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鏡像(3)失われた記憶
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翌日、僕と直は、再びスケート場に来ていた。名目は、新聞部の密着取材だ。
「なんだから、カメラくらい持って来なさいよ」
「いきなり知らされて間に合うか。せめて、家を出る前に電話して来い」
「ううううー!」
唸るりみと僕に、直が、
「まあまあまあまあ」
と割って入る。
「記事が先とでも言っておこうよう」
「……ふん。しかたないわねえ」
「お前ってやつは……」
溜め息が尽きない。
「あら。不満なら、体験入会でもいいのよ。うーんとしごいてあげるわよ」
「お前、趣旨を忘れてないだろうな」
「はっ!」
僕と直は、溜め息をついた。
つまらない言い合いをしているうちに、澄川さんが来た。
「こ、こんにちは」
相変わらず、目を合わせるのは無理なようだ。
「こんにちは」
「どうも。邪魔はしないようにするからねえ」
「は、はい」
澄川さんはペコリとお辞儀をして、リンクへ向かって行った。
「頼んだわよ」
りみが小声で言って、澄川さんを追いかけて行く。
軽くストレッチをしてからリンクに入り、ランで流すのを見る。今のところ、異常は無い。
「何だろうねえ、あれ」
「乖離とか多重人格だったら、心療内科の受診を勧めないとな」
「あとは、霊的な分離かなあ?」
「それだとこっちの領分だけど、原因とか、何だろうな」
「ううーん。ストレス?」
小声でボソボソと話している先で、ステップを刻み、数種類のスピンをし、ジャンプを跳ぶ。
りみは、ジャンプが高く、着地がブレない。そしてとにかく華やかで、動きが大きい。澄川さんの方は、スピンの軸が安定していて、ステップが滑らかで軽い。
「得意不得意というか、印象が随分と違うもんなんだな」
「正反対な感じだねえ」
見ていると、成田がリンクに現れ、周りがざわめいた。
視線を集める事に慣れきっているらしく、成田は練習を開始する。まずは、ラン。そこからステップを組み合わせて、ジャンプ数種類に、スピン数種類。
堂々としていて、全てに安定感がある。これが、世界選手権で表彰台に上る選手と、そこにチャレンジしている選手との差か。
りみが、何やら話しかけて、成田と手ぶりを交えて話している。それに、意見を求められているような澄川さんが、あたふたとし、次に顔を上げて、それに答えていた。
「見たか、直」
「うん。鍵は、彼かもねえ」
二重になった澄川さんが、自信を感じさせる笑顔を浮かべていた。
汗まみれの練習着を着替えようと、冬美はロッカールームへ行った。
さっき、成田にペアに転向してくれないかと言われて、天にも昇る心地だった。コーチも、シングルよりペアが向いていると常々言っていたし、断る理由は無い。
だが、突然の事に動揺して、何をどう答えればいいのかわからずにおろおろとしていたら、スッといつもの感覚で切り替わり、自分が奥に引っ込んだ。
このもう1人の自分は、こういう時に切り替わって助けてくれる。
だが最近では、そうなった後の記憶が無い事が多いようだと、その点が冬美には気がかりだった。
ロッカーを開け、バッグのファスナーを開く。
と、見覚えのない何かが入っていた。
「口紅……オレンジ?わたしはつけない色だけど……」
しげしげと眺める。
そのうち、スマホの着信に気付いた。
「誰?」
知らない人からの着信履歴が数件残っている。そして同じ人からのメールが入っていた。いつもならそのまま消去するのだが、開けて、確認してみる。
派手な服を着た別人のような自分が、派手な男と肩を組んで一緒に写真に写っている。バックは、何か、人の多そうな飲食店だろうか。
「楽しかったね。また遊ぼう。今度は2人きりで?何?誰?どういう事?」
冬美は完全にパニックになったが、今度は、切り替わる事は無かった。
得も言われぬ不安感が、背中を這い登る。
「どうしよう」
誰も、助けてはくれなかった。
「なんだから、カメラくらい持って来なさいよ」
「いきなり知らされて間に合うか。せめて、家を出る前に電話して来い」
「ううううー!」
唸るりみと僕に、直が、
「まあまあまあまあ」
と割って入る。
「記事が先とでも言っておこうよう」
「……ふん。しかたないわねえ」
「お前ってやつは……」
溜め息が尽きない。
「あら。不満なら、体験入会でもいいのよ。うーんとしごいてあげるわよ」
「お前、趣旨を忘れてないだろうな」
「はっ!」
僕と直は、溜め息をついた。
つまらない言い合いをしているうちに、澄川さんが来た。
「こ、こんにちは」
相変わらず、目を合わせるのは無理なようだ。
「こんにちは」
「どうも。邪魔はしないようにするからねえ」
「は、はい」
澄川さんはペコリとお辞儀をして、リンクへ向かって行った。
「頼んだわよ」
りみが小声で言って、澄川さんを追いかけて行く。
軽くストレッチをしてからリンクに入り、ランで流すのを見る。今のところ、異常は無い。
「何だろうねえ、あれ」
「乖離とか多重人格だったら、心療内科の受診を勧めないとな」
「あとは、霊的な分離かなあ?」
「それだとこっちの領分だけど、原因とか、何だろうな」
「ううーん。ストレス?」
小声でボソボソと話している先で、ステップを刻み、数種類のスピンをし、ジャンプを跳ぶ。
りみは、ジャンプが高く、着地がブレない。そしてとにかく華やかで、動きが大きい。澄川さんの方は、スピンの軸が安定していて、ステップが滑らかで軽い。
「得意不得意というか、印象が随分と違うもんなんだな」
「正反対な感じだねえ」
見ていると、成田がリンクに現れ、周りがざわめいた。
視線を集める事に慣れきっているらしく、成田は練習を開始する。まずは、ラン。そこからステップを組み合わせて、ジャンプ数種類に、スピン数種類。
堂々としていて、全てに安定感がある。これが、世界選手権で表彰台に上る選手と、そこにチャレンジしている選手との差か。
りみが、何やら話しかけて、成田と手ぶりを交えて話している。それに、意見を求められているような澄川さんが、あたふたとし、次に顔を上げて、それに答えていた。
「見たか、直」
「うん。鍵は、彼かもねえ」
二重になった澄川さんが、自信を感じさせる笑顔を浮かべていた。
汗まみれの練習着を着替えようと、冬美はロッカールームへ行った。
さっき、成田にペアに転向してくれないかと言われて、天にも昇る心地だった。コーチも、シングルよりペアが向いていると常々言っていたし、断る理由は無い。
だが、突然の事に動揺して、何をどう答えればいいのかわからずにおろおろとしていたら、スッといつもの感覚で切り替わり、自分が奥に引っ込んだ。
このもう1人の自分は、こういう時に切り替わって助けてくれる。
だが最近では、そうなった後の記憶が無い事が多いようだと、その点が冬美には気がかりだった。
ロッカーを開け、バッグのファスナーを開く。
と、見覚えのない何かが入っていた。
「口紅……オレンジ?わたしはつけない色だけど……」
しげしげと眺める。
そのうち、スマホの着信に気付いた。
「誰?」
知らない人からの着信履歴が数件残っている。そして同じ人からのメールが入っていた。いつもならそのまま消去するのだが、開けて、確認してみる。
派手な服を着た別人のような自分が、派手な男と肩を組んで一緒に写真に写っている。バックは、何か、人の多そうな飲食店だろうか。
「楽しかったね。また遊ぼう。今度は2人きりで?何?誰?どういう事?」
冬美は完全にパニックになったが、今度は、切り替わる事は無かった。
得も言われぬ不安感が、背中を這い登る。
「どうしよう」
誰も、助けてはくれなかった。
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