体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
296 / 1,046

冷たい手(3)新しい約束

しおりを挟む
 風邪も全快し、学校に出て来たので、昼休みに全員で部室で弁当を食べた。
「いやあ、お世話かけました」
 礼を言って頭を下げる智史の隣で、彼女も頭を下げる。
「1人だと、こういう時大変ですね」
 楓太郎が言う。
「そうやねん。着替えも無くなるし、飯なんて作られへんし。
 でもな、何か夢の筈やねんけどな、熱ある時におでこにずっと誰かが手ェ置いててくれてたみたいやねん。ひんやりしてて、気持ちよかってなあ。まあ、そんなわけないから夢やねんけど」
 全員、微妙な顔をして僕と直をチラリと見た。
「ああ、智史。そもそも今回、何で家に帰ったんだったっけねえ」
「幼馴染が急死してな。その葬式や。誰よりも元気で明るい、100まで生きるどころか100でもタップダンス踊っとるようなやつやったのに、去年、急性白血病になったらしいてな。アカンようになったんや。
 このメンバーやったら、絶対に気ィ合うやつやったんやけどなあ。言うたら男友達やな」
 言った途端、彼女がギロリと智史を睨んで、プクッと頬を膨らませた。
「そうや。何や風邪以降、変やねん。ガス点けてんの忘れてテレビ見とったら、ちゃんと置いてあったのに急にフラパンが落ちて、鍋が焦げる前に気付いたり。
 今日なんか、誰かが髪の毛引っ張るみたいな感じがしてイヤイヤ起きたら、目覚ましが止まっとって、遅刻するとこ免れたんや。危ないとこやったわぁ」
「へええ」
「ついてるやろ」
 ああ、憑いてるな。
「これで彼女がおったらなあ。いや、できる言う事か?」
 すると彼女は、智史の後頭部に、漫才の突っ込みの手つきで平手を入れた。
「痛てっ」
 智史が後頭部をさすり、皆は僕と直に注目する。
 これは、言った方がいいな。どっちにも気の毒になって来た。
「智史。彼女なんだけどな。いるぞ」
「は?エア彼女?2次元彼女?」
「ある意味エアか。直」
「そうだね。それが早いねえ」
 札を貼り付けると、彼女が実体化して現れた。小柄で目が大きく、活発そうな女子だ。
「ゲッ!?なんでやねん!」
「ほおお」
 真先輩、宗、楓太郎は、声をそろえた。
「智史先輩も隅に置けませんね」
「彼女、彼女って、この彼女のことだったのか」
「彼女が欲しい――あ、そういう」
「え、違いますって!違う!」
 宗、真先輩、楓太郎の突っ込みに、智史は慌てる。
「そんなに力一杯否定しなくてもいいでしょうが!」
「お、お、お、落ち着け、笑美、な」
 力関係が見えた。
「待て!笑美やねんな?幽霊なんか、ほんまに。こないしておるのに?」
「間違いなく、霊体だ。マンションに入った時からいたぞ。
 笑美さん。幼馴染の?」
「初めまして。溝呂木笑美です。よろしく――って、この前死んだんやった」
 関西人だなあ。
「葬式の後、付いて来たんか」
「うん。智史がどんな所に住んでるのかも見てみたかったし、東京、行ってみたかってん」
 智史と笑美は、困ったような顔で向かい合っていた。
「まあまあ。立ち話もなんだし、座ってよ」
 真先輩が椅子を勧め、笑美さんは智史の隣に座った。
 そこで一通り自己紹介をする。
「それで、笑美。ホンマは何で付いて来てん」
 笑美さんは下を向いてモジモジしてから、キッパリと顔を上げた。
「最後やしな。言うとこか。
 約束、覚えてるかなあ、思て。でも忘れてるみたいやし、しゃあないわな。うん。
 家族も気になるし、そろそろ向こう戻るわ」
 笑う笑美さんに、智史がいつになく真面目な顔で言う。
「『20歳になったら、最初の酒は一緒に飲む。それから25になってもお互い1人やったら結婚する』アホ、忘れるか。指切り言うてムリヤリしてからに。指の骨、折れるか思たわ」
「えへへ。ごめんなあ」
「まあ、ええけど」
「約束、破る事になってもうたわ」
 笑う口元が、震える。
「……しゃあないな。いずれあの世に行ったら、お前が奢れや」
「うん」
「一緒に写真撮っとけば良かったなあ」
「智史がいつも逃げたんやんか」
 宗が、声をかける。
「あの、良かったら撮りましょうか」
「宗の写真の腕はいいぞ。霊除けの札を外せば、霊でも写真が撮れるという特技もあるしな」
「縁結びのお札として、一部で人気もあるしねえ」
「ほんじゃあ、頼めるかな」
 智史と笑美さんが並んで、宗が撮る。
「ありがとう。
 智史も、ありがとう。もうこれでええから、あんた、彼女見つけや。それで、長生きしィ」
「おう」
「ちゃんとご飯の栄養考えや」
「おう、お前はおかんか」
「カッコええ服もええけど、風邪ひかんようにな」
「おう、わかっとるわ」
「智史、好きやで」
「知っとる。オレもや」
 笑美さんは嬉しそうに笑って、消えて行った。滋賀の家族の所へ行ったんだろう。
 しばらく、誰もが無言で佇んでいた。
「帰ったなあ。
 さあて、昼一発目の授業は眠いで。しゃんとしとかななあ」
「休んでた間のノート、目は通したのか」
「う、ん、まあ」
「今のうちに頭に入れとけ。解説、いるか?」
「頼むわ、怜」
 生者の前から死者が消えても、消えないものはある。悲しくとも立ち止まってはいられないし、それを死者は望まない。それを、ここにいるメンバーは誰もがよく理解していた。
「ちょっと、タンマ。何や疲れ目かな。涙目になってもうたわ」
 笑美さんの冥福を、祈った。





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...