体質が変わったので

JUN

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オニはうち(2)内なる渇望

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 郊外の住宅地に藤城さんの家はあった。
「へえ。何か、意外」
 古くて小さい建売住宅だ。
「お父さんも自衛官で、今、兵庫なんだって。それで、お婆さんが住んでた家に一人で住んでるとか言ってたわよ。それで、鬼に関する本とかグッズとかを集めまくったって言ってたわ」
「詳しいねえ」
「顔合わせの時に言ってたのよ。
 あら。開いてる」
 ドアは開いており、電気の消えた奥の部屋が見えた。
「何、この臭い」
 直が鼻の頭にしわを寄せる。
 鉄臭さと腐敗臭と生臭さが混ざったような、不快な臭いだ。
「藤城さん。……お邪魔しますよ」
 声をかけて何の応答もないので、入ってみる。
 本当は美里は外にいろと言いたいが、天下の大女優を外に立たせて騒ぎになっても困る。
「うわあ」
 奥の居間には所狭しと、鉄棒、太刀、鬼関連の本が置かれていたが、眉をひそめたのはそれではない。鳥の羽や動物の毛が散らばり、壁や柱には爪の痕が付き、乾いて黒く変色した血痕が床に広がっている。
「……何、これ……」
 美里も、困惑しているようだ。
「役作りの範疇は越えているな」
「カラスとかの食い殺し、藤城さんかねえ」
「だな。
 ちょっと付近を回ってみよう。その辺にいるかも知れない。
 美里は……ここで待つのも危ないか……」
「一緒に行くわ」
 そこで3人揃って、近所をひと回りしてみる事にしたのだった。

 田んぼ、雑木林の残る地域で、寒いせいもあって人影はほとんどない。
 小さな神社があるが、神主などは常駐していない。それでも、掃除はされていて、寂れた感じはしない。
「おかしいな。それなのに、主神がいない」
 首を傾げていると、鳥居の外にいた赤い着物の幼女の霊が教えてくれた。
「この前、いつも走ってる人に憑いて行ったの」
「え、何で?」
「あのね、その人に怖い鬼が憑いてたから、何とかしなくちゃって」
「ああ……。その、鬼の憑いてた人って、どんな人かなあ」
 直が訊くと、幼女は考えて、
「いつも走ってる男の人」
 これ以上は無理か。直と目を交わし、礼を言って神社を離れる。
「何て?」
 美里が訊くのに、今のやり取りを聞かせた。
「それ、藤城君かも。何で鬼が?色々集めたから?」
「演技って、別の人格になるものだよねえ?それで役作りに没頭して、いわばトランス状態になって、憑依し易い状態になるんじゃないかねえ」
「鬼になりきるために、鬼に近付こうとして、鬼を引き寄せたってところか」
「……私はそんなのならないわよ」
「役作りは色々だろ。その時だけ上手く役になり切る役者もいれば、入り込んで普段から役になり切るタイプもいるとか聞いたが」
「確かにね」
「早く探して剥がさないと、まずいな。一応神様が心配して憑いててくれてるが、いつまでもつか。
 今日、撮影は?」
「休みよ」
「事務所に連絡をしてみるかねえ。これは美里にしてもらった方がスムーズだと思うねえ」
「わかった。うちの後輩なの。五月さんにかけてみるわ」
 美里は事務所に連絡を入れて、説明をし始めた。

 藤城は、ぼんやりとした意識のまま、突っ立っていた。
 何があったのか、足元にはハトとスズメの死骸が散乱している。口にはなぜか、羽が入っていた。
 それをペッ、ペッと吐き出し、我に返った。
「俺、一体どうしたんだろう……」
 途切れた記憶への不安と、何より、どこまでも続くような飢えと渇きと血への渇望に、強烈な不安を感じるのだった。



 
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