体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
319 / 1,046

はじめての○○(3)ロケット

しおりを挟む
 小学生は、康介とその辺の枝で地面に絵を描きながら、自分の事を話し始めた。
「ぼくは大野飛人いくと、西小学校の3年生です。
 ああ、死んだ時は、です」
「ふうん。僕は怜。この子は康介」
「あう」
「よろしくね。
 実は、ペットボトルロケットの工作をここでする事になってた日、急いで来たら車にはねられちゃって。楽しみにしてたんだけどな。
 康介君。車には気を付けないとだめだよ」
「あう」
「ロケットが好きなのか?工作が好きなのか?」
「ぼく、大きくなったら、宇宙飛行士になりたかったんだ。ロケットに乗って、宇宙に行きたかったんだよ」
 飛人は晴れ渡った空を見上げた。僕と康介も見上げた。
 ペットボトルロケットか。材料はあったんじゃないかな。
「やるか」
 2人が、こっちを見た。

 まず、飛人を自分に憑けて、3人で家に戻る。
 材料は、炭酸飲料のペットボトル2本、牛乳パック、ビニールテープ、割りばし、ビニール袋、発砲入浴剤。
 ペットボトルの1本を上、中、下の3つに切る。そして牛乳パックを三角に切って周りをビニールテープで補強し、羽を作る。ペットボトルを切るのは僕、牛乳パックを切るのは飛人だ。その間、もう1本のペットボトルに、康介がマジックで絵を描く。
「飛人、気を付けろよ。羽の大きさ、形で飛距離が変わるぞ。
 おお、康介。なかなか芸術的だな」
「ひゃああい!」
 切ったペットボトルの中部分に羽を取り付けて、固定。取り付け位置をきっちりと均等な間隔にしないといけない。
「切ったボトルの口の部分を、康介が絵を描いたボトルの下にしっかり付ける」
 飛人は真剣にビニールテープを巻き、それを康介がジッと見る。
「その上に、羽を取り付けた部分を被せてつける」
「ん、できた!」
「おお!」
「割りばしの先にビニール袋を巻き付けて、その上から、袋が見えなくなるようにテープを巻く。ペットボトルの口よりも、少し太くなるようにな。
 できたな。
 じゃあ、燃料だ。発砲入浴剤を細かく砕く」
 飛人は包装フィルムの上から、入浴剤を叩いて砕いた。
「できた!」
「後は水だけど、これは、現場でやろう。水と入浴剤を混ぜたら、急がないとだめだからな」
「おおお」
 3人で、グラウンドに戻る。
「羽つきの方の口から、水を3分の1程入れる。40度くらいの生ぬるいお湯だと早いんだけどな」
 言いながら、それを持って、人のいない方へと移動した。
「いよいよだな。ここからは、スピーディ且つ正確に」
「了解」
「あう!」
「水に、砕いた入浴剤を入れて、素早く、割りばしで栓をしろ。テープで巻いたところを口に入れるんだぞ。
 で、割りばしの反対側を地面に挿して、離れて待つ。角度を考えろよ」
 物理公式で最適な角度を割り出すのは簡単だが、多分そこまでは飛人も希望してはいないようだ。
 3人で、少し離れた所にしゃがみ込んで、ジッとペットボトルロケットを見守る。
 失敗してないだろうな、とドキドキしてくる。
「あ」
 プシュッと音を立てて、ペットボトルロケットが空へ飛んだ。水が噴き出て、虹を作る。
 そしてそれは、放物線を描いて地面に落下した。
「やったーっ!」
「おおーう!」
「良かったー!」
 3人で、思わず万歳をした。
「あう!あう!」
 康介も飛人も興奮し、手を取り合ってグルグル回っている。僕は心の底からホッとしていた。
「ありがとう!楽しかったよ!ぼくの……ぼくたちのロケットが飛んで、凄く嬉しい!」
 飛人は笑顔で僕を見上げ、そして、キラキラと光になって、消えた。
「うう?ああー」
 康介は飛人が突然いなくなって驚いたようだが、虹同様、キラキラと光るのを喜んでいた。
「さて、帰るか。帰って、絵本でも読もう、康介」
「うあ!」
 ペットボトルロケットを拾い上げると、僕達は手をつないで、家に戻った。

 ご飯を食べさせて、写真集を見せていると康介が眠り出したので、その間に洗い物と洗濯物の取り込みをする。
 そうしていると、ドアが開いて、そうっと京香さんと康二さん、なぜか兄ちゃんと冴子姉まで、足音を忍ばせて入って来た。
「え?ん?ビデオカメラ?」
「いやあ、ありがとうねえ、怜君。康介、ごきげんだったわねえ」
「本当にありがとうね」
「はい?」
 話が見えないぞ。
「ミッションコンプリートね!」
「怜も、苦手克服できたな。兄ちゃんは、感無量だぞ」
「兄ちゃん、仕事は?何?」
 騒ぎに康介が目を覚ます。
 子供の寝起き寝付きは、瞬間だ。目を開けた瞬間に、笑顔になる。
「ああ!」
「ただいま、康介。はじめてのお留守番、よくできましたね」
「ああい!」
「怜も、はじめての子守り、よくできたな」
「……ああ。そういう……」
 図ったな、皆で。
「怜お兄ちゃんに遊んでもらって楽しそうだったな」
「ああ、ぶぶぶーん、おお」
 何やら康介なりに、報告しているらしい。ロケットを持って、熱演していた。
「何とかなってよかったよ。それにしても、母親って大変だなあ」
「あはは。何とかなるもんよ」
「はじめてのお留守番のビデオも残しておかないとなあ」
 康二さんも京香さんも、ご機嫌だ。
「怜も、はじめての子守り、残しておかないと」
「いらないから。それより、仕事は?」
「休みだ。いらないってことはないだろう。はじめてのおつかいも残してあるんだぞ」
「えっ!?」
「きつねのリュックを背負って、食パンを買いに行っただろう。俺は後を尾けていた。はじめての尾行だな」
「ええ……」
 初めて聞くビデオの存在に、動揺する。変なビデオ、ないだろうな。初めてシリーズ。
 すると、康介がよろよろと、写真集片手に寄って来た。
「えーん、えん」
「ん、何だ?本の続きか?さっきはアンドロメダ大星雲まで見たな」
 康介は僕の膝に座って、開いた本を覗き込んだ。
「康介はどの星座が好きだ?」
「んああ……えん!」
「円か?星座ではなく、星雲という事か?」
 僕と康介の会話を聞いていた他の4人だったが、兄が苦笑した。
「合っているのかいないのかわからない会話だな」
「怜君。康介の年で円はわからないわよ。
 ハッ。もしかして、『レン』って言ったの!?」
 京香さんと康二さんが、ハッとする。
「ママじゃなくて!?」
「パパは!?」
「……はじめての言葉は、もしかしてレンですか」
 冴子姉が言って、皆でまじまじと康介をみる。
「あい!えん!」
 京香さん夫婦がグラリと倒れ、兄がなぜか勝ち誇ったように笑い、冴子姉が困ったように笑った。そして僕は、こちらを見上げて続きをせがむ温かい存在を、もう、苦手とは感じなくなっていた。
「じゃあ、馬頭星雲の写真を見よう。馬の形だぞ」
「おおお……!」
 初めての子守りも、悪くなかった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...