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怪談(1)怖いもの見たさ
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夜になっても暑い。熱帯夜というが、熱帯夜でない夜が最近どのくらいあっただろうか。これはもう既に、夏の夜の平均的気温ではないかと思う。
それでも、山の上の夜景の見える展望台はまだ多少涼しく、時々吹く風にホッとする。
大学生の山下 卓は、ジュースを一口含んだ。
夜景の見えるデートスポットであるはずのここだが、残念ながらデートではない。男ばかり4人で花火大会に出かけた帰りで、休憩がてら怪談をしているのである。
「次、お前な」
言われて考える。これと言って、知らないのだ。オーソドックスな、誰でも知っていそうなものしか知らないので困ったが、ふと、ついさっきも見かけたソレを思い出して、それらしく話す事に決めた。
夏の日の事だった。突然の雷雨で、ほんの1メートル先も見えないような状態の中を、タクシーは走っていた。駅前等に行けば、客を捕まえられるかも知れない。
雨脚の強い内にと、精一杯気を付けながらも、急ぐ。
と、何か衝撃が響いて来た。
やってしまったか!?でも、人影なんて全く見えなかったぞ!
恐る恐るどしゃ降りの中に出てみたドライバーは、ああ、と呻いた。人ではなく、野良猫だったのだ。片目が潰れ、口から泡まみれの血を流している。
可哀そうなことをしたとは思ったが、同じくらい、何だ野良猫かと拍子抜けもした。そして、雨の中を確認しに降りてずぶ濡れになったのに、と忌々しくすら思った。
野良猫ならまあいいか。
ドライバーは車に戻り、車を発進させた。
狙い通り客も捕まえられて、ホクホクしてその日の業務を終えて営業所に帰るドライバーだったが、赤信号で車を停めた時、ゾッとした。助手席に、猫が座ってドライバーを見上げていたのだ。昼間撥ねた猫に似ている気がした。
それがニャアンと鳴くと、片目が潰れ、口から泡まみれの血が流れ落ちた。
ドライバーは悲鳴を上げて、車から転がり下りる。
その時、交差点を曲がって来たトラックが運悪く通りかかり、ドライバーの体を巻き込んだ。
トラック運転手の見ている前で、片目が潰れ、内臓が破裂して口から血を流すドライバーを見ていた猫は、ニャアンと満足そうに鳴いて、消え去ったという。
話し終え、これはこれでよくある怪談だったかなと思ったが、いいタイミングというかなんというか、そこで猫がニャアンと鳴いたので、話した本人である山下も含めた全員がドキッとした。
「おお、びっくりしたぁ」
お互いに誤魔化すように笑った。
怪談で有名な噺家が、
「その後、彼を見た人はいません」
と言って話を終えると、スタジオのライトが1つ落とされ、薄暗くなった。
「古池の女ねえ。怖いなあ」
僕はわずかにぬるくなりかけたアイスコーヒーを飲んだ。
御崎 怜、大学2年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「散々本物を見てるのになあ」
兄が面白そうに言った。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
「それはそれ、だよ」
「まあ、刑事ドラマを見る刑事がいるのと同じだな」
兄は納得したように言って、同じようにアイスコーヒーを飲んだ。
夏の風物詩怪談を深夜テレビで見かけ、引き込まれて2人で見ていたのだ。
「子供の頃も、怖がるくせに毎年見てたもんだったなあ」
「ああ、確かに。幽霊なんていない、とか言いながらも、テレビを見たら怖くなって」
「間違いなくその夜はトイレが怖くなるんだよな。しばらく、フロで頭洗うのが怖くなった時もあったな」
「目ェつぶるのが怖くて。もし幽霊がいたらどうしようとか思うと……」
風呂場でガラス戸をバンバン叩く女の霊、というやつだった。
「夜、眠くならないから、ずっと引きずるんだよなあ。それで1人でいると怖いから兄ちゃんの部屋に行ったり」
「今だから言うが、ベッドサイドで三角座りでジッとしてるのを夜中に目が開いた直後に見るのも、怖かったぞ」
「えへへ、ごめん、ごめん」
「よく、怪談したら本物が寄って来るって言うが、そうなのか」
「まあ、雰囲気に流されるとか、そういう心理状態になって何でもそれらしく見えて来るって事もあるけど、無いとはいえないかな。
でもそれよりも断然怖いのが、肝試しかな。目撃例のある所へ面白半分に行ったら――っていうのは、よくある話だから」
「なるほどなあ。目撃例があるとは、そこにいるって事だからな。そりゃあ、何か起こる確率は上がるか」
僕達はそんな話をしながら、次の『山中の廃ホテル』が始まったので、テレビに目を向けた。
それでも、山の上の夜景の見える展望台はまだ多少涼しく、時々吹く風にホッとする。
大学生の山下 卓は、ジュースを一口含んだ。
夜景の見えるデートスポットであるはずのここだが、残念ながらデートではない。男ばかり4人で花火大会に出かけた帰りで、休憩がてら怪談をしているのである。
「次、お前な」
言われて考える。これと言って、知らないのだ。オーソドックスな、誰でも知っていそうなものしか知らないので困ったが、ふと、ついさっきも見かけたソレを思い出して、それらしく話す事に決めた。
夏の日の事だった。突然の雷雨で、ほんの1メートル先も見えないような状態の中を、タクシーは走っていた。駅前等に行けば、客を捕まえられるかも知れない。
雨脚の強い内にと、精一杯気を付けながらも、急ぐ。
と、何か衝撃が響いて来た。
やってしまったか!?でも、人影なんて全く見えなかったぞ!
恐る恐るどしゃ降りの中に出てみたドライバーは、ああ、と呻いた。人ではなく、野良猫だったのだ。片目が潰れ、口から泡まみれの血を流している。
可哀そうなことをしたとは思ったが、同じくらい、何だ野良猫かと拍子抜けもした。そして、雨の中を確認しに降りてずぶ濡れになったのに、と忌々しくすら思った。
野良猫ならまあいいか。
ドライバーは車に戻り、車を発進させた。
狙い通り客も捕まえられて、ホクホクしてその日の業務を終えて営業所に帰るドライバーだったが、赤信号で車を停めた時、ゾッとした。助手席に、猫が座ってドライバーを見上げていたのだ。昼間撥ねた猫に似ている気がした。
それがニャアンと鳴くと、片目が潰れ、口から泡まみれの血が流れ落ちた。
ドライバーは悲鳴を上げて、車から転がり下りる。
その時、交差点を曲がって来たトラックが運悪く通りかかり、ドライバーの体を巻き込んだ。
トラック運転手の見ている前で、片目が潰れ、内臓が破裂して口から血を流すドライバーを見ていた猫は、ニャアンと満足そうに鳴いて、消え去ったという。
話し終え、これはこれでよくある怪談だったかなと思ったが、いいタイミングというかなんというか、そこで猫がニャアンと鳴いたので、話した本人である山下も含めた全員がドキッとした。
「おお、びっくりしたぁ」
お互いに誤魔化すように笑った。
怪談で有名な噺家が、
「その後、彼を見た人はいません」
と言って話を終えると、スタジオのライトが1つ落とされ、薄暗くなった。
「古池の女ねえ。怖いなあ」
僕はわずかにぬるくなりかけたアイスコーヒーを飲んだ。
御崎 怜、大学2年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「散々本物を見てるのになあ」
兄が面白そうに言った。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
「それはそれ、だよ」
「まあ、刑事ドラマを見る刑事がいるのと同じだな」
兄は納得したように言って、同じようにアイスコーヒーを飲んだ。
夏の風物詩怪談を深夜テレビで見かけ、引き込まれて2人で見ていたのだ。
「子供の頃も、怖がるくせに毎年見てたもんだったなあ」
「ああ、確かに。幽霊なんていない、とか言いながらも、テレビを見たら怖くなって」
「間違いなくその夜はトイレが怖くなるんだよな。しばらく、フロで頭洗うのが怖くなった時もあったな」
「目ェつぶるのが怖くて。もし幽霊がいたらどうしようとか思うと……」
風呂場でガラス戸をバンバン叩く女の霊、というやつだった。
「夜、眠くならないから、ずっと引きずるんだよなあ。それで1人でいると怖いから兄ちゃんの部屋に行ったり」
「今だから言うが、ベッドサイドで三角座りでジッとしてるのを夜中に目が開いた直後に見るのも、怖かったぞ」
「えへへ、ごめん、ごめん」
「よく、怪談したら本物が寄って来るって言うが、そうなのか」
「まあ、雰囲気に流されるとか、そういう心理状態になって何でもそれらしく見えて来るって事もあるけど、無いとはいえないかな。
でもそれよりも断然怖いのが、肝試しかな。目撃例のある所へ面白半分に行ったら――っていうのは、よくある話だから」
「なるほどなあ。目撃例があるとは、そこにいるって事だからな。そりゃあ、何か起こる確率は上がるか」
僕達はそんな話をしながら、次の『山中の廃ホテル』が始まったので、テレビに目を向けた。
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