221 / 1,046
離さない(2)藤棚
しおりを挟む
暖かで、ベンチではサラリーマンやお母さん達、猫が、日向ぼっこをし、少し離れた遊具では幼児が達遊んでいる。花壇はよく手入れがされていて、パンジーが並んでいた。
一瞬、ザワッと気配がしたものの、すぐに消えてなくなる。
「藤棚?」
気配は、その辺りからしたように思ったが。
「立派でしょう。この公園のできた時からあるんです。一時期花が減ったんですがね、根本の土も柔らかくして肥料をやったせいか、この通りですよ」
公園を管理している初老の男は自慢気に言った。
たくさんの重そうな藤色の花をつけた藤は、ガッチリと椎か何かの木に食い込みながら巻き付き、棚一面に枝を這わせている。そしてその根元は、掘り返されたような跡があった。
藤棚の中央には木製のベンチがあり、老夫婦がペットボトルのお茶を静かに飲んでいる。
気のせいとも思えないが、とりあえず今は何も無さそうだ。
「さっき、一瞬だけ何かいたようですけど、すぐになくなりました。もう少し、様子を見たいのですが」
「わかりました。お願いします」
管理人は管理人室へ戻って行き、直と藤棚を見る。
「波があるねえ」
「警戒してるのかな」
「時間を置いて見に来るかねえ?」
「それしかないかな、今のところ」
訴えは公園から赤ん坊の泣き声がする、というもので、一瞬気配があったから、猫の仔の鳴き声と間違えたというわけではなさそうだ。
「まあ、公園を一周して、どこかに移動してないか見てこようか。反対周りに同時に回ってみるか?」
「そうだねえ」
其々右回りと左回りになって、歩き出す。
つつじがグルリとまわりに植えてあるが、どれも大きくて高さが大人の背の高さ近くあり、道路から直接入る事はできないようだ。そして、形もきっちりと刈って整えられていた。根元は、子猫くらいなら通り抜けられるだろうという隙間がある。
遊具は大してなく、イルカやパンダの人形にバネがついていて、人形にまたがって、ビヨン、ビヨンと上下に跳ねたり揺れたりするものがいくつか。あとはシーソーと、小石が敷き詰められた上を裸足で歩く足裏健康歩道くらいで、子供が遊ぶ公園というよりも、散歩の途中で立ち寄るところ、花を楽しむところ、という感じらしい。
ほんの1、2分で直と交差し、すぐに一周してしまう。
「ないなあ」
「ないねえ」
「様子見だな」
言っていると、別の気配がして、下を見た。子供だ。グルグルと歩くのが遊びに見えたのか、イルカにまたがっていた子供が見上げていた。
「何してるの?」
「ええっと、散歩だねえ」
「グルグル?」
「そう、グルグル」
直に、目で、「訊いてみてくれ」と頼む。子供は苦手だ。
直は苦笑してから、訊いてくれた。
「この公園はよく来るのかねえ?」
「雨の日以外は毎日ぃ。お家がね、そこをあっちに行って、犬のところを曲がってちょっと」
わからん。
「そう。
ここでね、誰か泣いてるような声、聞いたことあるかねえ?」
「ううんと、ミカちゃんはすぐ泣くの。でもあきら君はもっとすぐに泣くの。順番こなのに、パンダが空いてないと泣くの。子供よね」
ふう、と肩を竦める幼女。
お前も子供だと、言ってはいけない。
だが確実に、この子の20年後の方向性が見えた気がした。
「ふうん」
「あとね、昨日、お花が泣いたの。あのぶら下がってるお花。すぐに泣き止んだけど」
「ふうん、そうなんだ。教えてくれてありがとうねえ」
にっこり笑って、幼児をイルカに帰す。何と鮮やかな手並みだ!
「怜、構えすぎなんだと思うねえ」
「でも、子供だぞ。突然泣き出したり、理解不能な事を言い出したり、ダメな事を説明しても聞き入れずに泣き出すし、すぐに気が変わるし。
泣かれたら、どうしたらいいのかわからないだろ。こっちが泣きそうだ」
直は笑いをこらえるように肩を震わせて、
「まあ、ごめん。それ、晴の相手した時のトラウマだよねえ」
と言ってから、真面目な顔に戻った。
「それはともかく、やっぱり藤棚だねえ」
「ああ。また、様子を見に来よう」
僕達は、公園を後にした。
一瞬、ザワッと気配がしたものの、すぐに消えてなくなる。
「藤棚?」
気配は、その辺りからしたように思ったが。
「立派でしょう。この公園のできた時からあるんです。一時期花が減ったんですがね、根本の土も柔らかくして肥料をやったせいか、この通りですよ」
公園を管理している初老の男は自慢気に言った。
たくさんの重そうな藤色の花をつけた藤は、ガッチリと椎か何かの木に食い込みながら巻き付き、棚一面に枝を這わせている。そしてその根元は、掘り返されたような跡があった。
藤棚の中央には木製のベンチがあり、老夫婦がペットボトルのお茶を静かに飲んでいる。
気のせいとも思えないが、とりあえず今は何も無さそうだ。
「さっき、一瞬だけ何かいたようですけど、すぐになくなりました。もう少し、様子を見たいのですが」
「わかりました。お願いします」
管理人は管理人室へ戻って行き、直と藤棚を見る。
「波があるねえ」
「警戒してるのかな」
「時間を置いて見に来るかねえ?」
「それしかないかな、今のところ」
訴えは公園から赤ん坊の泣き声がする、というもので、一瞬気配があったから、猫の仔の鳴き声と間違えたというわけではなさそうだ。
「まあ、公園を一周して、どこかに移動してないか見てこようか。反対周りに同時に回ってみるか?」
「そうだねえ」
其々右回りと左回りになって、歩き出す。
つつじがグルリとまわりに植えてあるが、どれも大きくて高さが大人の背の高さ近くあり、道路から直接入る事はできないようだ。そして、形もきっちりと刈って整えられていた。根元は、子猫くらいなら通り抜けられるだろうという隙間がある。
遊具は大してなく、イルカやパンダの人形にバネがついていて、人形にまたがって、ビヨン、ビヨンと上下に跳ねたり揺れたりするものがいくつか。あとはシーソーと、小石が敷き詰められた上を裸足で歩く足裏健康歩道くらいで、子供が遊ぶ公園というよりも、散歩の途中で立ち寄るところ、花を楽しむところ、という感じらしい。
ほんの1、2分で直と交差し、すぐに一周してしまう。
「ないなあ」
「ないねえ」
「様子見だな」
言っていると、別の気配がして、下を見た。子供だ。グルグルと歩くのが遊びに見えたのか、イルカにまたがっていた子供が見上げていた。
「何してるの?」
「ええっと、散歩だねえ」
「グルグル?」
「そう、グルグル」
直に、目で、「訊いてみてくれ」と頼む。子供は苦手だ。
直は苦笑してから、訊いてくれた。
「この公園はよく来るのかねえ?」
「雨の日以外は毎日ぃ。お家がね、そこをあっちに行って、犬のところを曲がってちょっと」
わからん。
「そう。
ここでね、誰か泣いてるような声、聞いたことあるかねえ?」
「ううんと、ミカちゃんはすぐ泣くの。でもあきら君はもっとすぐに泣くの。順番こなのに、パンダが空いてないと泣くの。子供よね」
ふう、と肩を竦める幼女。
お前も子供だと、言ってはいけない。
だが確実に、この子の20年後の方向性が見えた気がした。
「ふうん」
「あとね、昨日、お花が泣いたの。あのぶら下がってるお花。すぐに泣き止んだけど」
「ふうん、そうなんだ。教えてくれてありがとうねえ」
にっこり笑って、幼児をイルカに帰す。何と鮮やかな手並みだ!
「怜、構えすぎなんだと思うねえ」
「でも、子供だぞ。突然泣き出したり、理解不能な事を言い出したり、ダメな事を説明しても聞き入れずに泣き出すし、すぐに気が変わるし。
泣かれたら、どうしたらいいのかわからないだろ。こっちが泣きそうだ」
直は笑いをこらえるように肩を震わせて、
「まあ、ごめん。それ、晴の相手した時のトラウマだよねえ」
と言ってから、真面目な顔に戻った。
「それはともかく、やっぱり藤棚だねえ」
「ああ。また、様子を見に来よう」
僕達は、公園を後にした。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる