体質が変わったので

JUN

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ねがう(4)悲しき願い

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 パスを辿って行く。また、ここか。
 一面の白。そこに、結女の神がいた。あの石造と同じ姿をしていた。
 その隣には、夕方会った、残党の男がいる。
「また会いましたね」
 男は笑い、僕の横に視線を向けた。
「そっちの彼は、呼んでないんだけど」
「そういうなよ」
「御崎君、一緒に行こう」
 フラーッとくるのが、ピタリと止まる。
「凄いな、これ」
「何だ?
 御崎君、こっちにおいで」
「お断りします」
 男は優し気な顔を一変させ、結女の神に命じた。
「ならば、脅威になるだけだ。結女の神、始末しろ」
 そう言い放って、消える。
 結女の神は気弱そうな様子で立っていたが、小さい声で、ボソボソと言った。
「夢でしか会えない人を会わせてあげたいの。だから、消えるわけにはいかなかったの」
「そこをあいつらにつけこまれたか」
「だって、信仰も無くなっていって、もう、維持できなくなっていた。電話もパソコンもどんどん普及して、会えなくても、言葉を交わせる世の中だもの。私は用済みなのよ。
 でも、消えたくない。私は消えない。もう一度信仰を取り戻したい」
「それが、あなたの願いですか」
「そう」
「願いをたくさん叶えましたね。人を幸せにするものから、不幸にするものまで」
「仕方ないでしょう。だって、消えるんだもの」
「あんた、神様失格だ」
 結女の神の表情がひび割れた。
「させない、させない、させない、させないいい!」
 周囲を泡のようなもので包まれる。と、それがふわりと浮くと、全体像が見えた。ブドウの房のような、筋子のような、そんな風にたくさんの泡がつながっていた。
「あれがそれぞれの夢かよ」
「正しく戻らないと迷うだけ。でも、この中で正しく戻って来られるわけがない。さよなら」
 結女の神が言うと、泡は手近な泡にくっついて、入り込む。後ろからもうひとつの泡が追って来た。
 後から追って来た方には、黒い靄のようなものがつまっている。
「多分、あれに捕まったらまずいんじゃないかな」
「じゃあ、逃げるか」
 僕と蜂谷は逃げ出した。
 右、左、左、下――。
「迷路か、ここ」
「思い出した。結女の神は、迷路迷宮を作れるんだ。通った道筋で戻らないと、迷宮から出られないぞ。あれはいわば鬼ごっこの鬼だ。捕まったら死ぬ」
 衝撃の事実だ。
「ヘンデルとゲレーテルみたいに何かまくものは」
「ないな。糸もないな」
 どうするんだよ!?

 他人の夢を渡る。海、学校、家、山。ひとつとして同じものは無い。
 だが、この姿を見られたら、相手は「知らない人が走って行く夢」を見る事になるのだろう。
 靄のスピードはそこそこだった。
「おい、怜怜。もうへばり気味か」
「……マラソン、は……嫌い……」
 くそっ、なんで蜂谷はこんなに元気なんだ。
「俺はずっとサッカーで鍛えてたし、ジムにも通ってたからね」
「意識、高い系、か……」
「……いいから、しゃべんなよ、な。で、今度は体を鍛えろよ。な」
 かわいそう子を見るような目で見るなよ。
 その内、とうとう抱えて走り出された。
「おっさんに、負けた……」
「お兄さんと同じくらいだぞ」
「兄ちゃんは、若い」
 益々、かわいそうな子を見る目になった。くそっ。
 距離を稼ぎ、身を潜める。
 靄が追い抜いたところで、飛び出して、反転して走り出す。
「怜怜、次どっち!?」
「上」
「次」
「右、右、下」
 靄が、僕達に気付いて追って来た。

 最初の白一色の所に出ると、結女の神は呆然としていた。
「戻れるわけが……」
「学生の記憶力をなめないでもらいたいですね」
 僕は、右手に刀を呼び出す。
 神とは理不尽なものでもある。でも、それに抗うのも人だ。
「私は、願っただけなのに。
 神は理不尽なものでしょう」
「だから時として人は、神の形を変え、神を調伏してきました。
 神は、神だから奉られるんじゃない。奉られるから神になるんです」
「自分達は願うばかりで」
「だから、願い、努力した人だけがその願いを叶えられるんです」
「私……」
「見守るだけで良かったんです」
 黒い靄が襲ってくるのに、雷を浴びせ掛けて霧散させた。できると、何となくわかったので。
 そして、結女の神を一気に斬り、取り込んだ。
 白い空間がひび割れる。

 寝すぎだ。もうしばらく寝たくない。
「怜」
「おはよう。良く寝すぎた」
 直が、ホッとしたように笑う。
 体を起こすと、隣で蜂谷も起き上がって、伸びをしていた。
「結女の神は、斬って来た」
 直はスマホでどこかに連絡を入れる。
「今から、残党を逮捕するって」
「そうか。もうこんな騒ぎはたくさんだからな」
 溜め息が出る。

 いつの間にか人気の社は消えていて、代わりのように囁かれる噂がある。
「ネットの神様がいるんだって。ウイルスを撃退してくれたり、オレオレ詐欺をそうだと悟らせる」
「へえ」
「怜だよねえ」
「何の話だ」
「どこ向いてるのかな」
「ネットの神か。今風だな。まあ、日本は八百万の神々の国だ。時代に合わせた神がいても不思議じゃないしな」
 直は仕方ないという風に苦笑して、スマホの待ち受け画面にチョロチョロするアニメチックな女神を見た。
「まあ、いいかあ」
 ほっ。
 バレンタインのチョコをつまむ。
 毎年、兄と直と自分用に作るのだが、今年はミニタルト4種だ。柚子チョコを流し込んで柚子ピールを乗せたもの、ガナッシュチョコを流し込んでアーモンドを乗せたもの、ホワイトチョコを流し込んでイチゴを乗せたもの、ビターチョコを流し込んでピスタチオを乗せたもの。
 徳川さんと蜂谷がそれを聞いて欲しがったので、2人にも渡した。まあ、世話になったしな。
 結女の神改めネットの神は、主に、協会のパソコンの警備をしている。一度殺して作り替えたので、もう迷宮結界は作れないだろうが。
「そう言えば、相談したいって人が明日部室に来るって」
「相談?」
「ホワイトデーまで続くって、言っただろ」
「ああ……面倒臭いなあ」
 心の底から、溜め息が漏れた。






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