンスに興味が?」
 目を輝かせる甲田プロデューサーに、美里がちょっと慌てる。
「無くはないけど、科捜研も検事も解剖医も家政婦ももうあるし……」
「大丈夫。舞子、ニュースキャスター、作家、まっだまだネタはあるから」
 高田さんも目をキラキラさせて迫って来る。
「どれだけ2時間サスペンスやりたいのよ、あなた達」
「心霊特番特別スペシャルドラマか」
「お、いいねえ、高田さん」
「はいはいはい!刑事やりたい!」
「私探偵助手!」
 ミトングローブ左手右手とえりなも加わった大変な盛り上がりに、僕と直は、笑い出した。
「ちょっと!怜、直、他人事と思って。
 霊能師トリオの事件簿なんてどう?本人登場のドSトリオ」
「え、本人?まさか」
「ボク達じゃないよねえ」
 やっぱり、面倒臭い事になった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

【R18】やがて犯される病

開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。 女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。 女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。 ※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。 内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。 また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。 更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...