体質が変わったので

JUN

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泣く声(4)年の功

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 野崎さんを捨てたというヒモ男こと倉本の情報を、夕食後、こそりと兄から聞く。
「元読者モデルの若いモデルの部屋に転がり込んでいるが、その前に付き合っていたダンサーともまだ切れていないようだ」
「呆れるな、全く」
「顔と愛想だけはいいらしいから騙されるんだろうが、上っ面だけを見て中味を見ない方もどうかしてる」
「でも、いつかしっぺ返しを食うよ」
 僕と兄は、溜め息をついた。

 野崎はいつもの如く、飲んで、酔って、色々な事を考えていた。あんな顔だけの男、失敗だった。楽しかったけど、良くしてくれたのは初めだけで、あとはずっと、あたしが尽くして来た。なのに、繰り返し子供を堕しまでしたのに、浮気ばっかりで、とうとう捨てられた。
 そう、認めたくないけど、捨てられた。
 あの時、安西君とも付き合ってればよかった。そうすれば今頃、こんな苦労はしていなかったのに。安西君も、どうして別の女と結婚するのよ。
 許さない。
 野崎は自分勝手な考えだと少しも思わないまま、苛立ちと恨みだけを募らせていった。
 チラッと昼間に来た霊能師の事を思い出したが、いつもの体がふわふわと浮遊するような感覚に、どうでも良くなる。
 小さなマンションが見えた。いつも通りに入り込んでやろうとして、突然の衝撃に目が覚めた。
「ギャッ!!」
 叫んで硬直し、動く事もできずに野崎はドキドキと大きく響く心臓の音を聞くしかできなかった。
「な、何?」
 生霊になって飛んで行き、札に弾かれたのだとはわからないでいた。ただ、昼間の霊能師の言っていた事が頭をよぎる。
「どうしてあたしだけ……何でよぉ!」
 ヒステリックに叫んだ時、また、聞こえた。赤ん坊の泣き声だ。
「あたしは幸せになりたいだけなのに・・・誰も幸せにしてくれない。奪うだけで、与えてくれない。
 ああ、あんただけよ、どこにいるの。あたしの子供。あたしのものよ」
 虚ろに呟きながら、辺りを探し続けるのだった。

 野崎さんの部屋を、また僕と直は訪ねていた。
 ただ今日は、野崎さんの家族も一緒だ。勘当されているらしいが、今の野崎さんを1人にしておいたら、死んで悪霊にでもなる未来しか思い浮かばない。
「情けない。自業自得だ」
 どうにかついて来た両親は、溜め息をついた。
「何で連れて来たのよ!」
 野崎さんは鬼の形相で、ウイスキーの入ったグラスを投げつけようとし、胸を押さえて力なくうつぶせた。
「野崎さん。このままではダメなのはわかっていますよね」
「関係ないでしょ……!」
 母親の同級生かと思うようなやつれ具合と老け具合で、身体機能は後ろのお婆さん並みだ。病院での治療が必要だろうというのは、誰の目にも明らかだ。
「あなたの苦労も、ある程度は同情します」
「だったらわかるでしょ。あたしはあいつらに復讐してやるのよ……!」
「今朝入って来た情報では、倉本翔一はダンサーに刺され、局部を切断されて重傷だそうです」
 ああ、想像したくない……。
「フッ。いい気味。ざまぁ見ろだわ!後はあいつとあいつの奥さんを、あたしと同じ不幸にしてやる。
 そうしたらずっと、あたしと一緒にいましょうねえ、あたしの赤ちゃん」
 野崎さんは笑って、宙を抱くように腕で何かを抱えた。
 野崎さんの両親とお婆さんには見えないだろうが、その腕の中には、堕した4人の胎児の霊がいる。
「安西さんには何の関係もありませんし、その子達も、いつまでもあなたが離さずにいていいものではありませんよ」
「泣いてるよねえ」
 野崎さんの両親は、ギョッとしたように半歩後ずさった。
「ここで誰かを恨んで、妬んでいても、幸せにはなれないんですよ」
「あんたに何がわかるのよぉ!」
「野崎さんは、ゆっくりと考える時間が必要だねえ」
「あたしは、幸せになりたいだけ!楽しく生きたいだけなのに!何で上手くいかないのぉ!!」
 髪を掻きむしり、絶叫する野崎さんに、両親はたじろいでいるが、そこでお婆さんがポツリと言った。
「これも人生の肥やし。人生100年時代に、なあにを人生終わりみたいな事を言ってるか。はあ」
「お祖母ちゃん……」
「人を呪わば穴二つ。情けは人の為ならず。ゆかり。幸せになりたいなら、人を幸せにしてやりなさい。
 さあ。帰るよ、ゆかり」
 野崎さんはすっかり大人しくなって、子供のように泣きながら立ち上がった。
 前を通る時に、浄力を当てて胎児4人を浄化しておく。
「流石、年の功だねえ」
 タクシーに乗り込むお婆さんと野崎さんを見ながら、直がしみじみと言う。
「シルバーパワー、凄いな」
 僕も頷いた。

 それから改めて野崎さんの両親が訪ねて来て、あの後野崎さんは心療内科に入院したと言い、今回の浄霊の全料金を支払った。
 性格はそうそう治らないだろうが、多少は反省しているらしい。
 安西さん夫妻もおかしな事から解放され、今度は安産のお守りを渡してある。
 そして冴子姉はというと……。
「ええー。刺身ダメなの?フライも?生卵も?」
 食欲に衰えも無く、元気だ。
「フライは多少ならいいけど、カロリーの摂り過ぎは危険だから。
 後、免疫が弱くなったりするから、生の魚介、生卵、生肉、ナチュラルチーズはダメ。マグロやキンメダイは水銀の蓄積が問題視されてるから、週に一切れ程度まで。カフェイン、激辛料理、アルコールもダメ。レトルト、インスタント食品は控え気味にして、バランス良く、糖分と塩分の摂取は気を付けてだって。
 冴子姉?」
 冴子姉は、絶望的な顔をしていた。
「無理よぉ」
 かも知れないなあ。
「わかった。これから食事の支度は僕がやるよ。昼ご飯も、温めればいいようにするとかしておくし、おやつも用意しておくよ。冴子姉は、無理の無いように、掃除と洗濯ね」
「助かったあ!ありがとう怜君!そんな面倒臭いの無理だわぁ」
「ははは。怜の口癖が冴子に移ったな」
 兄はおかしそうに笑い、気が付けば3人で笑っていた。
 満開の桜が紅葉する頃、我が家は4人になっているだろう。それが楽しみだ。




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