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夢と現(2)入れ替わり
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気が付くと、ひんやりとしたコンクリートの上に腹ばいになっていた。
あれ?何でこんな所に……いつの間に?
怪訝に思って立ち上がると、嫌に視線が低い。それに、足と腹がズキズキした。
どうかしたんだろうかと目を下にやり、渉は心底驚いた。目に映ったのは、毛の生えた犬の足だったのだから。
「何で!?」
そう思わず言ったが、耳に入って来たのは、
「ウワン、ワウウウ」
という鳴き声だった。
何が起こったんだ、一体!?
混乱する頭で考えたのは、ああ、これは夢なんだな、という事だった。明晰夢というやつだ。
「脅かしやがって」
実際には、「クウウン、ワウ、ワウウ」だったが、そう呟いて、喉が渇いたので水でも飲もうかと水入れを見たが、水滴ひとつ無く、空だった。
ついでに見たエサ皿も、空だ。空腹なんだが、仕方がない。どうせ夢だしな。
渉は諦めて、またその場で丸くなった。
新しい教室に入ると、顔見知りのクラスメイトが挨拶を寄こすので、それに応えて、席に着く。
いつもなら話題は色々だったが、今日は、女子がひとかたまりになって、何やら興奮したように話していた。
「気持ち悪い!何、それェ!」
「変態じゃないのォ?」
穏やかじゃないな。電車でチカンでも出たのかな?
「あ、おはよう、怜君、直君。聞いた?中学生くらいの男の子が、はあはあしながら道を歩いて、人の臭いをクンクン嗅いで回ってたんだって。変態っぽいと思わない?気持ち悪い」
エリカが、嫌そうに顔をしかめて言う。
立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々心から願っている。
「茶谷さんの近所の子で、朝から、スカートの中に顔を突っ込まれそうになったって」
ユキがそう言う。
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
「それはまた、思い切ったチカンだな」
「通報されてないのかな?」
「白金 渉っていう中学生らしいんだけど、親がうるさくて、そんな事したら、何をどう怒鳴り込んで来られるかわからない感じの人なんだって」
「それにしても……ひどいだろ。
それより、ノイローゼとか何か精神異常だったりしないのか、それ」
「さあ。ただ、黒い犬が止めるようにその子に足をかけてたっていうのが、忠犬っぽいわよね」
僕と直は、顔を見合わせた。
「白金 渉だって?」
「それに黒い犬?」
昨日の子とクロの事だろうか。
僕達は放課後を待って、様子を見に行く事にした。
白金家の前に行くと、もうすぐに、おかしい事に気付かされる。門扉を閉めた小さな庭の内で、昨日のクロと少年がコンクリートに直に座り込んで舌を出してはあはあとしていた――両方が。
「……渉君、だよな」
少年とクロが、揃ってこちらを見た。
門扉に飛びついて来たのはクロで、少年は門の近くに寄って来てしゃがみ込み、こっちを見上げた。
「ワン!ワンワンワン!ワオウン!」
何を言いたいかはわからない。主人の異常を訴えているんだろうか。
「どうしたんだ?昨日、病院行った?」
試しにちょっと話しかけてみると、クロが激しく吠え、少年は首を傾げてこちらを見上げている。
「ええっと、どこか調子悪いのかなあ?」
少年はなおもこちらを見てはあはあとするばかりで、クロは落ち着きなくグルグルと回り、
「キュウウ、クウン、ワウウウ」
と鳴いている。
どうするべきか、わからない。でも、おかしいのは確実だ。
「何があったんだろう」
「昨日は普通に、話もできたのにねえ」
親はどう考えているんだろう。
途方にくれていると、少年は立ち上がり、やおら、クロを蹴り上げた。
「ギャンッ」
「うわあ、待って!」
それでも少年はやめず、楽しい遊びを発見したみたいにニタニタと笑いながら、蹴り上げる。それをクロは、甲高い悲鳴を上げながら逃げる。
「やめろって。おい!白金君!こっちに来い、クロ!」
スイとこっちを見て、少年がこっちに来る。
「……え?ええっと、動物に暴力を振るったらだめだろ」
「んん?」
「白金君!」
「ワン!」
「……あれ?」
まさか。でも。いくらなんでも。でもそうとしか。
色んな思いが頭をよぎる。
「なあ、直。バカバカしいのはわかるんだけど」
「ああ、ボクも今思ったんだよねえ。あれでしょ」
「あれだ」
「入れ替わり」
「ワン!!」
本当に、誰に何をどう相談するべきかわからなかった。
あれ?何でこんな所に……いつの間に?
怪訝に思って立ち上がると、嫌に視線が低い。それに、足と腹がズキズキした。
どうかしたんだろうかと目を下にやり、渉は心底驚いた。目に映ったのは、毛の生えた犬の足だったのだから。
「何で!?」
そう思わず言ったが、耳に入って来たのは、
「ウワン、ワウウウ」
という鳴き声だった。
何が起こったんだ、一体!?
混乱する頭で考えたのは、ああ、これは夢なんだな、という事だった。明晰夢というやつだ。
「脅かしやがって」
実際には、「クウウン、ワウ、ワウウ」だったが、そう呟いて、喉が渇いたので水でも飲もうかと水入れを見たが、水滴ひとつ無く、空だった。
ついでに見たエサ皿も、空だ。空腹なんだが、仕方がない。どうせ夢だしな。
渉は諦めて、またその場で丸くなった。
新しい教室に入ると、顔見知りのクラスメイトが挨拶を寄こすので、それに応えて、席に着く。
いつもなら話題は色々だったが、今日は、女子がひとかたまりになって、何やら興奮したように話していた。
「気持ち悪い!何、それェ!」
「変態じゃないのォ?」
穏やかじゃないな。電車でチカンでも出たのかな?
「あ、おはよう、怜君、直君。聞いた?中学生くらいの男の子が、はあはあしながら道を歩いて、人の臭いをクンクン嗅いで回ってたんだって。変態っぽいと思わない?気持ち悪い」
エリカが、嫌そうに顔をしかめて言う。
立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々心から願っている。
「茶谷さんの近所の子で、朝から、スカートの中に顔を突っ込まれそうになったって」
ユキがそう言う。
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
「それはまた、思い切ったチカンだな」
「通報されてないのかな?」
「白金 渉っていう中学生らしいんだけど、親がうるさくて、そんな事したら、何をどう怒鳴り込んで来られるかわからない感じの人なんだって」
「それにしても……ひどいだろ。
それより、ノイローゼとか何か精神異常だったりしないのか、それ」
「さあ。ただ、黒い犬が止めるようにその子に足をかけてたっていうのが、忠犬っぽいわよね」
僕と直は、顔を見合わせた。
「白金 渉だって?」
「それに黒い犬?」
昨日の子とクロの事だろうか。
僕達は放課後を待って、様子を見に行く事にした。
白金家の前に行くと、もうすぐに、おかしい事に気付かされる。門扉を閉めた小さな庭の内で、昨日のクロと少年がコンクリートに直に座り込んで舌を出してはあはあとしていた――両方が。
「……渉君、だよな」
少年とクロが、揃ってこちらを見た。
門扉に飛びついて来たのはクロで、少年は門の近くに寄って来てしゃがみ込み、こっちを見上げた。
「ワン!ワンワンワン!ワオウン!」
何を言いたいかはわからない。主人の異常を訴えているんだろうか。
「どうしたんだ?昨日、病院行った?」
試しにちょっと話しかけてみると、クロが激しく吠え、少年は首を傾げてこちらを見上げている。
「ええっと、どこか調子悪いのかなあ?」
少年はなおもこちらを見てはあはあとするばかりで、クロは落ち着きなくグルグルと回り、
「キュウウ、クウン、ワウウウ」
と鳴いている。
どうするべきか、わからない。でも、おかしいのは確実だ。
「何があったんだろう」
「昨日は普通に、話もできたのにねえ」
親はどう考えているんだろう。
途方にくれていると、少年は立ち上がり、やおら、クロを蹴り上げた。
「ギャンッ」
「うわあ、待って!」
それでも少年はやめず、楽しい遊びを発見したみたいにニタニタと笑いながら、蹴り上げる。それをクロは、甲高い悲鳴を上げながら逃げる。
「やめろって。おい!白金君!こっちに来い、クロ!」
スイとこっちを見て、少年がこっちに来る。
「……え?ええっと、動物に暴力を振るったらだめだろ」
「んん?」
「白金君!」
「ワン!」
「……あれ?」
まさか。でも。いくらなんでも。でもそうとしか。
色んな思いが頭をよぎる。
「なあ、直。バカバカしいのはわかるんだけど」
「ああ、ボクも今思ったんだよねえ。あれでしょ」
「あれだ」
「入れ替わり」
「ワン!!」
本当に、誰に何をどう相談するべきかわからなかった。
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