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冷たい手(3)新しい約束
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風邪も全快し、学校に出て来たので、昼休みに全員で部室で弁当を食べた。
「いやあ、お世話かけました」
礼を言って頭を下げる智史の隣で、彼女も頭を下げる。
「1人だと、こういう時大変ですね」
楓太郎が言う。
「そうやねん。着替えも無くなるし、飯なんて作られへんし。
でもな、何か夢の筈やねんけどな、熱ある時におでこにずっと誰かが手ェ置いててくれてたみたいやねん。ひんやりしてて、気持ちよかってなあ。まあ、そんなわけないから夢やねんけど」
全員、微妙な顔をして僕と直をチラリと見た。
「ああ、智史。そもそも今回、何で家に帰ったんだったっけねえ」
「幼馴染が急死してな。その葬式や。誰よりも元気で明るい、100まで生きるどころか100でもタップダンス踊っとるようなやつやったのに、去年、急性白血病になったらしいてな。アカンようになったんや。
このメンバーやったら、絶対に気ィ合うやつやったんやけどなあ。言うたら男友達やな」
言った途端、彼女がギロリと智史を睨んで、プクッと頬を膨らませた。
「そうや。何や風邪以降、変やねん。ガス点けてんの忘れてテレビ見とったら、ちゃんと置いてあったのに急にフラパンが落ちて、鍋が焦げる前に気付いたり。
今日なんか、誰かが髪の毛引っ張るみたいな感じがしてイヤイヤ起きたら、目覚ましが止まっとって、遅刻するとこ免れたんや。危ないとこやったわぁ」
「へええ」
「ついてるやろ」
ああ、憑いてるな。
「これで彼女がおったらなあ。いや、できる言う事か?」
すると彼女は、智史の後頭部に、漫才の突っ込みの手つきで平手を入れた。
「痛てっ」
智史が後頭部をさすり、皆は僕と直に注目する。
これは、言った方がいいな。どっちにも気の毒になって来た。
「智史。彼女なんだけどな。いるぞ」
「は?エア彼女?2次元彼女?」
「ある意味エアか。直」
「そうだね。それが早いねえ」
札を貼り付けると、彼女が実体化して現れた。小柄で目が大きく、活発そうな女子だ。
「ゲッ!?なんでやねん!」
「ほおお」
真先輩、宗、楓太郎は、声をそろえた。
「智史先輩も隅に置けませんね」
「彼女、彼女って、この彼女のことだったのか」
「彼女が欲しい――あ、そういう」
「え、違いますって!違う!」
宗、真先輩、楓太郎の突っ込みに、智史は慌てる。
「そんなに力一杯否定しなくてもいいでしょうが!」
「お、お、お、落ち着け、笑美、な」
力関係が見えた。
「待て!笑美やねんな?幽霊なんか、ほんまに。こないしておるのに?」
「間違いなく、霊体だ。マンションに入った時からいたぞ。
笑美さん。幼馴染の?」
「初めまして。溝呂木笑美です。よろしく――って、この前死んだんやった」
関西人だなあ。
「葬式の後、付いて来たんか」
「うん。智史がどんな所に住んでるのかも見てみたかったし、東京、行ってみたかってん」
智史と笑美は、困ったような顔で向かい合っていた。
「まあまあ。立ち話もなんだし、座ってよ」
真先輩が椅子を勧め、笑美さんは智史の隣に座った。
そこで一通り自己紹介をする。
「それで、笑美。ホンマは何で付いて来てん」
笑美さんは下を向いてモジモジしてから、キッパリと顔を上げた。
「最後やしな。言うとこか。
約束、覚えてるかなあ、思て。でも忘れてるみたいやし、しゃあないわな。うん。
家族も気になるし、そろそろ向こう戻るわ」
笑う笑美さんに、智史がいつになく真面目な顔で言う。
「『20歳になったら、最初の酒は一緒に飲む。それから25になってもお互い1人やったら結婚する』アホ、忘れるか。指切り言うてムリヤリしてからに。指の骨、折れるか思たわ」
「えへへ。ごめんなあ」
「まあ、ええけど」
「約束、破る事になってもうたわ」
笑う口元が、震える。
「……しゃあないな。いずれあの世に行ったら、お前が奢れや」
「うん」
「一緒に写真撮っとけば良かったなあ」
「智史がいつも逃げたんやんか」
宗が、声をかける。
「あの、良かったら撮りましょうか」
「宗の写真の腕はいいぞ。霊除けの札を外せば、霊でも写真が撮れるという特技もあるしな」
「縁結びのお札として、一部で人気もあるしねえ」
「ほんじゃあ、頼めるかな」
智史と笑美さんが並んで、宗が撮る。
「ありがとう。
智史も、ありがとう。もうこれでええから、あんた、彼女見つけや。それで、長生きしィ」
「おう」
「ちゃんとご飯の栄養考えや」
「おう、お前はおかんか」
「カッコええ服もええけど、風邪ひかんようにな」
「おう、わかっとるわ」
「智史、好きやで」
「知っとる。オレもや」
笑美さんは嬉しそうに笑って、消えて行った。滋賀の家族の所へ行ったんだろう。
しばらく、誰もが無言で佇んでいた。
「帰ったなあ。
さあて、昼一発目の授業は眠いで。しゃんとしとかななあ」
「休んでた間のノート、目は通したのか」
「う、ん、まあ」
「今のうちに頭に入れとけ。解説、いるか?」
「頼むわ、怜」
生者の前から死者が消えても、消えないものはある。悲しくとも立ち止まってはいられないし、それを死者は望まない。それを、ここにいるメンバーは誰もがよく理解していた。
「ちょっと、タンマ。何や疲れ目かな。涙目になってもうたわ」
笑美さんの冥福を、祈った。
「いやあ、お世話かけました」
礼を言って頭を下げる智史の隣で、彼女も頭を下げる。
「1人だと、こういう時大変ですね」
楓太郎が言う。
「そうやねん。着替えも無くなるし、飯なんて作られへんし。
でもな、何か夢の筈やねんけどな、熱ある時におでこにずっと誰かが手ェ置いててくれてたみたいやねん。ひんやりしてて、気持ちよかってなあ。まあ、そんなわけないから夢やねんけど」
全員、微妙な顔をして僕と直をチラリと見た。
「ああ、智史。そもそも今回、何で家に帰ったんだったっけねえ」
「幼馴染が急死してな。その葬式や。誰よりも元気で明るい、100まで生きるどころか100でもタップダンス踊っとるようなやつやったのに、去年、急性白血病になったらしいてな。アカンようになったんや。
このメンバーやったら、絶対に気ィ合うやつやったんやけどなあ。言うたら男友達やな」
言った途端、彼女がギロリと智史を睨んで、プクッと頬を膨らませた。
「そうや。何や風邪以降、変やねん。ガス点けてんの忘れてテレビ見とったら、ちゃんと置いてあったのに急にフラパンが落ちて、鍋が焦げる前に気付いたり。
今日なんか、誰かが髪の毛引っ張るみたいな感じがしてイヤイヤ起きたら、目覚ましが止まっとって、遅刻するとこ免れたんや。危ないとこやったわぁ」
「へええ」
「ついてるやろ」
ああ、憑いてるな。
「これで彼女がおったらなあ。いや、できる言う事か?」
すると彼女は、智史の後頭部に、漫才の突っ込みの手つきで平手を入れた。
「痛てっ」
智史が後頭部をさすり、皆は僕と直に注目する。
これは、言った方がいいな。どっちにも気の毒になって来た。
「智史。彼女なんだけどな。いるぞ」
「は?エア彼女?2次元彼女?」
「ある意味エアか。直」
「そうだね。それが早いねえ」
札を貼り付けると、彼女が実体化して現れた。小柄で目が大きく、活発そうな女子だ。
「ゲッ!?なんでやねん!」
「ほおお」
真先輩、宗、楓太郎は、声をそろえた。
「智史先輩も隅に置けませんね」
「彼女、彼女って、この彼女のことだったのか」
「彼女が欲しい――あ、そういう」
「え、違いますって!違う!」
宗、真先輩、楓太郎の突っ込みに、智史は慌てる。
「そんなに力一杯否定しなくてもいいでしょうが!」
「お、お、お、落ち着け、笑美、な」
力関係が見えた。
「待て!笑美やねんな?幽霊なんか、ほんまに。こないしておるのに?」
「間違いなく、霊体だ。マンションに入った時からいたぞ。
笑美さん。幼馴染の?」
「初めまして。溝呂木笑美です。よろしく――って、この前死んだんやった」
関西人だなあ。
「葬式の後、付いて来たんか」
「うん。智史がどんな所に住んでるのかも見てみたかったし、東京、行ってみたかってん」
智史と笑美は、困ったような顔で向かい合っていた。
「まあまあ。立ち話もなんだし、座ってよ」
真先輩が椅子を勧め、笑美さんは智史の隣に座った。
そこで一通り自己紹介をする。
「それで、笑美。ホンマは何で付いて来てん」
笑美さんは下を向いてモジモジしてから、キッパリと顔を上げた。
「最後やしな。言うとこか。
約束、覚えてるかなあ、思て。でも忘れてるみたいやし、しゃあないわな。うん。
家族も気になるし、そろそろ向こう戻るわ」
笑う笑美さんに、智史がいつになく真面目な顔で言う。
「『20歳になったら、最初の酒は一緒に飲む。それから25になってもお互い1人やったら結婚する』アホ、忘れるか。指切り言うてムリヤリしてからに。指の骨、折れるか思たわ」
「えへへ。ごめんなあ」
「まあ、ええけど」
「約束、破る事になってもうたわ」
笑う口元が、震える。
「……しゃあないな。いずれあの世に行ったら、お前が奢れや」
「うん」
「一緒に写真撮っとけば良かったなあ」
「智史がいつも逃げたんやんか」
宗が、声をかける。
「あの、良かったら撮りましょうか」
「宗の写真の腕はいいぞ。霊除けの札を外せば、霊でも写真が撮れるという特技もあるしな」
「縁結びのお札として、一部で人気もあるしねえ」
「ほんじゃあ、頼めるかな」
智史と笑美さんが並んで、宗が撮る。
「ありがとう。
智史も、ありがとう。もうこれでええから、あんた、彼女見つけや。それで、長生きしィ」
「おう」
「ちゃんとご飯の栄養考えや」
「おう、お前はおかんか」
「カッコええ服もええけど、風邪ひかんようにな」
「おう、わかっとるわ」
「智史、好きやで」
「知っとる。オレもや」
笑美さんは嬉しそうに笑って、消えて行った。滋賀の家族の所へ行ったんだろう。
しばらく、誰もが無言で佇んでいた。
「帰ったなあ。
さあて、昼一発目の授業は眠いで。しゃんとしとかななあ」
「休んでた間のノート、目は通したのか」
「う、ん、まあ」
「今のうちに頭に入れとけ。解説、いるか?」
「頼むわ、怜」
生者の前から死者が消えても、消えないものはある。悲しくとも立ち止まってはいられないし、それを死者は望まない。それを、ここにいるメンバーは誰もがよく理解していた。
「ちょっと、タンマ。何や疲れ目かな。涙目になってもうたわ」
笑美さんの冥福を、祈った。
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