98 / 1,046
夢と現(2)入れ替わり
しおりを挟む
気が付くと、ひんやりとしたコンクリートの上に腹ばいになっていた。
あれ?何でこんな所に……いつの間に?
怪訝に思って立ち上がると、嫌に視線が低い。それに、足と腹がズキズキした。
どうかしたんだろうかと目を下にやり、渉は心底驚いた。目に映ったのは、毛の生えた犬の足だったのだから。
「何で!?」
そう思わず言ったが、耳に入って来たのは、
「ウワン、ワウウウ」
という鳴き声だった。
何が起こったんだ、一体!?
混乱する頭で考えたのは、ああ、これは夢なんだな、という事だった。明晰夢というやつだ。
「脅かしやがって」
実際には、「クウウン、ワウ、ワウウ」だったが、そう呟いて、喉が渇いたので水でも飲もうかと水入れを見たが、水滴ひとつ無く、空だった。
ついでに見たエサ皿も、空だ。空腹なんだが、仕方がない。どうせ夢だしな。
渉は諦めて、またその場で丸くなった。
新しい教室に入ると、顔見知りのクラスメイトが挨拶を寄こすので、それに応えて、席に着く。
いつもなら話題は色々だったが、今日は、女子がひとかたまりになって、何やら興奮したように話していた。
「気持ち悪い!何、それェ!」
「変態じゃないのォ?」
穏やかじゃないな。電車でチカンでも出たのかな?
「あ、おはよう、怜君、直君。聞いた?中学生くらいの男の子が、はあはあしながら道を歩いて、人の臭いをクンクン嗅いで回ってたんだって。変態っぽいと思わない?気持ち悪い」
エリカが、嫌そうに顔をしかめて言う。
立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々心から願っている。
「茶谷さんの近所の子で、朝から、スカートの中に顔を突っ込まれそうになったって」
ユキがそう言う。
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
「それはまた、思い切ったチカンだな」
「通報されてないのかな?」
「白金 渉っていう中学生らしいんだけど、親がうるさくて、そんな事したら、何をどう怒鳴り込んで来られるかわからない感じの人なんだって」
「それにしても……ひどいだろ。
それより、ノイローゼとか何か精神異常だったりしないのか、それ」
「さあ。ただ、黒い犬が止めるようにその子に足をかけてたっていうのが、忠犬っぽいわよね」
僕と直は、顔を見合わせた。
「白金 渉だって?」
「それに黒い犬?」
昨日の子とクロの事だろうか。
僕達は放課後を待って、様子を見に行く事にした。
白金家の前に行くと、もうすぐに、おかしい事に気付かされる。門扉を閉めた小さな庭の内で、昨日のクロと少年がコンクリートに直に座り込んで舌を出してはあはあとしていた――両方が。
「……渉君、だよな」
少年とクロが、揃ってこちらを見た。
門扉に飛びついて来たのはクロで、少年は門の近くに寄って来てしゃがみ込み、こっちを見上げた。
「ワン!ワンワンワン!ワオウン!」
何を言いたいかはわからない。主人の異常を訴えているんだろうか。
「どうしたんだ?昨日、病院行った?」
試しにちょっと話しかけてみると、クロが激しく吠え、少年は首を傾げてこちらを見上げている。
「ええっと、どこか調子悪いのかなあ?」
少年はなおもこちらを見てはあはあとするばかりで、クロは落ち着きなくグルグルと回り、
「キュウウ、クウン、ワウウウ」
と鳴いている。
どうするべきか、わからない。でも、おかしいのは確実だ。
「何があったんだろう」
「昨日は普通に、話もできたのにねえ」
親はどう考えているんだろう。
途方にくれていると、少年は立ち上がり、やおら、クロを蹴り上げた。
「ギャンッ」
「うわあ、待って!」
それでも少年はやめず、楽しい遊びを発見したみたいにニタニタと笑いながら、蹴り上げる。それをクロは、甲高い悲鳴を上げながら逃げる。
「やめろって。おい!白金君!こっちに来い、クロ!」
スイとこっちを見て、少年がこっちに来る。
「……え?ええっと、動物に暴力を振るったらだめだろ」
「んん?」
「白金君!」
「ワン!」
「……あれ?」
まさか。でも。いくらなんでも。でもそうとしか。
色んな思いが頭をよぎる。
「なあ、直。バカバカしいのはわかるんだけど」
「ああ、ボクも今思ったんだよねえ。あれでしょ」
「あれだ」
「入れ替わり」
「ワン!!」
本当に、誰に何をどう相談するべきかわからなかった。
あれ?何でこんな所に……いつの間に?
怪訝に思って立ち上がると、嫌に視線が低い。それに、足と腹がズキズキした。
どうかしたんだろうかと目を下にやり、渉は心底驚いた。目に映ったのは、毛の生えた犬の足だったのだから。
「何で!?」
そう思わず言ったが、耳に入って来たのは、
「ウワン、ワウウウ」
という鳴き声だった。
何が起こったんだ、一体!?
混乱する頭で考えたのは、ああ、これは夢なんだな、という事だった。明晰夢というやつだ。
「脅かしやがって」
実際には、「クウウン、ワウ、ワウウ」だったが、そう呟いて、喉が渇いたので水でも飲もうかと水入れを見たが、水滴ひとつ無く、空だった。
ついでに見たエサ皿も、空だ。空腹なんだが、仕方がない。どうせ夢だしな。
渉は諦めて、またその場で丸くなった。
新しい教室に入ると、顔見知りのクラスメイトが挨拶を寄こすので、それに応えて、席に着く。
いつもなら話題は色々だったが、今日は、女子がひとかたまりになって、何やら興奮したように話していた。
「気持ち悪い!何、それェ!」
「変態じゃないのォ?」
穏やかじゃないな。電車でチカンでも出たのかな?
「あ、おはよう、怜君、直君。聞いた?中学生くらいの男の子が、はあはあしながら道を歩いて、人の臭いをクンクン嗅いで回ってたんだって。変態っぽいと思わない?気持ち悪い」
エリカが、嫌そうに顔をしかめて言う。
立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々心から願っている。
「茶谷さんの近所の子で、朝から、スカートの中に顔を突っ込まれそうになったって」
ユキがそう言う。
天野優希。お菓子作りが趣味の大人しい女子だ。
「それはまた、思い切ったチカンだな」
「通報されてないのかな?」
「白金 渉っていう中学生らしいんだけど、親がうるさくて、そんな事したら、何をどう怒鳴り込んで来られるかわからない感じの人なんだって」
「それにしても……ひどいだろ。
それより、ノイローゼとか何か精神異常だったりしないのか、それ」
「さあ。ただ、黒い犬が止めるようにその子に足をかけてたっていうのが、忠犬っぽいわよね」
僕と直は、顔を見合わせた。
「白金 渉だって?」
「それに黒い犬?」
昨日の子とクロの事だろうか。
僕達は放課後を待って、様子を見に行く事にした。
白金家の前に行くと、もうすぐに、おかしい事に気付かされる。門扉を閉めた小さな庭の内で、昨日のクロと少年がコンクリートに直に座り込んで舌を出してはあはあとしていた――両方が。
「……渉君、だよな」
少年とクロが、揃ってこちらを見た。
門扉に飛びついて来たのはクロで、少年は門の近くに寄って来てしゃがみ込み、こっちを見上げた。
「ワン!ワンワンワン!ワオウン!」
何を言いたいかはわからない。主人の異常を訴えているんだろうか。
「どうしたんだ?昨日、病院行った?」
試しにちょっと話しかけてみると、クロが激しく吠え、少年は首を傾げてこちらを見上げている。
「ええっと、どこか調子悪いのかなあ?」
少年はなおもこちらを見てはあはあとするばかりで、クロは落ち着きなくグルグルと回り、
「キュウウ、クウン、ワウウウ」
と鳴いている。
どうするべきか、わからない。でも、おかしいのは確実だ。
「何があったんだろう」
「昨日は普通に、話もできたのにねえ」
親はどう考えているんだろう。
途方にくれていると、少年は立ち上がり、やおら、クロを蹴り上げた。
「ギャンッ」
「うわあ、待って!」
それでも少年はやめず、楽しい遊びを発見したみたいにニタニタと笑いながら、蹴り上げる。それをクロは、甲高い悲鳴を上げながら逃げる。
「やめろって。おい!白金君!こっちに来い、クロ!」
スイとこっちを見て、少年がこっちに来る。
「……え?ええっと、動物に暴力を振るったらだめだろ」
「んん?」
「白金君!」
「ワン!」
「……あれ?」
まさか。でも。いくらなんでも。でもそうとしか。
色んな思いが頭をよぎる。
「なあ、直。バカバカしいのはわかるんだけど」
「ああ、ボクも今思ったんだよねえ。あれでしょ」
「あれだ」
「入れ替わり」
「ワン!!」
本当に、誰に何をどう相談するべきかわからなかった。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
【R18】やがて犯される病
開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。
女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。
女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。
※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。
内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。
また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。
更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる