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蠱毒(3)神殺し
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長井さんと交代で湧き水の見張りと周囲の警戒を、どのくらいしたのだろうか。時間的にはとうに朝になっていなくてはおかしいのに、ここは相変わらず、暗いままだ。
霊はもう来ず、鬼が二体来ただけだ。霊が狩りつくされたのか、鬼化したのか。
「腹減ったなあ」
「ああ。忘れてた」
「何か食えるもんあらへんかな。蛇とか」
「……やっぱりお腹いっぱいです」
「嘘やん、絶対に」
水だけはあるので、空腹は水で誤魔化すしかない。
「あと何人とかわかるんですか」
「わからんのとちゃうか」
「ひたすらエンカウントを待つ? 効率悪いですね」
「悪いっちゅうたら悪いわな」
長井さんはおかしそうに笑っていたが、不意に笑顔を引っ込めた。
「でかいヤツが来よるで」
その気配は、これまでのものよりも、随分と強そうだった。
やがて姿を見せたそれは、悪意が内側から漏れ出て、周りが黒く煙ったようにも見える姿をしていた。
「なんちゅうもんを……!」
「長井さん?」
長井さんは僕の前に出、ナイフを構えながら絞り出すように声を出す。
「嵯峨さん。末席とは言え、立派な神さんや」
「神……」
「すっかり、祟り神になってもうとるけどな」
元々日本の神は、祟りを抑える為に悪霊を神にする事もある。清濁の垣根が低いのかも知れない。
それにしても、罰当たりだと思わなかったのか、これをしでかした術師は。
いや、それよりも、人が神に勝てるのか?
「これは、斬ったるんが神さんの為やろ。バチは当たらん、安心しぃ」
長井さんは言って、蹴飛ばされた様に前へ飛び出す。切りつけるも傷はつかず、腕の一振りで吹き飛ばされる。それでも即座に立ち上がり、印を結んで、右手でたたきつけた。煙のように立ち上る黒いものが少し晴れたものの、すぐに、内側から湧き出てきて元通りになる。
「チッ、腐っても神ってか」
「長井さん、こっちからの浄化とのコンボで!」
「おう、やってくれ!」
長井さんが飛び出し、それに合わせて、放つ。間髪入れず、黒い煙が晴れたそこを狙って長井さんが切りつける。確かに傷を付けられはしたが、これではどのくらい繰り返せばいいのか。埒が明かない。
しかし仕方なく、これを繰り返す。
神に傷は増えたとはいえ、神も学習したのか、長井さんをけん制して近寄らせない。
「お賽銭、足りひんかったかな」
流れる血を払いながら長井さんが苦笑する。
「交代してみますか」
「アホ言え。子供を守るんは大人の仕事や」
長井さんは神を睨み付け、再度アタックをかける。
神もいい加減鬱陶しかったのだろう。思い切り両手を振り回し、突き出し、そして、
「長井――!!」
腹部を手で貫通された長井さんが、大地に叩き付けられた。
ゴボッと血塊を吐いて、
「スマンなあ。よう、助けたれん、かったわ……。なんとか、逃げぇ」
と、困ったような顔で笑う。
神は長井さんを取り込むように、腕を掴み、咥えた。ゴリッと音がする。
「ああ。痛覚、ないわ。ラッキー。ああ、でも、こうやって、取り込まれて、彷徨う、の、嫌やぁ……」
ぼんやりと困ったような笑いを浮かべた顔で、長井さんは動かなくなった。
ゴリゴリ、ボリ、ペッ。
神は目の前のエサに飽きたかのように、長井さんを放り出して、こちらを見た。
「ふざけんなよ。そんな神、こっちから願い下げだ。
おい。ただで済ませる気はないからな」
悠々と歩いて近付き、長井さんのナイフを拾い上げる。神は威嚇するかのように両手を上げ、ユラユラと体を左右に揺らせていた。
いきなり懐に飛び込み、印なしで力をナイフに纏わせて、斬る。印を結ぶのが普通。油断していたに違いない。
そのまま、斬る、突く、斬る。
神の手が、ボタリと落ちた。逃げ腰になる神の首に切りつけ、パックリと口が開く。
やがて神は形を崩すと、端から、さらさらと消えて無くなっていった。
神を殺した。
フラフラと長井さんのところに行き、湧き水の所へ引き摺って行く。そして、吐いた血を流した。
「あれ。意外と平気だ。何でだろう」
自分の何かが置き換わったかのような座りの悪さが、だんだんとわからなくなっていく。湧き水に手を突っ込んだまま、吐きそうな臭いも、果てのない怒りも、何もかもが、薄く薄くなっていく。
と、
「見つけた!!」
聞いた事のあるような声がした。
同時に、大きな鬼がのっそりと現れる。敵だ。狩るべき、敵だ。
立ち上がりかけた僕に、また声が聞こえた。
「怜、そこか!!」
誰だ、それは。
「聞こえないのか!?」
それよりも、あれが。鬼が。
「おい、怜! 怜ってば!」
怜。だれだ、それ。それ……ああ、僕だ。
見下ろした湧き水には、ゆらゆらと揺れながら、兄と直が映っている。兄と、直。
「兄ちゃん、直。帰りたい」
「今皆がやってくれてる。大丈夫だよ」
「ああ、あと一匹と僕だけだ」
何となく、それがわかった。あの鬼と僕。
「ジッとしてろ、すぐに行く」
「うん」
鬼が、僕を見て唇の端を吊り上げた。あの鬼にしてみても、僕が最後だ。あれも、それがわかっているのだ。
「けじめかなあ」
鬼が突っ込んで来ようと、スタートの姿勢をとる。それに、無造作に力をぶつけた。
すると鬼の上半身が斜めにずれて落下し、パリンとガラスの割れるような音が響いて、辺りは真昼の眩しさに満ち溢れた。
霊はもう来ず、鬼が二体来ただけだ。霊が狩りつくされたのか、鬼化したのか。
「腹減ったなあ」
「ああ。忘れてた」
「何か食えるもんあらへんかな。蛇とか」
「……やっぱりお腹いっぱいです」
「嘘やん、絶対に」
水だけはあるので、空腹は水で誤魔化すしかない。
「あと何人とかわかるんですか」
「わからんのとちゃうか」
「ひたすらエンカウントを待つ? 効率悪いですね」
「悪いっちゅうたら悪いわな」
長井さんはおかしそうに笑っていたが、不意に笑顔を引っ込めた。
「でかいヤツが来よるで」
その気配は、これまでのものよりも、随分と強そうだった。
やがて姿を見せたそれは、悪意が内側から漏れ出て、周りが黒く煙ったようにも見える姿をしていた。
「なんちゅうもんを……!」
「長井さん?」
長井さんは僕の前に出、ナイフを構えながら絞り出すように声を出す。
「嵯峨さん。末席とは言え、立派な神さんや」
「神……」
「すっかり、祟り神になってもうとるけどな」
元々日本の神は、祟りを抑える為に悪霊を神にする事もある。清濁の垣根が低いのかも知れない。
それにしても、罰当たりだと思わなかったのか、これをしでかした術師は。
いや、それよりも、人が神に勝てるのか?
「これは、斬ったるんが神さんの為やろ。バチは当たらん、安心しぃ」
長井さんは言って、蹴飛ばされた様に前へ飛び出す。切りつけるも傷はつかず、腕の一振りで吹き飛ばされる。それでも即座に立ち上がり、印を結んで、右手でたたきつけた。煙のように立ち上る黒いものが少し晴れたものの、すぐに、内側から湧き出てきて元通りになる。
「チッ、腐っても神ってか」
「長井さん、こっちからの浄化とのコンボで!」
「おう、やってくれ!」
長井さんが飛び出し、それに合わせて、放つ。間髪入れず、黒い煙が晴れたそこを狙って長井さんが切りつける。確かに傷を付けられはしたが、これではどのくらい繰り返せばいいのか。埒が明かない。
しかし仕方なく、これを繰り返す。
神に傷は増えたとはいえ、神も学習したのか、長井さんをけん制して近寄らせない。
「お賽銭、足りひんかったかな」
流れる血を払いながら長井さんが苦笑する。
「交代してみますか」
「アホ言え。子供を守るんは大人の仕事や」
長井さんは神を睨み付け、再度アタックをかける。
神もいい加減鬱陶しかったのだろう。思い切り両手を振り回し、突き出し、そして、
「長井――!!」
腹部を手で貫通された長井さんが、大地に叩き付けられた。
ゴボッと血塊を吐いて、
「スマンなあ。よう、助けたれん、かったわ……。なんとか、逃げぇ」
と、困ったような顔で笑う。
神は長井さんを取り込むように、腕を掴み、咥えた。ゴリッと音がする。
「ああ。痛覚、ないわ。ラッキー。ああ、でも、こうやって、取り込まれて、彷徨う、の、嫌やぁ……」
ぼんやりと困ったような笑いを浮かべた顔で、長井さんは動かなくなった。
ゴリゴリ、ボリ、ペッ。
神は目の前のエサに飽きたかのように、長井さんを放り出して、こちらを見た。
「ふざけんなよ。そんな神、こっちから願い下げだ。
おい。ただで済ませる気はないからな」
悠々と歩いて近付き、長井さんのナイフを拾い上げる。神は威嚇するかのように両手を上げ、ユラユラと体を左右に揺らせていた。
いきなり懐に飛び込み、印なしで力をナイフに纏わせて、斬る。印を結ぶのが普通。油断していたに違いない。
そのまま、斬る、突く、斬る。
神の手が、ボタリと落ちた。逃げ腰になる神の首に切りつけ、パックリと口が開く。
やがて神は形を崩すと、端から、さらさらと消えて無くなっていった。
神を殺した。
フラフラと長井さんのところに行き、湧き水の所へ引き摺って行く。そして、吐いた血を流した。
「あれ。意外と平気だ。何でだろう」
自分の何かが置き換わったかのような座りの悪さが、だんだんとわからなくなっていく。湧き水に手を突っ込んだまま、吐きそうな臭いも、果てのない怒りも、何もかもが、薄く薄くなっていく。
と、
「見つけた!!」
聞いた事のあるような声がした。
同時に、大きな鬼がのっそりと現れる。敵だ。狩るべき、敵だ。
立ち上がりかけた僕に、また声が聞こえた。
「怜、そこか!!」
誰だ、それは。
「聞こえないのか!?」
それよりも、あれが。鬼が。
「おい、怜! 怜ってば!」
怜。だれだ、それ。それ……ああ、僕だ。
見下ろした湧き水には、ゆらゆらと揺れながら、兄と直が映っている。兄と、直。
「兄ちゃん、直。帰りたい」
「今皆がやってくれてる。大丈夫だよ」
「ああ、あと一匹と僕だけだ」
何となく、それがわかった。あの鬼と僕。
「ジッとしてろ、すぐに行く」
「うん」
鬼が、僕を見て唇の端を吊り上げた。あの鬼にしてみても、僕が最後だ。あれも、それがわかっているのだ。
「けじめかなあ」
鬼が突っ込んで来ようと、スタートの姿勢をとる。それに、無造作に力をぶつけた。
すると鬼の上半身が斜めにずれて落下し、パリンとガラスの割れるような音が響いて、辺りは真昼の眩しさに満ち溢れた。
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