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かげふみおに(4)自由研究のすすめ
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壁に向かって座っていた。フワフワとした変な感じで、力が入らない。カゲオニをした後はいつもこんな感じだけど、どんどんひどく、元に戻るまでの時間が長くなっている気がする。
何か呼ばれてるかなあと思ったら、ドアの向こうから、いつかの高校生のお兄さんの声がしてた。
直は上手く幸子の母親に言って部屋に入り込む許可を取り付け、管理人に電話をかけさせ、管理人が鍵を開けたので、僕は、ドアの閉まった幸子の部屋の前にいる。
無事に幽体は戻ったらしい。
「なあ。もうやめないか」
「……」
「あいつらも反省してるし、許してやれよ」
「……」
「お前もやったんだから、おあいこだしな」
ドアに何かを投げつけたらしく、ドンと音がした。元気で結構。
「仲直りしろよ」
「い・や」
「仲直りパーティーしてやるから」
「そんなの、いらないもん!」
「ふうん。上手くできたのになあ。焼き色といい、しっとりふわふわな生地といい。たまらん」
「……え?」
直が持ってきた皿を、二人がかりで扇ぐ。ドアの隙間から、いい匂いがいってる筈だ。
「蜜はタップリだねえ」
「おう。生クリームも多めでな」
「うわあ、完成だあ」
「美味しそうだな。よし、では、いただきます」
「食べちゃダメー!!」
ドアに体当たりする勢いで転がり出て来た幸子の目は、ホットケーキの皿に釘付けだ。
遅れて、僕と直に気付く。
「何で食べてるの!?」
泣くなよ、こんなもんで。
「自分達で焼いたら、もっとおいしいよう」
リビングでは、ホットプレートを前にしてユキがホットケーキを焼き、エリカがジュースをコップに注ぎ分けていた。そして、心配そうな、泣きそうな顔の亜里沙、美羽、夢愛が、幸子を待っていた。
「さっちゃん、ごめんなさい」
「酷い事してごめんなさい」
「仲直りしてほしいの」
幸子は視線を彷徨わせ、助けを求めるように僕を見上げた。
「どうしたい。自分で決めろ」
「う、私も、ごめんなさい。されて嫌な事はしちゃいけないんだよね。ごめんなさい」
四人はしばらく泣いて謝り合っていたが、誰かのお腹がグウゥと鳴って、弾けるように笑い出した。小学生の子供らしい、影のない笑顔だ。
「さあ、焼きますよ。いいですか」
ニコニコとしながら、ユキがおたまで生地をすくう。
「丁度良かったな。夏休みの自由研究は、美味しいホットケーキの作り方だ」
「それいい」
「やろうやろう」
仲直りは済んだらしい。幽体離脱も、こうして安定していれば、起きなくなるって京香さんも言ってたし。
「はあ。なかなか面倒臭いケンカだったな」
「でも、良かったよ、仲直りできて。図書館の子の方も、たまたまぶつかっただけだろうって、大事にする気がないらしいし」
「でも、自分のしでかした事は、いずれはじっくりと考える必要があるけどな」
僕と直は小声で話しながら、マンション玄関で待つ保護者四人に報告する為、部屋を出た。
「というわけで、食べたくなっちゃってね」
兄の休日となったこの日の昼はパンケーキだ。甘味をなくして薄く焼いた生地に、レタス、パプリカ、スライス玉ねぎ、ハム、プルコギ風の味を付けた牛肉などを好きに巻く。
「ホットケーキもこういう食べ方をすれば、おやつじゃないな」
兄はへえと言う風に笑って、チーズと野菜とハムを挟む。
「いじめが解決できたのは何よりだったな」
「うん。かなりホットケーキにはまったらしいから、あの四人がこの後太ってもそこまでは責任持てないけどね」
それに、たまたま幸子の母親は納得して管理人に電話してくれたからスムーズに進めただけだし、亜里沙達の母親が納得しなければこじれていただろうし、図書館の子の親が事故と認識してくれずに警察沙汰にしていたら、幸子がホットケーキの匂いに釣られなかったら。綱渡りのようなものだったと言わざるを得ない。
「ああ、面倒臭い。もうあんな案件はこりごりだよ」
夏の日差しに、洗いたてのカーテンが眩しかった。
何か呼ばれてるかなあと思ったら、ドアの向こうから、いつかの高校生のお兄さんの声がしてた。
直は上手く幸子の母親に言って部屋に入り込む許可を取り付け、管理人に電話をかけさせ、管理人が鍵を開けたので、僕は、ドアの閉まった幸子の部屋の前にいる。
無事に幽体は戻ったらしい。
「なあ。もうやめないか」
「……」
「あいつらも反省してるし、許してやれよ」
「……」
「お前もやったんだから、おあいこだしな」
ドアに何かを投げつけたらしく、ドンと音がした。元気で結構。
「仲直りしろよ」
「い・や」
「仲直りパーティーしてやるから」
「そんなの、いらないもん!」
「ふうん。上手くできたのになあ。焼き色といい、しっとりふわふわな生地といい。たまらん」
「……え?」
直が持ってきた皿を、二人がかりで扇ぐ。ドアの隙間から、いい匂いがいってる筈だ。
「蜜はタップリだねえ」
「おう。生クリームも多めでな」
「うわあ、完成だあ」
「美味しそうだな。よし、では、いただきます」
「食べちゃダメー!!」
ドアに体当たりする勢いで転がり出て来た幸子の目は、ホットケーキの皿に釘付けだ。
遅れて、僕と直に気付く。
「何で食べてるの!?」
泣くなよ、こんなもんで。
「自分達で焼いたら、もっとおいしいよう」
リビングでは、ホットプレートを前にしてユキがホットケーキを焼き、エリカがジュースをコップに注ぎ分けていた。そして、心配そうな、泣きそうな顔の亜里沙、美羽、夢愛が、幸子を待っていた。
「さっちゃん、ごめんなさい」
「酷い事してごめんなさい」
「仲直りしてほしいの」
幸子は視線を彷徨わせ、助けを求めるように僕を見上げた。
「どうしたい。自分で決めろ」
「う、私も、ごめんなさい。されて嫌な事はしちゃいけないんだよね。ごめんなさい」
四人はしばらく泣いて謝り合っていたが、誰かのお腹がグウゥと鳴って、弾けるように笑い出した。小学生の子供らしい、影のない笑顔だ。
「さあ、焼きますよ。いいですか」
ニコニコとしながら、ユキがおたまで生地をすくう。
「丁度良かったな。夏休みの自由研究は、美味しいホットケーキの作り方だ」
「それいい」
「やろうやろう」
仲直りは済んだらしい。幽体離脱も、こうして安定していれば、起きなくなるって京香さんも言ってたし。
「はあ。なかなか面倒臭いケンカだったな」
「でも、良かったよ、仲直りできて。図書館の子の方も、たまたまぶつかっただけだろうって、大事にする気がないらしいし」
「でも、自分のしでかした事は、いずれはじっくりと考える必要があるけどな」
僕と直は小声で話しながら、マンション玄関で待つ保護者四人に報告する為、部屋を出た。
「というわけで、食べたくなっちゃってね」
兄の休日となったこの日の昼はパンケーキだ。甘味をなくして薄く焼いた生地に、レタス、パプリカ、スライス玉ねぎ、ハム、プルコギ風の味を付けた牛肉などを好きに巻く。
「ホットケーキもこういう食べ方をすれば、おやつじゃないな」
兄はへえと言う風に笑って、チーズと野菜とハムを挟む。
「いじめが解決できたのは何よりだったな」
「うん。かなりホットケーキにはまったらしいから、あの四人がこの後太ってもそこまでは責任持てないけどね」
それに、たまたま幸子の母親は納得して管理人に電話してくれたからスムーズに進めただけだし、亜里沙達の母親が納得しなければこじれていただろうし、図書館の子の親が事故と認識してくれずに警察沙汰にしていたら、幸子がホットケーキの匂いに釣られなかったら。綱渡りのようなものだったと言わざるを得ない。
「ああ、面倒臭い。もうあんな案件はこりごりだよ」
夏の日差しに、洗いたてのカーテンが眩しかった。
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