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オニはうち(4)慟哭
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姫を背後に庇った公達と鬼が睨み合う。
鬼の気配は、藤城さんの奥底に潜んで、松坂さんの一挙手一投足を見ている感じだ。
ここで2人が斬り合って、鬼が斬られて終わる予定だ。
何事もなく終わってくれと、皆が祈っていた。
「返してもらおう」
「渡すわけにはいかぬ」
息詰まる睨み合いの中でそう言うと、フッと一呼吸おいて、
「フンッ!」
「おりゃっ!」
と声を上げ、同時に斬りかかる。
そして何合か、受け合い、板敷の部屋の中から庭に飛び降りる。
そこからまた改めて、斬りかかり、鍔迫り合い、隙を窺って攻撃する。
やがて鬼が斬られる時が来た。
公達の模擬刀が上から斬り下ろされ、鬼が硬直する。
「う……」
さらにもう一刀。
「グ……!」
鬼はガクリと膝をつき、バタリと倒れる――筈だった。
まずい。
藤城さんの中の鬼が大きく気配を高め、表に出て来る。
「渡さん」
鬼は膝をついた姿勢から太刀を突き上げ、公達は、悲鳴を上げて後ろによたよたと後ずさって、転んだ。
鬼はそれを見届けずに屋敷へ上がり、見ていた姫に腕を伸ばす。
「え?」
誰もが、「シナリオと違う」とキョトンとした。
ここで、再びシナリオ外の事が起こる。姫と鬼の間に何かがひらりと飛んで、鬼の指先がそこに当たった途端、ビシッと放電のようなものを起こして、鬼は腕を引っ込めた。
「下がってろ」
直が札を切ると同時に飛び出し、屋敷に飛び上がった僕は、姫の肩を引いて、背後へやる。
「ここまでだな。祓わせてもらいます」
言うと、鬼はこちらに突きかかって来たので、躱して、庭に蹴り落とす。
2回転ほどゴロゴロと転がって起き上がったところに直の札が飛ぶが、鬼に触れたところで、燃え上がって消える。
「火との相性は悪いんだよねえ」
「取り敢えず、逃がさないように囲んでくれ」
「りょうかーい」
新たな札が飛び、鬼の周りに結界を張って、檻を作り出す。
僕は刀を出し、鬼に近付いた。
「さあて、どうするか。癒着具合からして、斬っても浄力を当てても藤城さんにダメージが行きそうだしなあ」
抑えていた神様は、力負けして、はじき出されていた。せめて神様がもっていたら、浄力を当てて鬼を引き剥がせただろうが……。
鬼はニタリと嗤う。その口元には牙が生え、頭には、小道具としての角はずり落ちて、本物の角が生えていた。
そして、先程までとは違うスピードで斬りかかって来るのを、払う。流石は銃剣道をしているだけあり、見栄えだけのものではない。一撃一撃が重く、無駄がなく、鋭い。しかも、隙が無い。
どうしたものかと横目で見廻していると、それが目に入った。直も、気付いた。
「直」
「OK」
ちぎって、投げて来る。庭の柊だ。邪気を払うとされている。
「ギャアア!!」
鬼は反射的に身をよじって逃れようとするが、その先には、僕の持つ柊の枝がある。
「うおおおお……!!」
たまらず鬼は咆哮を上げ、藤城さんから上半身だけずれた。そこへすかさず、浄力を当てて、鬼を吹き飛ばす。そして足元に頽れた藤城さんの前に立ち、鬼に対峙した。
「これでようやく、遠慮はいらなくなったな」
既に実体化していた鬼は、のっそりと立ち上がると、肉厚で幅広な太刀を手に生み出し、口元を釣り上げてこちらを威嚇する。
「う……うわあっ!?」
藤城さんが正気に返って、目の前の立会いに驚き、後ずさった。
「グルル……。俺の、姫。喰って、一つになる」
鬼は唸っていたが、ダッと地を蹴って飛び込んで来る。その重い太刀を受け流し、そこから斬り上げ、再度、斬り下ろす。
「ぐああっ……!」
鬼はカッと目を見開いて僕を睨み、血を吐くような声で啼く。
「誰が、お前のだ」
最後の起死回生の一太刀を狙って太刀を振り上げる鬼のその腕を斬り飛ばし、深く胸に刀を突き立てる。
「逝け」
鬼は最後に僕を恨むように睨んでから、霧のようになってさらさらと消えて行った。
ホッとすると同時に、直が結界を解く。
「お疲れ」
「お疲れぇ」
直とパンとタッチすると、周囲もホッと弛緩し、ザワザワとざわめく。
「霜月さん、大丈――」
「ちょっと、ちょっと、私も」
美里はまたも松坂さんを無視してこちらに走って来ると、ハイタッチを迫る。
エリカやユキと遊ぶようになって、随分変わったなあ。
「イエーイ」
僕と直とご機嫌でハイタッチを交わす美里の背後で、松坂さんは肩を落として恨めしそうな目でこちらを眺め、藤城さんは、魂の抜けたような顔でこちらを見上げていた。
その後数カット撮って無事に映画の撮影は終了し、巷を騒がせていた鳥や犬の食い殺し事件も終息した。
本物じみた迫力ある殺陣だの、豪華キャストによる悲しい恋物語だのという宣伝と試写会の評判で、映画はこの映画不況にあって、前売り券の販売枚数もかなりのものらしい。
それには、藤城さんが役作りに熱心なあまりに鬼に依りつかれたという話や浄化のくだりも、スタッフの口から洩れて広まったのも大きい。
「あの鳥や犬を食い荒らしたのも藤城さんだっていうのは、知られていなくてよかったな」
「流石に、それは引かれるよねえ」
僕と直は、テレビを見ながらしみじみと言った。
直と試験勉強をしていたのだが、ワイドショーの芸能ニュースコーナーで美里の映画『春の風』の話が出るからと、冴子姉がテレビを点けているのだ。
「想像しちゃうものね、かぶりついてるところ」
冴子姉が言って、3人共想像し、げんなりした。
「ワイルドではすまないねえ……」
「うん。ジビエの範疇を超えてるよな」
テレビでは芸能レポーターがあの浄化の様子を、
『本編の後のエンディングのその後に、浄化の時の様子が撮影されていたので、それが見られるんですけどね。いやあ、滅多に見られるものでもないし、これは一見の価値がありました。姫を捕まえたのは、鬼でもなければ公達でも無く、霊能師だったという』
冗談でコーナーは終わったが、僕と直は、明日を想像するとうんざりとした。
「美里ファンがうるさいかもねえ」
「ああ、何て言おう。面倒臭い」
『春の風』、同時掲載中です。
鬼の気配は、藤城さんの奥底に潜んで、松坂さんの一挙手一投足を見ている感じだ。
ここで2人が斬り合って、鬼が斬られて終わる予定だ。
何事もなく終わってくれと、皆が祈っていた。
「返してもらおう」
「渡すわけにはいかぬ」
息詰まる睨み合いの中でそう言うと、フッと一呼吸おいて、
「フンッ!」
「おりゃっ!」
と声を上げ、同時に斬りかかる。
そして何合か、受け合い、板敷の部屋の中から庭に飛び降りる。
そこからまた改めて、斬りかかり、鍔迫り合い、隙を窺って攻撃する。
やがて鬼が斬られる時が来た。
公達の模擬刀が上から斬り下ろされ、鬼が硬直する。
「う……」
さらにもう一刀。
「グ……!」
鬼はガクリと膝をつき、バタリと倒れる――筈だった。
まずい。
藤城さんの中の鬼が大きく気配を高め、表に出て来る。
「渡さん」
鬼は膝をついた姿勢から太刀を突き上げ、公達は、悲鳴を上げて後ろによたよたと後ずさって、転んだ。
鬼はそれを見届けずに屋敷へ上がり、見ていた姫に腕を伸ばす。
「え?」
誰もが、「シナリオと違う」とキョトンとした。
ここで、再びシナリオ外の事が起こる。姫と鬼の間に何かがひらりと飛んで、鬼の指先がそこに当たった途端、ビシッと放電のようなものを起こして、鬼は腕を引っ込めた。
「下がってろ」
直が札を切ると同時に飛び出し、屋敷に飛び上がった僕は、姫の肩を引いて、背後へやる。
「ここまでだな。祓わせてもらいます」
言うと、鬼はこちらに突きかかって来たので、躱して、庭に蹴り落とす。
2回転ほどゴロゴロと転がって起き上がったところに直の札が飛ぶが、鬼に触れたところで、燃え上がって消える。
「火との相性は悪いんだよねえ」
「取り敢えず、逃がさないように囲んでくれ」
「りょうかーい」
新たな札が飛び、鬼の周りに結界を張って、檻を作り出す。
僕は刀を出し、鬼に近付いた。
「さあて、どうするか。癒着具合からして、斬っても浄力を当てても藤城さんにダメージが行きそうだしなあ」
抑えていた神様は、力負けして、はじき出されていた。せめて神様がもっていたら、浄力を当てて鬼を引き剥がせただろうが……。
鬼はニタリと嗤う。その口元には牙が生え、頭には、小道具としての角はずり落ちて、本物の角が生えていた。
そして、先程までとは違うスピードで斬りかかって来るのを、払う。流石は銃剣道をしているだけあり、見栄えだけのものではない。一撃一撃が重く、無駄がなく、鋭い。しかも、隙が無い。
どうしたものかと横目で見廻していると、それが目に入った。直も、気付いた。
「直」
「OK」
ちぎって、投げて来る。庭の柊だ。邪気を払うとされている。
「ギャアア!!」
鬼は反射的に身をよじって逃れようとするが、その先には、僕の持つ柊の枝がある。
「うおおおお……!!」
たまらず鬼は咆哮を上げ、藤城さんから上半身だけずれた。そこへすかさず、浄力を当てて、鬼を吹き飛ばす。そして足元に頽れた藤城さんの前に立ち、鬼に対峙した。
「これでようやく、遠慮はいらなくなったな」
既に実体化していた鬼は、のっそりと立ち上がると、肉厚で幅広な太刀を手に生み出し、口元を釣り上げてこちらを威嚇する。
「う……うわあっ!?」
藤城さんが正気に返って、目の前の立会いに驚き、後ずさった。
「グルル……。俺の、姫。喰って、一つになる」
鬼は唸っていたが、ダッと地を蹴って飛び込んで来る。その重い太刀を受け流し、そこから斬り上げ、再度、斬り下ろす。
「ぐああっ……!」
鬼はカッと目を見開いて僕を睨み、血を吐くような声で啼く。
「誰が、お前のだ」
最後の起死回生の一太刀を狙って太刀を振り上げる鬼のその腕を斬り飛ばし、深く胸に刀を突き立てる。
「逝け」
鬼は最後に僕を恨むように睨んでから、霧のようになってさらさらと消えて行った。
ホッとすると同時に、直が結界を解く。
「お疲れ」
「お疲れぇ」
直とパンとタッチすると、周囲もホッと弛緩し、ザワザワとざわめく。
「霜月さん、大丈――」
「ちょっと、ちょっと、私も」
美里はまたも松坂さんを無視してこちらに走って来ると、ハイタッチを迫る。
エリカやユキと遊ぶようになって、随分変わったなあ。
「イエーイ」
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それには、藤城さんが役作りに熱心なあまりに鬼に依りつかれたという話や浄化のくだりも、スタッフの口から洩れて広まったのも大きい。
「あの鳥や犬を食い荒らしたのも藤城さんだっていうのは、知られていなくてよかったな」
「流石に、それは引かれるよねえ」
僕と直は、テレビを見ながらしみじみと言った。
直と試験勉強をしていたのだが、ワイドショーの芸能ニュースコーナーで美里の映画『春の風』の話が出るからと、冴子姉がテレビを点けているのだ。
「想像しちゃうものね、かぶりついてるところ」
冴子姉が言って、3人共想像し、げんなりした。
「ワイルドではすまないねえ……」
「うん。ジビエの範疇を超えてるよな」
テレビでは芸能レポーターがあの浄化の様子を、
『本編の後のエンディングのその後に、浄化の時の様子が撮影されていたので、それが見られるんですけどね。いやあ、滅多に見られるものでもないし、これは一見の価値がありました。姫を捕まえたのは、鬼でもなければ公達でも無く、霊能師だったという』
冗談でコーナーは終わったが、僕と直は、明日を想像するとうんざりとした。
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