体質が変わったので

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竜宮城(2)神の岩

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 週に三時間も寝れば済む自分の体質に、僕は感謝していた。周りに明かりがないので星空が本当に綺麗に見えるし、ビルがないので、満天の星空というものがこういうものだというのが良くわかった。
 そして明け方にブラブラと岩場まで散歩してみると、蛸がいた。早速捕って、朝食に使おう。
 そう思ってウキウキとロッジに戻って来ると、タイルの上に泥まみれの足跡が残っていた。誰か起きたのかと外に出て周りを見てみると、誰もいず、わかめが落ちている。
 拾って、味噌汁にしようと考え、味噌がない事に気付いた。折角誰かが拾って来てくれたのに、何かには使わなければ。
 まあ、取り敢えずは朝食だ。蛸からだな。
 まず塩をまぶしてぬめりを取るようにもみ洗いをし、頭をひっくり返して墨袋をとる。その後、湯で赤く、足が丸まるまでゆで、ざるに上げる。それを切って、研いだ米と水、出汁昆布と一緒に土鍋に入れておく。さけ、しょうゆ、みりんなどの調味料は、吸水させてからだ。そうして土鍋を良く火に当たるところにおいて、沸騰したら遠火にして十四分。サッと強火に当ててから土鍋を下ろし、ごはんを混ぜて、蒸らす。これを後で、おむすびにするつもりだ。
 家で作って来た茹で卵は、塩ベースのだしつゆにつけるように密閉袋に入れてきたので、味付き卵になっている筈。そこに、焼いたベーコンと剥いたオレンジをつける。
 そうしていると三人が起きて来たので、おむすびを作る。
「全部させて悪いわね」
「どうせ一晩中起きてて暇だし、料理は好きだし、気にするな」
「そうね。どうせなら私だってご飯は美味しい方がいいもの。いつも怜君のお弁当、交換したかったの」
「え、してるじゃないですか、エリカ」
「一品じゃなくて全部って意味よ」
「では早速、いただきまあす!」
 パクパクと食べながら、星が綺麗だったとか、波の音が意外と大きく感じられてなかなか寝付けなかったとか、今日はまず釣りをしようとか言っている内に、思い出した。
「そうだ。明け方誰か散歩したか。東の、谷のある方へ」
 三人はキョトンとして、各々否定した。
「どうかしたのか?」
「あっちに往復する足跡が残っててな。昨日はなかったから」
「足跡って」
「タイルの上に泥まみれの足跡があってな。砂浜には所々に海藻があったんで、誰かわかめでも拾いに行ったのかと」
「何、それ。怪談?」
「え、朝ご飯用にわかめを届けてくれる幽霊? いい幽霊だねえ、そいつ」
「気が利きますね」
「いや、怪談じゃなくって、本当に」
 沈黙が降りた。
「そのわかめはどうしたかねえ、怜」
「味噌があれば味噌汁にしたんだが、うっかりしたな。味噌を持って来なかった」
 直、エリカ、ユキは、味噌がなくて良かったと安堵した。
「だから昼か晩に、わかめサラダにしようと思う」
「思わないで!!」
「それ、食べない方がいいヤツの予感がするねえ!」
「そうです、やめましょう、食べるのは!」
 今度はこちらがキョトンとする番だ。
「え、本当に誰も行ってないのか?」
 三人共、首をぶんぶんと横に振る。
 じゃあ、あれは何だろう。あのわかめはどうしよう。
「気のせいだよう。でもわかめは、やめよう。拾い食いは良くないねえ」
 三人から真顔で止められた。まあ、そう言うならやめとこうかな。
「よし、釣りだ! 釣りに行こう!」
「お昼がかかってるから、真剣にね!」
 そして四人で手早く後片付けを済ませ、釣りセットを持って岩場へ出かける。桟橋の所は本当に小さい小魚しかいなかったのだ。
 ルアーを付けて、早速投げ入れる。軽く誘ってリールを引いて来ると、ククッと竿に手ごたえが伝わり、竿先が沈む。そのまま引いて取り込んだ。
「メバルだ。煮付けにしたら美味しい」
「ボクも来たぞ。これは……メバルだ! やった!」
「あ、これ、カサゴだわ」
「炊いても揚げても美味しいぞ」
「これは何ですか」
「手長エビ!」
 釣りをしているうちにわかめの件はほとんど忘れ、昼前にロッジに戻る頃にはすっかり忘れていた。
「昼は何食べさせてくれるの、怜」
「釣った魚とエビ、パプリカと玉ねぎとでアクアパッツァができるな。あとは、ちょっと残ったカレーとご飯でカレーリゾットとか。
 魚とエビ、わさびがないけど刺身もできるし、フライとか、ソテーもできるけど」
「ボク、アクアパッツァとリゾットがいい!」
「賛成!」
「私もです!」
 即決まり、調理し、食べた。
 もう完全にわかめは忘れ去っていた。合宿のテンションに、どうかしていたとしか思えない。
 片付けをすませ、
「今度は泳ぐぞ!」
と、水着で東の砂浜を目指した。遠泳しよう。遠泳なら、あの岩が近くで見えるだろう、と。

 しめ縄の張られた岩は、水面から高く突き出ているが、小さな祠をちょこんと乗せるだけでいっぱいの大きさしかない。人が岩に乗るのは禁止と書かれていたが、のれる程ではない。
 近付くにつれ、まずい、と思った。
「なあ、場所を変えよう」
 水温が低くなっていく。
「え、何で──と、まさか」
 何だろうな、この臭いは。
「よし、帰ろう」
 心なしか急いで、体育の授業でもあるまいに、真剣に浜へ泳ぎ戻る。いや、なぜか泳いでいるのに、砂浜が近付いて来ない。
「おかしいよねえ!?」
「おかしいよ! いいから泳げ!」
「もう、もう泳げませんんん」
「ユキィィィ、死ぬ気で泳ぐの!」
 ああ、あの気配が近付いて来る。あの岩に普段は隠れているようだ。
 溺れかけるユキに後ろから近付き、顔を水面に出してやっていると、大きな気配が、僕たちをすっぽりと包んだのだった。



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