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さく(2)バチカンのエクソシスト
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十字架を突き付けて、
「悪魔よ!姿を現せ!名を告げよ!」
とエドモンドは続けていた。
が、絵はウンともスンとも言わない。
一休さんが虎の屏風を前にして、虎を追い出せと言っている姿を思い出す。
「聖水をかけるわけにもいきませんし……」
エドモンドは困りきっていた。
「額の上からならいいかも。
君、壁から離して持っていてくれるかな」
僕か。面倒臭いな。
そう思いつつも、仕方なく言われた通り、額ごと持つ。
直は面白そうに見ていた。
「はい、これでいいですか」
「フォルテ!!」
興奮しているのか、イタリア語だ。
まあ、注文通り、強くしっかりと持つ。
「悪魔め!」
エドモンドは顔を真っ赤にして、グイグイと十字架を押し付け、聖水をかける。
が、変化はない。やれやれ。
見たところ、この絵に念は憑いているわけでもなさそうだ。むしろ、これをやるのは、田所さんだろうに。これは意味があってこうしているのか?
「エド――」
「黙って見ていたまえ!」
ちらりとロイを見たが、真剣な顔を崩さず、見守っている。
これがバチカンの流儀なんだろうな。
「ふう。休憩しよう」
エドモンドが言って、ロイが手を伸ばして来たので、絵を渡した。
「なあ、直」
「バチカンの流儀なら、黙って見ておこうよ、怜。まだ今は、向こうのターンだしねえ」
「まあ、そうだな。まだ余裕もあるし、エドモンドの試験らしいしな」
「だねえ」
エドモンドが正式にエクソシストとなれるかどうか、ロイが監督、採点しているらしい。だから、まずいと思ったら、その前にロイが何とかする気だろう。こっちが手を出したら、試験にならないだろうからな。
にしては、エドモンドは上から目線だが。
絵を改めて見る。
花は昨日より少し開花していた。六分咲きというところか。モデルの女性は、作者の知り合いだろうか。親しさを感じさせる微笑みを浮かべている。
「日本の霊能師のやり方は、昔の原始的なものしか知らなくてね。こちらも興味深いよ」
ロイが話しかけてきた。
「霊能師を取り巻く環境も、大変興味深い」
「そうですか」
「君は、長いの?霊能師協会ができるどのくらい前からこの活動を?」
「去年の春に、突然ですよ。だから、一年弱ですね、見えるようになってから」
ロイは驚いたように、目を見張った。
「そうなのか」
そして、何やら考え始めた。
僕は直と椅子のある所に戻り、座った。
「満開までどのくらいだと思う」
「3、4日ってとこじゃないのかなあ」
「来歴とか作者のついてとかを知りたいな。ちょっと、課長に電話してくる」
「あ、僕が行ってくるよ」
直は僕を押さえて立ち上がり、小声で、
「色々と報告する事もあるしねえ」
と付け足した。
夜、僕達4人は、絵の前にいた。
開花が夜中らしいので、それに合わせての事だ。
「田所さん、詳しく、来歴の経緯を教えていただけますか」
軽食のサンドウィッチをつまむ田所さんに頼む。
あまり言いたく無さそうにしていたが、仕方なく、口を開いた。
「バブル景気の頃、ある個人投資家が失敗してね。私が、この絵と土地を買い取ってやったのだよ。1憶で。
まあ、その当時はこの作者も無名に近かったんだが、その後で賞を取って、そこそこの知名度になったんだ。おまけにこの前亡くなって、絵の価格がまた上がったんだよ」
田所さんは、笑みを深くした。
「いい絵だろう」
田所さんにとってのいい絵と、僕のいい絵は、違うようだ。
「土地の売買で、詐欺に遭ったそうですよね、元の所有者の方は」
直が言うと、田所さんはギョッとしたように表情を硬くする。
「地面師。他人の土地を自分の物のように偽って土地売買をするサギです。終戦後の焼け野原で流行った手口ですが、このところも、あるそうですね。印鑑証明まで偽造するほど、巧妙だそうで」
そう続けると、こちらを睨みつけてきた。
「し、知らん」
「その後、元の持ち主の家族は夜逃げして、所有していた家のあった所は、都市計画で大きく値上がりしていますね」
「わしに関係ない事だ!」
怒り散らして、話をやめた。
当てずっぽうだが、田所さんが嵌めたのか?
じゃあ、田所さんに恨みを持つのは元の持ち主だな。
そう考えていると、エドモンドがこちらに向かって言う。
「今はそんな事関係ないだろう」
え、本気か?と、僕と直はエドモンドを見た。
「そういうのは卑怯ではありませんか」
本気らしい。味方のフリをしてもっと喋らせるとか、そういうのではないらしい。
ロイを見ると、目で謝って来た。
「来歴とか、背景とか、気になりませんか」
「プライバシー侵害だ」
ええええーっ!
「悪魔を祓えば済むだろう」
「悪魔、悪魔というが、これが悪魔のせいだと?」
「他に何がある」
「それを調べるためにも、こうして聞き取り――」
「黙れ!」
僕と直は顔を見合わせて、ひたすら困惑した。
これがバチカンのやり方なのか?一応控えであるわけだから、もしもの時は、こっちが引き継ぐ事になる。その時は間違いなく切羽詰まっているのに、調査不足では困るのだが……。
悪魔って、よく知らないけどサタンとかああいう聖書に出て来るあれか?
何か、そういうの、見た事ないけどなあ……。
これ以上口を出したら、何を言われるかわからない。
だから嫌だったんだ、こんな面倒臭い依頼は。
内心の溜め息を押し殺した時、それが始まった。
急激に濃密になる気配、足元から忍び寄る冷気、深い恨みのこもった臭い。
「あっ」
絵の中の梅の花が、ほころぶ。ひとつ、ふたつ、みっつ――。
「ヒイイッ!」
田所さんが腰を抜かし、エドモンドが十字架を握りしめる。
「悪魔め!!」
だがそれは、梅を七分咲き程度にすると、すうっと消えて行った。
「逃げたか」
「いや、今日のノルマをこなして帰っただけだろ」
うっかり言ってしまったが、エドモンドと震える田所さんには聞こえなかったようだ。危ない、危ない。
「じゃあ、取り敢えずは今夜はもう動きは無いですよねえ。帰ろうかあ、怜」
直がのんびりと言って、僕達は、そこを後にした。
「悪魔よ!姿を現せ!名を告げよ!」
とエドモンドは続けていた。
が、絵はウンともスンとも言わない。
一休さんが虎の屏風を前にして、虎を追い出せと言っている姿を思い出す。
「聖水をかけるわけにもいきませんし……」
エドモンドは困りきっていた。
「額の上からならいいかも。
君、壁から離して持っていてくれるかな」
僕か。面倒臭いな。
そう思いつつも、仕方なく言われた通り、額ごと持つ。
直は面白そうに見ていた。
「はい、これでいいですか」
「フォルテ!!」
興奮しているのか、イタリア語だ。
まあ、注文通り、強くしっかりと持つ。
「悪魔め!」
エドモンドは顔を真っ赤にして、グイグイと十字架を押し付け、聖水をかける。
が、変化はない。やれやれ。
見たところ、この絵に念は憑いているわけでもなさそうだ。むしろ、これをやるのは、田所さんだろうに。これは意味があってこうしているのか?
「エド――」
「黙って見ていたまえ!」
ちらりとロイを見たが、真剣な顔を崩さず、見守っている。
これがバチカンの流儀なんだろうな。
「ふう。休憩しよう」
エドモンドが言って、ロイが手を伸ばして来たので、絵を渡した。
「なあ、直」
「バチカンの流儀なら、黙って見ておこうよ、怜。まだ今は、向こうのターンだしねえ」
「まあ、そうだな。まだ余裕もあるし、エドモンドの試験らしいしな」
「だねえ」
エドモンドが正式にエクソシストとなれるかどうか、ロイが監督、採点しているらしい。だから、まずいと思ったら、その前にロイが何とかする気だろう。こっちが手を出したら、試験にならないだろうからな。
にしては、エドモンドは上から目線だが。
絵を改めて見る。
花は昨日より少し開花していた。六分咲きというところか。モデルの女性は、作者の知り合いだろうか。親しさを感じさせる微笑みを浮かべている。
「日本の霊能師のやり方は、昔の原始的なものしか知らなくてね。こちらも興味深いよ」
ロイが話しかけてきた。
「霊能師を取り巻く環境も、大変興味深い」
「そうですか」
「君は、長いの?霊能師協会ができるどのくらい前からこの活動を?」
「去年の春に、突然ですよ。だから、一年弱ですね、見えるようになってから」
ロイは驚いたように、目を見張った。
「そうなのか」
そして、何やら考え始めた。
僕は直と椅子のある所に戻り、座った。
「満開までどのくらいだと思う」
「3、4日ってとこじゃないのかなあ」
「来歴とか作者のついてとかを知りたいな。ちょっと、課長に電話してくる」
「あ、僕が行ってくるよ」
直は僕を押さえて立ち上がり、小声で、
「色々と報告する事もあるしねえ」
と付け足した。
夜、僕達4人は、絵の前にいた。
開花が夜中らしいので、それに合わせての事だ。
「田所さん、詳しく、来歴の経緯を教えていただけますか」
軽食のサンドウィッチをつまむ田所さんに頼む。
あまり言いたく無さそうにしていたが、仕方なく、口を開いた。
「バブル景気の頃、ある個人投資家が失敗してね。私が、この絵と土地を買い取ってやったのだよ。1憶で。
まあ、その当時はこの作者も無名に近かったんだが、その後で賞を取って、そこそこの知名度になったんだ。おまけにこの前亡くなって、絵の価格がまた上がったんだよ」
田所さんは、笑みを深くした。
「いい絵だろう」
田所さんにとってのいい絵と、僕のいい絵は、違うようだ。
「土地の売買で、詐欺に遭ったそうですよね、元の所有者の方は」
直が言うと、田所さんはギョッとしたように表情を硬くする。
「地面師。他人の土地を自分の物のように偽って土地売買をするサギです。終戦後の焼け野原で流行った手口ですが、このところも、あるそうですね。印鑑証明まで偽造するほど、巧妙だそうで」
そう続けると、こちらを睨みつけてきた。
「し、知らん」
「その後、元の持ち主の家族は夜逃げして、所有していた家のあった所は、都市計画で大きく値上がりしていますね」
「わしに関係ない事だ!」
怒り散らして、話をやめた。
当てずっぽうだが、田所さんが嵌めたのか?
じゃあ、田所さんに恨みを持つのは元の持ち主だな。
そう考えていると、エドモンドがこちらに向かって言う。
「今はそんな事関係ないだろう」
え、本気か?と、僕と直はエドモンドを見た。
「そういうのは卑怯ではありませんか」
本気らしい。味方のフリをしてもっと喋らせるとか、そういうのではないらしい。
ロイを見ると、目で謝って来た。
「来歴とか、背景とか、気になりませんか」
「プライバシー侵害だ」
ええええーっ!
「悪魔を祓えば済むだろう」
「悪魔、悪魔というが、これが悪魔のせいだと?」
「他に何がある」
「それを調べるためにも、こうして聞き取り――」
「黙れ!」
僕と直は顔を見合わせて、ひたすら困惑した。
これがバチカンのやり方なのか?一応控えであるわけだから、もしもの時は、こっちが引き継ぐ事になる。その時は間違いなく切羽詰まっているのに、調査不足では困るのだが……。
悪魔って、よく知らないけどサタンとかああいう聖書に出て来るあれか?
何か、そういうの、見た事ないけどなあ……。
これ以上口を出したら、何を言われるかわからない。
だから嫌だったんだ、こんな面倒臭い依頼は。
内心の溜め息を押し殺した時、それが始まった。
急激に濃密になる気配、足元から忍び寄る冷気、深い恨みのこもった臭い。
「あっ」
絵の中の梅の花が、ほころぶ。ひとつ、ふたつ、みっつ――。
「ヒイイッ!」
田所さんが腰を抜かし、エドモンドが十字架を握りしめる。
「悪魔め!!」
だがそれは、梅を七分咲き程度にすると、すうっと消えて行った。
「逃げたか」
「いや、今日のノルマをこなして帰っただけだろ」
うっかり言ってしまったが、エドモンドと震える田所さんには聞こえなかったようだ。危ない、危ない。
「じゃあ、取り敢えずは今夜はもう動きは無いですよねえ。帰ろうかあ、怜」
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