体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
18 / 1,046

かげふみおに(1)ああ夏休み

しおりを挟む
 久しぶりの学校も、朝とは思えない暑さでげっそりとなる。それでも、明日から夏休みになるとあって、浮かれた空気が漂っていた。
 御崎 怜みさき れん、高校一年生。この春突然、幽霊が見えて話せる体質になり、そしてつい先ごろは、神殺しという新体質までもがが加わった、新米霊能者だ。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、なぜか春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に遭っている。
「こんなものかな」
 部室の床を箒で掃くのは、町田 直まちだ なお、僕の幼稚園の時からの友人だ。僕の事情は全て知っており、いつも無条件で助けてくれる、頼れる相棒だ。明るくて人懐っこく、人脈はとても広い。
「そうだな。これで机も拭けたし、こんなもんだろ。
 そっちはどうだ」
 訊くと、ビクッと身を竦めたのが、天野優希あまのゆき。お菓子作りが趣味の大人しい女子で、時々霊が見えるらしい。どうも今日は朝から、避けられ、目も合わせて来ず、こうしてビクつかれている。多分京都の一件での影響が、そうさせているのだと思う。
「棚の整理もできたし、OKよ」
 答えてきたのは立花エリカ、オカルト大好き女子だ。霊感はゼロだが、なんとかして幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、日々願っている。
 これが我が心霊研究部の全メンバーである。
「おやつにしようよう。お土産買って来たからさ」
 言って、直がいそいそと京都土産のクッキーを出し、僕は同じく水羊羹を保冷バッグから出す。
「2人共京都土産? まさか」
「えへへ、怜と司さんと京香さんと行って来たんだよ。いやあ、色々あったけど、魚釣りに目覚めちゃってさあ、ボクら。ねえ」
「ああ。是非、今度はもっと本格的に釣りに行きたいな」
「京都の、日本海側に行ったの?」
「いや、市内だ」
 エリカもユキも腑に落ちないという顔をしているが、まあ、興味は食べ物らしい。
 揃って「いただきます」と言って、おやつとする。
「明日から夏休みねえ。
 合宿よ、合宿。どこに行く?」
 エリカが勢い込んで言う。余程、行きたいらしい。
 行ってもいいが、その間兄の方はどうしよう。まあ、行ってこいと言われそうだし、ほんの三日くらい自分でできるのはわかっているが、ううん。
「怜君、寂しいんでしょ」
「そ、んな事は、ないぞ」
「動揺が出てるよう、怜」
「ああ、相思相愛のブラコンだもんねえ。直君に聞いた時は冗談かと思ったけど」
「僕はブラコンじゃないぞ。凄く感謝してて、兄弟だから大事なだけだ。普通だ」
 なぜ誰も理解してくれないのだろう。兄なんだから大事だろう。面倒臭い事が嫌でも兄の為ならいいとか。
 釈然としない思いで考えていると、エリカがユキに訊いた。
「ユキはどこがいい?」
「え……」
 ユキは僕の顔をまじまじと見ていたが、はっと我に返ると、
「ええっと、どこでもいいです。行くだけで楽しそうですので」
と、ニッコリした。
 いつも通りだ。
「そういうエリカはどこに行きたいの」
「恐山とか」
「却下」
 こいつもいつも通りだな。
 おやつを食べた後、揃って学校を出た僕らは、ブラブラと坂道を下っていた。アスファルトからゆらゆらと陽炎が立ち上っている。
「夏休みはいいけど、宿題がねえ。
 休みなんだから、宿題したら休みじゃなくなると思わない?」
 エリカが小学生のような事を言い出した。
 因みに僕はもう終わっている。毎年、素早く終わらせて後はのんびりするのが、僕のスタイルだ。小学生の時の日記以外は。
「小学生は元気ですね」
「それなりに暑かったけど、今よりは平気だったよねえ」
 前を歩く小学生女児グループを何となく眺めながら歩く。ランドセルを背負い、肩から斜めに絵の具セットをかけ、筆洗いバケツと書道セット、丸めた画用紙、工作で作ったと思しきよくわからない作品を両手に、賑やかに喋りながら歩いている。夏休みに対するワクワク感が、どことなく感じられた。
 と、馴染みとなった感覚がした。霊だ。ただ姿はない。どこだろうかと見ていると、女児の1人が突然、フラフラと崖のようになった道端に寄っていく。
「亜里沙ちゃん?」
「危ない!」
 足を踏み外す寸前で、どうにか僕らが追い付いて、肩を掴んで止める。それと同時に、亜里沙の影がゆらりと揺れ、霊は消えた。
「亜里沙ちゃん」
 他の女児達が集まって来る。
「ダメだよ、急に眼をつぶって歩き出したら。危ないよ」
 それに亜里沙は、青い顔でブルブル震えて泣き出した。
「違うもん。目が、急に開けられなく、なって、ヒクッ」
「ああ、大丈夫、大丈夫。怖かったねえ」
 直があやしながら、目で訊いてくる。「あれか」と。
 僕は小さく嘆息して、答えに代えた。

 素麺の薬味は、青じそ、干し桜エビ、錦糸卵、おろししょうが、天かす。それと、殻を外して背ワタをとり、片栗粉でもんで水洗いしたエビを、湯葉で巻いてパリッと揚げて盛ったところに、銀あんをかけたもの。もやしとほうれん草のお浸し。豆腐、あげ、ネギの味噌汁。
 兄がテーブルに着くタイミングピッタリに、配膳を完了させる。
「いただきます。ほお。これはまた、美味そうな」
 兄がエビの湯葉巻き揚げあんかけを食べ、満足そうにノンアルコールビールを飲んだ。良し。
 御崎 司みさき つかさ、二十八歳。刑事をしている僕の兄だ。若手ナンバーワンの呼び声も高く、見た目もカッコいい。両親の死後は親代わりに僕を育ててくれて、感謝してもしきれない、自慢の兄だ。
「今日終業式で通知表もらったから、後で見て、判子押しといてね」
「ん。どうだった、一学期は」
「色々あったなあ、と」
「ああ、あったなあ」
 春以来を思い出して、遠い目になりかける。
「いやいや。で、クラブの合宿はどうなったんだ?」
「それが、エリカは恐山に行きたいとか言って。却下したけど」
 あったことを順に話し、小学生の一件まで話す。
「それはやっぱり、霊なのか」
「霊なんだけど、何か、こう、生っぽいというか……」
「生っぽい……?」
 感覚的なものは、説明が難しい。
「あ、生霊かも知れない。同じ小学生とかかなあ。小学生の女児相手って、どうもやり難いよなあ。直は流石だったけど」
「人間だったら年代も性別も関係なしか」
「何か、まだ続きそうな気がするよ、兄ちゃん。ああ、面倒臭いなあ」
 僕ははああっと溜め息をついた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...