257 / 1,046
犬のおまわりさん(1)歩道橋の霊犬
しおりを挟む
ワン、ワン、と吠える声がする。ただし、生きている犬じゃない。霊だ。歩道橋の上で、歩きスマホの女子高生に吠えていた。
御崎 怜、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「犬だねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「危ないって注意してるのかな」
何か、微笑ましい。
吠えて注意しても、気付いてはもらえないのだが、それでも、危険な人には注意している。そして制服警官がパトロールで通りかかったら、嬉しそうに、尻尾を千切れんばかりに振っていた。
「犬のおまわりさん、か」
童謡を何となく思い出しながら、僕と直はその場を離れた。
兄が帰って来た。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
兄は秋から警察大学校に戻っている。本当なら警視になる前にそうなるものだが、唯一の身内が未成年である事を理由に「どうしてもなら、昇進しなくていい」と言ったら、各所、かなり上からの口添えがあり、特例で延び延びになっていたという事情があったのだが、とうとう、「大学生だからもういいだろう」と、そういう事になったらしい。しばらく、寮生活だ。
その兄が、今日は外泊許可を貰って、帰って来ているのだ。
ミンチ、ひじき、人参、うずら卵を揚げ詰めにした煮物、レタス、ジャガイモ、リンゴのサラダ、山女魚の山椒煮、味噌汁は大根、あげ、大根葉、わかめ、それにきのこご飯。
着替えてダイニングに兄が来るタイミングで、テーブルに並べ終える。
「いただきます。
揚げ詰めかあ。ん、落ち着くなあ」
「辛子もあるよ」
「じゃあ、少しつけるか」
揚げ詰めは、炊かずに焼いて、辛子じょうゆをつけてもいい。
しばらくは、お互いに変わりが無いかと近況報告をし、元気なのを確認し合った。
「今日、駅前の歩道橋で、犬の霊がいたよ。歩きスマホの人とかに吠えて、注意してた」
「いい犬だな」
「うん。微笑ましくなったよ」
「ん?それは、さくらベーカリーの前の歩道橋か?」
「そう」
「あそこか。10月31日に、お年寄りの転落事故があったな。頸椎骨折と脳挫傷で亡くなったらしい。その時に飼い犬を連れていたんだが、こっちも下敷きになっていて重体で、後を追うように死んだと聞いたな」
「その犬かな」
「ああ。だとすると、歩きスマホに吠え掛かるというのも、引っかかって来るな」
「ぶつかって転落したのかも知れないな」
「ああ。だとしたら、ぶつかった相手は、そのまま立ち去った事になる。
知り合いに言っておこう」
兄は刑事の目になって言った。
夜中、歩道橋に行ってみた。週に3時間も寝ればいい無眠者なので、暇なのだ。
「こんばんわ」
人通りの絶えた歩道橋に、犬はいた。こちらを見上げて、「見えるの?」と言いたげに首を傾げている。
「なあ、何て呼べばいい?」
わん!
すまん。犬語はわからん。
「ここで交通指導してるのは、お前とご主人様にぶつかって逃げたやつが、歩きスマホだったからか?」
わん、わん、わん!!
そうだと言っているのだろうか。
「でも、無茶はするなよ。見つけても、何かしたらだめだぞ。僕に知らせろ。そうしたら、必ず兄ちゃんが何とかしてくれるからな。兄ちゃんは、凄く頼れるんだ。だから心配いらないからな。わかったか?」
わんっ!
尻尾を振ってキリッと見上げて来る。かっこいいな。
「よし。犬のおまわりさん、頼んだぞ」
わん!
僕は頭をひと撫でしてから、家に帰った。
御崎 怜、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「犬だねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「危ないって注意してるのかな」
何か、微笑ましい。
吠えて注意しても、気付いてはもらえないのだが、それでも、危険な人には注意している。そして制服警官がパトロールで通りかかったら、嬉しそうに、尻尾を千切れんばかりに振っていた。
「犬のおまわりさん、か」
童謡を何となく思い出しながら、僕と直はその場を離れた。
兄が帰って来た。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
兄は秋から警察大学校に戻っている。本当なら警視になる前にそうなるものだが、唯一の身内が未成年である事を理由に「どうしてもなら、昇進しなくていい」と言ったら、各所、かなり上からの口添えがあり、特例で延び延びになっていたという事情があったのだが、とうとう、「大学生だからもういいだろう」と、そういう事になったらしい。しばらく、寮生活だ。
その兄が、今日は外泊許可を貰って、帰って来ているのだ。
ミンチ、ひじき、人参、うずら卵を揚げ詰めにした煮物、レタス、ジャガイモ、リンゴのサラダ、山女魚の山椒煮、味噌汁は大根、あげ、大根葉、わかめ、それにきのこご飯。
着替えてダイニングに兄が来るタイミングで、テーブルに並べ終える。
「いただきます。
揚げ詰めかあ。ん、落ち着くなあ」
「辛子もあるよ」
「じゃあ、少しつけるか」
揚げ詰めは、炊かずに焼いて、辛子じょうゆをつけてもいい。
しばらくは、お互いに変わりが無いかと近況報告をし、元気なのを確認し合った。
「今日、駅前の歩道橋で、犬の霊がいたよ。歩きスマホの人とかに吠えて、注意してた」
「いい犬だな」
「うん。微笑ましくなったよ」
「ん?それは、さくらベーカリーの前の歩道橋か?」
「そう」
「あそこか。10月31日に、お年寄りの転落事故があったな。頸椎骨折と脳挫傷で亡くなったらしい。その時に飼い犬を連れていたんだが、こっちも下敷きになっていて重体で、後を追うように死んだと聞いたな」
「その犬かな」
「ああ。だとすると、歩きスマホに吠え掛かるというのも、引っかかって来るな」
「ぶつかって転落したのかも知れないな」
「ああ。だとしたら、ぶつかった相手は、そのまま立ち去った事になる。
知り合いに言っておこう」
兄は刑事の目になって言った。
夜中、歩道橋に行ってみた。週に3時間も寝ればいい無眠者なので、暇なのだ。
「こんばんわ」
人通りの絶えた歩道橋に、犬はいた。こちらを見上げて、「見えるの?」と言いたげに首を傾げている。
「なあ、何て呼べばいい?」
わん!
すまん。犬語はわからん。
「ここで交通指導してるのは、お前とご主人様にぶつかって逃げたやつが、歩きスマホだったからか?」
わん、わん、わん!!
そうだと言っているのだろうか。
「でも、無茶はするなよ。見つけても、何かしたらだめだぞ。僕に知らせろ。そうしたら、必ず兄ちゃんが何とかしてくれるからな。兄ちゃんは、凄く頼れるんだ。だから心配いらないからな。わかったか?」
わんっ!
尻尾を振ってキリッと見上げて来る。かっこいいな。
「よし。犬のおまわりさん、頼んだぞ」
わん!
僕は頭をひと撫でしてから、家に帰った。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる