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修学旅行(2)三重
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三重と言えば、伊勢志摩サミットで有名になったが、ミキモト真珠、水族館、英虞湾。そして何より、伊勢神宮だ。
言わずと知れた、日本の神社8万社の最高峰、別格の存在だ。20年に一度の式年遷宮を1300年前の飛鳥時代から行い、この前は2013年に62回目を行った。正式名称は『神宮』。伊勢にあるから伊勢神宮、お伊勢さんと呼ばれている。
外宮の後内宮へと順に回る。空気が良くて、何とも気持ちがいい。僕は、直、エリカ、ユキと一緒に歩きながら、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「気持ちいいな」
「リラックスできるのに、シャキッとするわね」
立花エリカ、オカルトが大好きな心霊研究部元部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。
「マイナスイオン効果でしょうか」
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
「それも間違いないけど、流石は伊勢神宮というところなのかねえ」
直が言って、深呼吸する。
この4人が、心霊研究部創部メンバーだ。
「ここが内宮の御正宮、天照大御神を奉っている所ね」
階段を上がって、御正宮に入る。
と、ひんやりと満ちていた神威がすぅっとまとわりつく。その中を揃って拝殿に進み、作法通りに手を合わせて挨拶をする。
同時に、強い神威が寄って来て、1人、切り離された。
「ふうん。噂の子供だな」
「初めまして。天照大御神ですよね」
天照大御神は男神とも女神ともされているが、目の前にいるのは女性だった。ハンサムな感じの、姉御肌的な神だ。
まあ、男尊女卑の時代、神のトップが女であるというのは色々と都合が悪く、男神とされたのだろう。
「はっはっはっ。気楽に行こう。てるちゃんでいいぞ」
「いや、それはいくら何でも……」
「何だ。神を殺したり喰ったりしてる割に、意外だな」
「それは何というか、やむにやまれぬ事情がありまして、結果的にそうするしかなくてですね……」
「わかっている、気にするな。しかし、ふうん。そうか。
うん、気に入った。また遊びに来い――って、ああ、人の身では面倒な移動手段を取らなくてはならんのか。ならばいっそ、本格的に、こっちになるか?」
「ご冗談でしょ」
「そうでもないが……まあ、いい。こっちが遊びに行く。酒と肴を頼むぞ。別に、干しアワビとかそういうのでなくとも、裂きイカとか柿ピーとかも好きだからな」
「柿ピー!?そんなもの知ってるんですか!?」
「おう。コンビニの新作スイーツも必ず食べに行くぞ」
「……イメージが……」
人のフリをして、徘徊しているものなんだろうか、神様って……。
「では、また今度な」
天照大御神がバッチリとウインクをした途端、元の次元に戻った。時間はほんの一瞬だったらしく、視界の端に映っていた歩いている人の位置と姿勢が、向こうに行く寸前のままだった。
どことなく複雑な気分だ。てるちゃん、ねえ。
「どうした、怜」
「うん。てるちゃんが――あ、いや……」
「???」
直には後で話そう。
「いや、次行こう」
揃って、次を目指す。
宇治橋、神域との境になる橋まで来た時だった。しゃくりあげて泣く女の子の声がする。
「……平安時代?」
「かなあ」
僕と直の呟きに、エリカが目を爛々と輝かせる。
「橋の所で中学生くらいの子が泣いてるんだけど、服装が、十二単で」
「貴族の子ですか?」
近寄って行き、声をかける。
「どうかしましたか」
その子は弾かれた様に顔を上げ、慌てて扇で顔を隠した。
ああ。昔は、成人女性は家族でも異性に顔を晒さなかったからな。
「見えるのか?」
好奇心に負けたのか、顔を覗かせる。もしかしたら小学生かという年だった。
「僕とこっちの友人には。僕は怜、こっちは直です。あなたは」
「斉子内親王」
「それがまた、どうしてこんな所で?」
直が訊くと、斉子は思い出したようにじわりと涙を浮かべた。
「病で、1人、帰れなんだ。斎王としての務めも満足に果たせず、京へも帰れず。ずっと、ここで」
あ、また泣く……。困ったな。
「ええっと、明日なら京都へ行くので、一緒に行きますか?」
「か、帰れるのか!?」
完全に扇を忘れている。
「明日ですけどねえ?」
「頼む!」
「はい。ただ、随分と時が経ってしまって、驚くかも知れませんが」
「構わない。ここで、皆の様子が驚くほど変わるのを見て来たからの。それでも、京は京である事に変わりはなかろう」
「では、斉子内親王」
「よしこちゃんでもかまわぬぞ」
こいつもチャンか。
「い、今の世では、親しい友はそう呼ぶのであろう?なので、そなたらには特別に、よしこちゃんと呼ぶ事を許しても構わぬぞ?別に、呼んで欲しいとは言っておらんがな?」
うわあ、ツンデレ?平安人でもツンデレ?
「ありがとうございます。光栄です、よしこちゃん」
「フグッ!う、ふふふっ」
嬉しそうに笑う、内親王の幽霊だった。
旅館の大広間で、カルタ大会が行われている。何とこれに、よしこちゃんも出場しているのだ。
エリカとユキに見えるようになる札を渡したのだが、女子が見たがり、よしこちゃんの境遇を知ると同情し、よしこちゃんを見えるようにして、皆で妹のようにかわいがっているのだ。
大浴場まで一緒に行ったらしいし、今夜はエリカとユキの部屋で寝るのだと、初めて見る布団に興奮していた。
「いやあ、いい思い出になったんじゃないかねえ、あの世への」
「いいのかなあ。ホントにこれでいいのかなあ」
「気にしない、気にしない。皆も喜んでるし」
「まあ、な」
中には怖がっている生徒もいるかも知れないがな。
「それにしても、よしこちゃんは強いな。平安貴族なんて、動きがゆったりしてるのかと思ってた」
近くにいたクラスメイトが言う。
「まあ、子供だし、少し前までは走り回って遊んでた年齢なんじゃないか?」
「詳しい事を色々聴きたいなあ。もっといてくれないかな」
古典と歴史の教師が真剣に言った。
「帰りたがってるのに、かわいそうですよ。それに、小さいからか、あんまり詳しいあれやこれやはわかってないみたいだし」
一斉に非難するように見られ、教師は
「冗談だって、冗談」
とごまかし、見事優勝を勝ち取ったよしこちゃんに、
「おめでとう」
とお菓子を持って行く。
翌日はどのバスに乗せるのかでよしこちゃん争奪戦が始まりかけたが、万が一に備えて、3組のバスに乗せた。最初は牛車と比べ物にならないスピードに青くなっていたが、すぐに慣れて、主に女子達にお菓子を貰ってご機嫌だった。
それが、京都に入り、昔とはすっかり景観が変わった御所が近付いて来ると、そわそわとしだす。そしてとうとうそれが見えると、
「ああ」
と涙を浮かべ、頬にリスのようにお菓子を詰め込んだり、見るものを何でもあれは何だと質問責めにしていたのが嘘のように、まさに内親王としか言えない雰囲気になった。
「怜、直。そなた達にはいくら礼を言っても足りぬ。感謝する。
皆にも良くしてもらって、とても楽しかった。伊勢に向かう時は、不安で、寂しくて、泣いてばかりおったのが嘘のようだ。本当に、皆にも、礼を言う」
「友達だろ」
「そうじゃな。うん」
「家族の所に帰るんだろ。ほら」
「うん。うん!」
会った時はめそめそ泣いていたが、今は嬉し泣きをして、笑う。そして、半透明になって、キラキラと光る粒子になって、立ち上るように消えて行った。
「逝ったなあ」
しみじみとした雰囲気が、バスに満ちる。
「あれ?あれって幽霊?飛脚の幽霊?」
「もういいよ、面倒臭いのは」
僕は、見ない振りをした。
言わずと知れた、日本の神社8万社の最高峰、別格の存在だ。20年に一度の式年遷宮を1300年前の飛鳥時代から行い、この前は2013年に62回目を行った。正式名称は『神宮』。伊勢にあるから伊勢神宮、お伊勢さんと呼ばれている。
外宮の後内宮へと順に回る。空気が良くて、何とも気持ちがいい。僕は、直、エリカ、ユキと一緒に歩きながら、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「気持ちいいな」
「リラックスできるのに、シャキッとするわね」
立花エリカ、オカルトが大好きな心霊研究部元部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。
「マイナスイオン効果でしょうか」
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
「それも間違いないけど、流石は伊勢神宮というところなのかねえ」
直が言って、深呼吸する。
この4人が、心霊研究部創部メンバーだ。
「ここが内宮の御正宮、天照大御神を奉っている所ね」
階段を上がって、御正宮に入る。
と、ひんやりと満ちていた神威がすぅっとまとわりつく。その中を揃って拝殿に進み、作法通りに手を合わせて挨拶をする。
同時に、強い神威が寄って来て、1人、切り離された。
「ふうん。噂の子供だな」
「初めまして。天照大御神ですよね」
天照大御神は男神とも女神ともされているが、目の前にいるのは女性だった。ハンサムな感じの、姉御肌的な神だ。
まあ、男尊女卑の時代、神のトップが女であるというのは色々と都合が悪く、男神とされたのだろう。
「はっはっはっ。気楽に行こう。てるちゃんでいいぞ」
「いや、それはいくら何でも……」
「何だ。神を殺したり喰ったりしてる割に、意外だな」
「それは何というか、やむにやまれぬ事情がありまして、結果的にそうするしかなくてですね……」
「わかっている、気にするな。しかし、ふうん。そうか。
うん、気に入った。また遊びに来い――って、ああ、人の身では面倒な移動手段を取らなくてはならんのか。ならばいっそ、本格的に、こっちになるか?」
「ご冗談でしょ」
「そうでもないが……まあ、いい。こっちが遊びに行く。酒と肴を頼むぞ。別に、干しアワビとかそういうのでなくとも、裂きイカとか柿ピーとかも好きだからな」
「柿ピー!?そんなもの知ってるんですか!?」
「おう。コンビニの新作スイーツも必ず食べに行くぞ」
「……イメージが……」
人のフリをして、徘徊しているものなんだろうか、神様って……。
「では、また今度な」
天照大御神がバッチリとウインクをした途端、元の次元に戻った。時間はほんの一瞬だったらしく、視界の端に映っていた歩いている人の位置と姿勢が、向こうに行く寸前のままだった。
どことなく複雑な気分だ。てるちゃん、ねえ。
「どうした、怜」
「うん。てるちゃんが――あ、いや……」
「???」
直には後で話そう。
「いや、次行こう」
揃って、次を目指す。
宇治橋、神域との境になる橋まで来た時だった。しゃくりあげて泣く女の子の声がする。
「……平安時代?」
「かなあ」
僕と直の呟きに、エリカが目を爛々と輝かせる。
「橋の所で中学生くらいの子が泣いてるんだけど、服装が、十二単で」
「貴族の子ですか?」
近寄って行き、声をかける。
「どうかしましたか」
その子は弾かれた様に顔を上げ、慌てて扇で顔を隠した。
ああ。昔は、成人女性は家族でも異性に顔を晒さなかったからな。
「見えるのか?」
好奇心に負けたのか、顔を覗かせる。もしかしたら小学生かという年だった。
「僕とこっちの友人には。僕は怜、こっちは直です。あなたは」
「斉子内親王」
「それがまた、どうしてこんな所で?」
直が訊くと、斉子は思い出したようにじわりと涙を浮かべた。
「病で、1人、帰れなんだ。斎王としての務めも満足に果たせず、京へも帰れず。ずっと、ここで」
あ、また泣く……。困ったな。
「ええっと、明日なら京都へ行くので、一緒に行きますか?」
「か、帰れるのか!?」
完全に扇を忘れている。
「明日ですけどねえ?」
「頼む!」
「はい。ただ、随分と時が経ってしまって、驚くかも知れませんが」
「構わない。ここで、皆の様子が驚くほど変わるのを見て来たからの。それでも、京は京である事に変わりはなかろう」
「では、斉子内親王」
「よしこちゃんでもかまわぬぞ」
こいつもチャンか。
「い、今の世では、親しい友はそう呼ぶのであろう?なので、そなたらには特別に、よしこちゃんと呼ぶ事を許しても構わぬぞ?別に、呼んで欲しいとは言っておらんがな?」
うわあ、ツンデレ?平安人でもツンデレ?
「ありがとうございます。光栄です、よしこちゃん」
「フグッ!う、ふふふっ」
嬉しそうに笑う、内親王の幽霊だった。
旅館の大広間で、カルタ大会が行われている。何とこれに、よしこちゃんも出場しているのだ。
エリカとユキに見えるようになる札を渡したのだが、女子が見たがり、よしこちゃんの境遇を知ると同情し、よしこちゃんを見えるようにして、皆で妹のようにかわいがっているのだ。
大浴場まで一緒に行ったらしいし、今夜はエリカとユキの部屋で寝るのだと、初めて見る布団に興奮していた。
「いやあ、いい思い出になったんじゃないかねえ、あの世への」
「いいのかなあ。ホントにこれでいいのかなあ」
「気にしない、気にしない。皆も喜んでるし」
「まあ、な」
中には怖がっている生徒もいるかも知れないがな。
「それにしても、よしこちゃんは強いな。平安貴族なんて、動きがゆったりしてるのかと思ってた」
近くにいたクラスメイトが言う。
「まあ、子供だし、少し前までは走り回って遊んでた年齢なんじゃないか?」
「詳しい事を色々聴きたいなあ。もっといてくれないかな」
古典と歴史の教師が真剣に言った。
「帰りたがってるのに、かわいそうですよ。それに、小さいからか、あんまり詳しいあれやこれやはわかってないみたいだし」
一斉に非難するように見られ、教師は
「冗談だって、冗談」
とごまかし、見事優勝を勝ち取ったよしこちゃんに、
「おめでとう」
とお菓子を持って行く。
翌日はどのバスに乗せるのかでよしこちゃん争奪戦が始まりかけたが、万が一に備えて、3組のバスに乗せた。最初は牛車と比べ物にならないスピードに青くなっていたが、すぐに慣れて、主に女子達にお菓子を貰ってご機嫌だった。
それが、京都に入り、昔とはすっかり景観が変わった御所が近付いて来ると、そわそわとしだす。そしてとうとうそれが見えると、
「ああ」
と涙を浮かべ、頬にリスのようにお菓子を詰め込んだり、見るものを何でもあれは何だと質問責めにしていたのが嘘のように、まさに内親王としか言えない雰囲気になった。
「怜、直。そなた達にはいくら礼を言っても足りぬ。感謝する。
皆にも良くしてもらって、とても楽しかった。伊勢に向かう時は、不安で、寂しくて、泣いてばかりおったのが嘘のようだ。本当に、皆にも、礼を言う」
「友達だろ」
「そうじゃな。うん」
「家族の所に帰るんだろ。ほら」
「うん。うん!」
会った時はめそめそ泣いていたが、今は嬉し泣きをして、笑う。そして、半透明になって、キラキラと光る粒子になって、立ち上るように消えて行った。
「逝ったなあ」
しみじみとした雰囲気が、バスに満ちる。
「あれ?あれって幽霊?飛脚の幽霊?」
「もういいよ、面倒臭いのは」
僕は、見ない振りをした。
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