体質が変わったので

JUN

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お取替え(3)残り香

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 野次馬がわんさかいた。この暑いのに、ご苦労なことだな。
「流石、有名モデルだね」
「よくわからん」
「美脚といえばミツキ、ミツキといえば美脚。高校生男子として、あれにグッと来ないなんておかしいよ。面倒臭がりにも程があるよ」
「そうかあ。好みとかは人それぞれだろ」
「じゃあ、怜の好みは?」
「……あれ?」
「普段気になってるのは?」
「兄ちゃんの健康!あれ?」
「……」
 直は愕然とする僕の肩を、慰めるようにポンポンと叩く。
 別に僕達はミツキの発見された現場を見に来たわけじゃない。が、津山先生から電話が入って昼食に誘われたので、行く途中なのだ。だからついでに、ちょっと回り道してみただけだ。
「でも足って。ファンかな」
「足だけそこにあっても、気持ち悪いだろ」
「儀式説が有力ってことかなあ」
 小声で言いながら通っていると、ふと、嫌な臭いがした。甘いような臭いと、強すぎる花のような臭い。
「変な臭いがする」
「そう?ああ、香水だな。こんなに残り香が強いって、よっぽどだねえ」
 なるべく息を浅くして、足早に通り過ぎた。
 その向こうに津山先生と京香さんもおり、見学していたとの事だったので、型通りに挨拶をして、近くの店に入る。津山先生が是非行ってみたいと希望したのは、テレビで取り上げられた事もある、公園の移動販売車のカレーだった。意外な気がしたが、京都のカレールー消費量は全国一らしい。
 スパイスが程よく効いたサラサラカレーで、とても美味しかった。
 飲み物を飲みながら、話は自然と、協会の事になる。
「実技なあ。見る、聞く、祓うやなあ。祓えたらええ、いうのんもなあ。
 京香、全然進歩しとらんなあ」
 津山先生は嘆息し、京香もガックリ肩を落とした。
「すみません」
「ええっと、筆記とか面接とかもあるんですか」
「ああ、それはなあ。悪い事に力を悪用しそうなんは困るし、最低限の常識とかもいるからなあ」
「そうですね」
「知らん事は調べたらええ、言うても、ある程度は知っとかなあかんやろ。例えば、依頼主に説明する時や。どうやって浄霊するんか訊かれたら?」
「何か力を、グーッとして、ギューッとして、バアーッとする」
「……え、それ、冗談だよね」
「え?そうとしか聞いてないから、固有名詞がわからなくて……」
「……京香?」
 直、僕、津山先生は、同時に京香を見た。京香はエヘと笑って、
「説明するの苦手だもん」
と答えた。
「浄霊で使う力、何ていうんや、京香」
「そんなのに名前があるんですか?」
「……あかん……。わしは師匠失格や……」
 津山先生が一気に老け込む。
「先生、元気出して下さい」
「京香、お前のセリフやない」

 津山先生は警視庁へ戻り、僕と直と京香さんは、家へ戻り始めた。
「いやあ、知らなかったわ。浄力っていうのね。知らなかったわ」
「まあ、そんな説明したことないですしね」
「意外とそういうの多いよ」
 言いながら、ミツキ発見現場の1本隣の筋を歩く。混んでいたのが、こちらは嘘のように空いている。
 直は多分どこかから昨日の事を聞いて、僕を心配してきてくれたのだろうし、津山先生も、僕を心配して昼食に誘ってくれたんだろう。とてもありがたい。僕はいつか、これに報いる事ができるんだろうか。受け取るだけじゃ心苦しい。
 と、微かな臭いを感じて、足を止める。
「何か、変な臭いだな」
「強すぎる香水の残り香かな。とんがった感じだね」
「それに、何かが腐る、甘い臭いだわ」
 見廻すと、植木の枝に引っかかるようにして、紙片があった。
 薄く茶色に変色した、千円札みたいなものだ。
 触らずに覗き込む。何か字が書かれ、僅かに呪めいた臭いがする。
「触らないで。このまま先生に、いえ、御崎さんに連絡して。犯人の指紋が付いてるかも知れないから」
 京香さんは真剣な顔で言った。
「あれは何ですか」
「教えてなかったわね。フダ、お札よ。術の助けをしたり、時限式にしたり、いろいろと使えるの」
 そして今日も、また警察に行く事になったのである。

 警察を出たら、夕方になっていた。
 考えると、今日はご飯を食べる以外、ほとんど何もしてない1日だったな。その割には、疲れた。
「警視庁入ったの初めてだなあ」
 直はニコニコと機嫌がいい。
「徳川警視と、鑑識課の乾さんと、アドレス交換できたしね」
 凄いな。いつ、どうやったんだろう。これで今日、また人脈が広がったわけだな。
「それより、いたわね。昨日の奴。やっぱりお前だろうって顔してたわ、くそっ」
 京香さんは、悔しそうに地団駄を踏んだ。
 あのお札は物を留める性質の術式が書いてあったそうで、犯人が犯行に及んだ時に、剥がれ落ちたようだと津山先生は言っていた。そんなに古くもないらしいのに、随分と力を使い、効力が切れてもたなくなったものに見える、と。そんなに力を必要とする、維持したいものって何だろう。
 それとミツキは、まず殴られ、そして一気に膝から下を切断して持ち去られ、ミツキはその後出血のショックで亡くなったらしい。
 一気に切断って簡単に言うが、やるのは簡単じゃないだろう。どんな凶器を持ち歩いていればできるんだろう。犯人はサイボーグか何かか?
「ああ、もう。何か食べて帰りましょ。昨日、あの浄霊現場の近くにある店に行きたかったのに、定休日だったから残念で」
「何の店ですか」
「焼肉食べ放題」
 京香さんは、肉が好きだ。
「焼肉かあ。久しぶりかなあ」
「カルビでね、生ビールをグイッと。カアア、たまらん!」
 おっさん臭い。
 なんだかんだと言いながらいつの間にか行く流れだ。仕方ない。僕の好きなのは上ロースかな。
「筋肉の維持の為にも肉はいいのよ」
「ああ、年を取ったら毎日少しずつとか言うなあ、この頃」
「成程。京香さん、やっぱり老化の自覚があったんですね。昨日の返事はおかしいと思った」
「え、何、何」
 昨日ぶつかってよろめいた事とその後の会話を再現してやる。
「思い当たってたんですかあ」
 気の毒な目で直が見る。
「ちちち違うわよ?まだ私若いわよ?」
「動揺が凄い感じに出てますけど」
「そそそんなわけないじゃない。おほほほほ」
「まあまあ、肉、行きましょう」
「いっぱい食べて、運動ですよ、京香さん」
 京香さんをからかいながら、3人で焼肉屋へ向かう。
 近道に、迷いながらも昨日の神社を通り抜けようと神社に入って、少しした時だ。
 甘い臭いと、強い花の臭いがした。ようやくわかる。これは、有機物が腐っていく時の腐臭だ。そしてそれを誤魔化す為の香水だ。
 いきなり、誰かが暗がりからぶつかるように京香さんめがけて飛び込んで来た。
 その間に入り、伸ばされた腕を跳ね上げるようにして払う。
 その何者かは黒い長袖Tシャツに黒いスラックスといういでたちで、肩より少し長いバサバサの髪をしていた。髪が顔を隠していて、辛うじて、マスクと色の濃いサングラスをしている事がわかる。
 それに何より強い臭いが異様な感じを醸し、穢れた気を撒き散らしていた。
 小さな声で、
「腕を、新しい腕を……」
とぶつぶつ言い、女性とは、いや、人間とは思えない脚力で京香さんの腕に手を伸ばして迫る。
 その腕を上から叩き付けるようにして逸らし、腰の辺りを蹴り飛ばす。
 背後では、京香さんが直に引かれて後ろへ距離を取り、そして、転んだ。
「わああ、立ち上がって!」
 必死な直の声がする。
 そいつは転ぶ事もなく踏ん張っていたが、邪魔をした僕に苛立ちを見せ、両手を肩の高さに上げて構えた。
 爪が、刃物のように長く、鋭い。
 と、ボトリと音を立てて、右手が落ちた。
「え、腕が落ちた?腕が落ちた!?」
 思わず2度見して、見間違いかと注視する。
 その間に、そいつは身を翻して、逃げ去った。
「腕だよな、本物だよな」
 3人で覗き込んだ。肘から先の本物の人間の腕に見える。ただ、灰色で生気がなく、血液は流れていない。そして手首の上に大きなアザに見える変色が見えた。
 あの花のような形のアザを大きく引き伸ばしたら、こんな風にならないか。
「昨日、ぶつかった人だ。
 兄ちゃんに――ああ、また昨日の感じ悪い刑事さんかな」
「なあ、この腕拾いに来ないかな」
「茨木童子じゃあるまいし」
「……いや、来るかもよ。不便じゃない」
「……手近な腕で間に合わせたりして」
「ははは」
「はは……」
「……」
「大変じゃないか、それ!」
「今誰かを襲ってたりしないかな!?」
 僕達は慌てた。
「京香さん、兄ちゃんに電話して、居所のわかるアプリで来てくれって。その後はここで警察を待ってて」
 以前、兄は僕のスマホに、緊急事態に備えて居場所がわかるアプリを入れたのだ。
「怜は」
「追いかける。誰かが襲われたら困るだろ」
「説明し辛いんだけど!?」
「そういう面倒臭いのは大人の役目って事で」
 僕と直は、そいつの逃げた方へ走り出した。

 
 
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