254 / 1,046
紅鬼(3)謝罪とお願い
しおりを挟む
紅葉の山に、幅3メートル程の道のような部分が伸びている。木枯れだ。
山の頂上付近にある封印石のところから、木枯れが真っすぐに延びているのが、その延長線上にある小学校の校舎からよく見えた。
「ゴールはここかねえ」
「好物の子供がたくさんいることだしな」
山裾辺りは刈り入れの終わった田んぼで、広さはある。
「山の中でやるよりも、ここを使わせてもらえないかな。誘い込んで罠にかけた方が、散らす心配も無いし、安全だろう」
「田んぼ、だめって言われないかねえ」
「後でちゃんと浄化して返すからって言えばどうかな」
「そうだねえ。江田さんに頼もうかねえ」
僕と直は、小学校の教師達と話をしている江田さんを見た。
圭子は家に入る前に深呼吸して、大きな声を上げながら戸を開けた。
「ただいまあ」
居間には祖母がいた。
「ああ、おかえり。お茶、飲むかい、圭子」
「うん」
急須で、緑茶を淹れる。ずっと変わらず使っている茶葉だ。
「美味しい」
2人でしばらく黙って、お茶を啜る。
「圭子。今日、霊能師が来たんだろう」
圭子は、ピクリとした。
「うん。大学1年生だって。笑っちゃう」
「そうかい?そばで見たんだろう?」
「別に、大した事なんてなかったよ。あんなの」
すぐに見抜かれたし、もう1人は圧倒的な力だった。その思いに、強引にふたをする。
「おばあちゃんの方が凄いよ」
祖母は静かに御茶を啜り、淡々と言った。
「そうかねえ。ここにいても、浄化の瞬間がわかったよ。あんなの、最盛期でもムリだったよ」
「――!」
「それに、山を下りて来た熊を動けなくしたそうだよ」
「熊?」
「ああ。逃げて来た熊が、町民に被害を出す前で良かったよ」
「……」
「圭子」
「辞めないからね。だっておかしいもん。急に資格がいるようになりますって。うちはここで立派に霊能者としてやって来たんだもん」
「……圭子……」
「辞めないから、あたし!」
圭子は立ち上がると、家を飛び出した。
江田さんは校長と田んぼの持ち主と町長とで話し合い、首尾よく、田んぼで罠を張る了承を取り付けた。
普段から付き合いをし、それを上手く利用する感じだ。最近では癒着の元と言われるが、こういう田舎では、必要なものなのかも知れない。
何事も、節度という事か。
気弱そうだった江田さんを少し尊敬していると、散歩と呼ぶには暗い顔で、石動さんが歩いて来た。そして、僕達に気付いて顔を歪めた。
「ああ、圭子ちゃん。ここに罠を張って、紅鬼を誘い込む事に決まったよ」
校長がにこにことして言う。
「そうですか」
取り付く島もない、そんな感じだ。
「圭子。先生に失礼だろうが」
江田さんが注意するが、石動さんは、
「裏切りものと話す気はないもん」
と、そっぽをむいたままだ。
「裏切りものって……」
江田さんは、深々と嘆息した。
「だって、そうじゃない!いきなり資格が無いとだめだなんて納得できない!うちは、ずっと、拝み屋をして来たのに。資格ができる前からずっと!」
その時、ジャージ姿の人が、叫びながら慌てて走って来た。
「大変ですう!」
「どうかしたのかな、田辺先生」
「校長、大変です。例の石を倒した充とヒロが、責任を感じて、紅鬼に謝って人や動物を食べないようにお願いするって書置きを残して山に入ったそうです」
「何い!?」
ああ、もう、面倒臭い事になったぞ。計画もパアだ。
僕は頭を抱えたくなった。
「とにかく今すぐに僕達も追いかけます」
「これ以上、親御さんとかが入らないようにお願いしますねえ」
「あ、私も行きます」
江田さんと田辺先生が言ったが、
「危険です。人数は抑えたいので……石動さん、2人の顔は知っていますね。それと、自分の身の防御くらいはできますか」
「当然でしょ。バカにしないで」
「では、こちらの指示に従って下さい。いいですか」
「……まあ」
「信用させてもらいますよ。
直、今何枚持ってる」
「防御結界20枚、封じ6枚、無地14枚だねえ」
「よし、行こうか」
僕達は、急いで山に入った。
紅鬼は、ずっと空腹だった。自由になった後、まずはその辺の生気を喰らって取り敢えず動けるようにすると、動物を喰らって力を取り戻そうとした。そして少しずつ、美味しそうな匂いのするものがたくさんいる方へと、近付いて行っている。
ワカイ オンナ
ヤワラカイ コドモ
朧気だった体が、次第にしっかりとしたものになり、今では実体を得ていた。
最盛期の頃の体を取り戻すのも、時間の問題だった。
その時、ふっと、子供の匂いがした。それも、向こうから近付いて来ている。
エサガクル
ヤワラカイ コドモ
紅鬼の視界に小学生の子供2人が入り、紅鬼は舌なめずりをした。
充とヒロは人生初の書置きを残し、山を歩いていた。今は紅鬼だけでなく、熊もやたらと凶暴化しているようなので危険だと、山への立ち入りは禁止となっている。
だが、それもこれも皆、遠足の日に石を倒した自分達のせいだ。動物はもうたくさん犠牲になっている。次は人間だ。その前に、何とか謝って許してもらえないかと、子供ながらに考えたのだ。
「充君、紅鬼がいきなり食べに来たらどうしよう」
「その時は、残った方がお願いする事にしよう」
2人は恐怖に震えながら、木枯れの先端を目指した。
と、足元に、動物の死体が出て来た。
「ひっ」
「近いのかもな」
声が裏返りそうになるのを、何とか堪えた。
が、前方にいた何かといきなり目が合い、頭が真っ白になった。
額に角、血染めの着物、血に汚れた吊り上がった口元。
紅鬼だった。
山の頂上付近にある封印石のところから、木枯れが真っすぐに延びているのが、その延長線上にある小学校の校舎からよく見えた。
「ゴールはここかねえ」
「好物の子供がたくさんいることだしな」
山裾辺りは刈り入れの終わった田んぼで、広さはある。
「山の中でやるよりも、ここを使わせてもらえないかな。誘い込んで罠にかけた方が、散らす心配も無いし、安全だろう」
「田んぼ、だめって言われないかねえ」
「後でちゃんと浄化して返すからって言えばどうかな」
「そうだねえ。江田さんに頼もうかねえ」
僕と直は、小学校の教師達と話をしている江田さんを見た。
圭子は家に入る前に深呼吸して、大きな声を上げながら戸を開けた。
「ただいまあ」
居間には祖母がいた。
「ああ、おかえり。お茶、飲むかい、圭子」
「うん」
急須で、緑茶を淹れる。ずっと変わらず使っている茶葉だ。
「美味しい」
2人でしばらく黙って、お茶を啜る。
「圭子。今日、霊能師が来たんだろう」
圭子は、ピクリとした。
「うん。大学1年生だって。笑っちゃう」
「そうかい?そばで見たんだろう?」
「別に、大した事なんてなかったよ。あんなの」
すぐに見抜かれたし、もう1人は圧倒的な力だった。その思いに、強引にふたをする。
「おばあちゃんの方が凄いよ」
祖母は静かに御茶を啜り、淡々と言った。
「そうかねえ。ここにいても、浄化の瞬間がわかったよ。あんなの、最盛期でもムリだったよ」
「――!」
「それに、山を下りて来た熊を動けなくしたそうだよ」
「熊?」
「ああ。逃げて来た熊が、町民に被害を出す前で良かったよ」
「……」
「圭子」
「辞めないからね。だっておかしいもん。急に資格がいるようになりますって。うちはここで立派に霊能者としてやって来たんだもん」
「……圭子……」
「辞めないから、あたし!」
圭子は立ち上がると、家を飛び出した。
江田さんは校長と田んぼの持ち主と町長とで話し合い、首尾よく、田んぼで罠を張る了承を取り付けた。
普段から付き合いをし、それを上手く利用する感じだ。最近では癒着の元と言われるが、こういう田舎では、必要なものなのかも知れない。
何事も、節度という事か。
気弱そうだった江田さんを少し尊敬していると、散歩と呼ぶには暗い顔で、石動さんが歩いて来た。そして、僕達に気付いて顔を歪めた。
「ああ、圭子ちゃん。ここに罠を張って、紅鬼を誘い込む事に決まったよ」
校長がにこにことして言う。
「そうですか」
取り付く島もない、そんな感じだ。
「圭子。先生に失礼だろうが」
江田さんが注意するが、石動さんは、
「裏切りものと話す気はないもん」
と、そっぽをむいたままだ。
「裏切りものって……」
江田さんは、深々と嘆息した。
「だって、そうじゃない!いきなり資格が無いとだめだなんて納得できない!うちは、ずっと、拝み屋をして来たのに。資格ができる前からずっと!」
その時、ジャージ姿の人が、叫びながら慌てて走って来た。
「大変ですう!」
「どうかしたのかな、田辺先生」
「校長、大変です。例の石を倒した充とヒロが、責任を感じて、紅鬼に謝って人や動物を食べないようにお願いするって書置きを残して山に入ったそうです」
「何い!?」
ああ、もう、面倒臭い事になったぞ。計画もパアだ。
僕は頭を抱えたくなった。
「とにかく今すぐに僕達も追いかけます」
「これ以上、親御さんとかが入らないようにお願いしますねえ」
「あ、私も行きます」
江田さんと田辺先生が言ったが、
「危険です。人数は抑えたいので……石動さん、2人の顔は知っていますね。それと、自分の身の防御くらいはできますか」
「当然でしょ。バカにしないで」
「では、こちらの指示に従って下さい。いいですか」
「……まあ」
「信用させてもらいますよ。
直、今何枚持ってる」
「防御結界20枚、封じ6枚、無地14枚だねえ」
「よし、行こうか」
僕達は、急いで山に入った。
紅鬼は、ずっと空腹だった。自由になった後、まずはその辺の生気を喰らって取り敢えず動けるようにすると、動物を喰らって力を取り戻そうとした。そして少しずつ、美味しそうな匂いのするものがたくさんいる方へと、近付いて行っている。
ワカイ オンナ
ヤワラカイ コドモ
朧気だった体が、次第にしっかりとしたものになり、今では実体を得ていた。
最盛期の頃の体を取り戻すのも、時間の問題だった。
その時、ふっと、子供の匂いがした。それも、向こうから近付いて来ている。
エサガクル
ヤワラカイ コドモ
紅鬼の視界に小学生の子供2人が入り、紅鬼は舌なめずりをした。
充とヒロは人生初の書置きを残し、山を歩いていた。今は紅鬼だけでなく、熊もやたらと凶暴化しているようなので危険だと、山への立ち入りは禁止となっている。
だが、それもこれも皆、遠足の日に石を倒した自分達のせいだ。動物はもうたくさん犠牲になっている。次は人間だ。その前に、何とか謝って許してもらえないかと、子供ながらに考えたのだ。
「充君、紅鬼がいきなり食べに来たらどうしよう」
「その時は、残った方がお願いする事にしよう」
2人は恐怖に震えながら、木枯れの先端を目指した。
と、足元に、動物の死体が出て来た。
「ひっ」
「近いのかもな」
声が裏返りそうになるのを、何とか堪えた。
が、前方にいた何かといきなり目が合い、頭が真っ白になった。
額に角、血染めの着物、血に汚れた吊り上がった口元。
紅鬼だった。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる