体質が変わったので

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水遊び(2)発足、心霊研究部

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 昼休みになった教室では、数人ずつがそこここで机を寄せ合い、弁当やパンを取り出していた。
 佐々木先輩の件で、人前で大っぴらに話せないことを昼休みに話すことが多かった為に、中庭の噴水のへりで食べることにしていた僕と直だが、意外と風も心地良く、この場所が気に入っていた。まあ、五月の今は良くとも、真夏、真冬は辛いだろうし、雨の日は無理だろうが。
 相棒の町田 直は幼稚園の時からの友人で、うちの事情にも精通しており、ありがたいことに僕が困っていると無条件で助けてくれる。佐々木先輩の件でも、一緒に走り回り、一緒に正座で叱られた仲である。
「今日はサンドウィッチなんだねえ」
「昨日の晩、事件でな。もし朝帰って来そうならと思って作ったんだけど、帳場が立つらしくて」
「で、弁当に回したと。
 うん。怜も相変わらず、いい加減ブラコンだねえ」
「失礼な。自分の兄だぞ。大事で好きに決まってるじゃないか。普通だ、普通」
 僕の抗議に肩を竦めて、直が自分の弁当に箸を入れかけたところで、気が付いた。昨日見かけた女子二人組が、反対側のへりに座って弁当を広げつつ、こちらを注視している事に。
「直、昨日の二人組だ。知ってる顔か」
 小声で訊いてみた。直は、人当たりが良くて知人も多いので、直の知人かも知れないと思ったのだ。
「天野さんの方は知ってるよねえ。同じクラスの天野優希あまのゆきさん」
 流石にな。出席を取る時に一番初めだから、一日に何度も聞いてる内に覚えた。オドオドの方だな。
「もう一人は五組の立花エリカさん。同じ中学から来たみたいだよう。
 天野さんの趣味はお菓子作りで、立花さんの方は写真部だったと聞いたねえ」
 何でそんなに知ってるんだろうと、不思議でならない。関係ない人間の事なんて、面倒くさいだけじゃないか。
「まさかとは思うが、不純異性交遊とかの濡れ衣でゆすってくるつもりじゃないだろうな」
 そういうと、直は吹き出すようにして答える。
「考えすぎだと思うよ、それはねえ」
 ボソボソと話してそっと窺うと、向こうも同じようにこちらを窺っていた。
 おかげで何とも落ち着かない気分で、昼食を食べるはめになったのである。

 午後の授業を終え、駅前のスーパーへ寄る僕は、直とは反対方向へと歩いていた。五月の上旬。ここ数年はやたらと暑い日が多かったが、今年は平年並みのようだ。
 でも、泊まり込みが終わったら疲れてるだろうし、脂っこい弁当ばかりが続くとかで胃も疲れてるだろうから、いつ泊まり込みが明けてもいいように、何か用意しておかなければ。
 サバサラダか、牡蠣の昆布舟焼きか、他は――と考えている内に、踏切りに差し掛かった。渡り終える時にカンカンと列車の接近を告げる警報が鳴り出し、セーフだな、と思ったのだが、背後で「キャッ」と悲鳴が上がったので、なんとなく背後を見た。
 天野さんと立花さんがいた。
 天野さんが転んでいて、傍には、早く立ち上がらせようと腕を引く立花さんと、天野さんの足首を掴んだ老女の幽霊がいた。
「ユキ、早く」
「立、立てないよ、挫いたのかな、どうしよう」
 二人は焦っているが、これは老女の幽霊の仕業だ。電車に轢かせるつもりなのか。僕が気付いた事に気付いた老女は、ニタニタと笑っている。
 僕はすぐに戻ると、老女を軽く突いて離し、天野さんの腕を掴んで立たせると、とにかく急いで、遮断機を潜り抜けた。
「ごごごごめんなさい、その、ありがとう、御崎君。なんか挫いたみたいで……あら? 大丈夫?」
 天野さんがグルグルと足首を回して首をかしげる。
「助かったわ、ありがとう」
 立花さんもそう言って笑い、まだ何か言いかけていたが、
「いや、別に。じゃ」
と、さっさと背を向ける。
 少し歩いて振り返ってみると、二人は反対方向に歩いて行って、角を曲がったところだった。
 よし。
 踵を返して踏切りに戻り、老女を見る。
辺りに人がいないのをちょっと確認して、老女に話しかけた。
「危ないでしょう」
「ひゃ、ひゃ、ひゃ」
「こんな迷惑な事をしてないで、逝ったらどうですか」
「やーだね」
「強引に祓いますよ」
「それは……ううん……」
 と、迷うそぶりを見せ、ついで、舌を出してパッと消えて逃げようとする。
「逃がしません」
「嫌じゃあ!」
 話が通じない相手のようだ。放っておいたら、また、やるだろう。
 仕方ない。掌に意識を集めて、掌を向け、そこから集めたものを放つ。
 流派、個人で浄霊のやり方は千差万別。ただ、呪文のようなものを唱えたり印を結んだりするのは精神を統一するためらしいから、時間もかかって面倒臭いので、ただ自分が集中すればそれでいい。そう思って、僕は特に何もしない。辻本さんは「地味ねえ。つまらないわねえ。男の子でしょ、そういうのに憧れるもんでしょ」と不服そうだが、これでいい。なるべく小さい労力で大きな成果を。省ける手間は省く。それが僕のポリシーだ。
 上手く言えないが、その見えない何かは老女に当たり、ギャッと叫んで怒りと恐れと苦痛のないまぜになった表情の老女は、形を崩して消滅した。
 気配を探って存在しない事を確認し、小さく息を吐く。反発される分集める力はたくさん要るし、精神的にも、穏便に済ませる方がいい。なんだか、殺してしまったような気になってしまう。
 さて、と頭を切り替えて、スーパーへと向かう事にする。
「……」
「今、祓った?」
「…………」
 天野さんと立花さんが、そこにいた。聞きたくて聞きたくて堪らないという顔つきで。
 まずい。見られた。はああああ。面倒くさい。

 翌日の昼休み。僕、直、天野さん、立花さんの四人は、噴水のヘリに並んで座って弁当を食べていた。
 昨日のうちに、直には二人に現場を見られた事を言ってある。何か広められたらどうしようと言ったら、佐々木先輩の時に首に絞め痕をつけられていたので、今更だと思うとか言われた。
 そうだろうか。静かに生きているつもりなのに、人生は理不尽だ。
 食べ終わった弁当箱に蓋をして、立花さんが口火を切る。
「さて、昨日の件だけど。浄霊したわね、御崎君」
「……見たのか?」
「わかったわ。ユキは時々そういうのが見えるの。それで、ユキにはわかったのよ」
「……老女は見えてなかったくせに」
「それに幽霊マンションのお爺さんも、御崎君がやったんでしょう。あと先月も、幽霊に首を絞められたんだわ」
「何か、犯罪をやったみたいだなあ」
 直がはははっと笑い、天野さんは消え入りそうに俯いて、
「ごごごめんなさい、ごめんなさい」
と唱えた。
 シラを切り通すのは無理だろうと直とも話していたのだが、その通りらしい。
「だったらなんだ」
「見たかったのに!」
 橘さんが心から叫ぶように言った。
「は?」
「最近有名になってた幽霊マンションのお爺さん、見たかったの!」
「…………」
「私幽霊とか大好きで、霊感はないけど、見たくて見たくて!」
「もしかして、中学の時写真部に入っていたのは……」
 直が訊くと、迷うことなく答えた。
「心霊写真を撮るためよ!」
 僕と直は呆然と立花さんを眺めた。そんな理由で写真部に入る人がいるのか……。
「高校にも心霊部はないし」
 なさそうだなあ。
「だから、一緒に作ろうよ」
 それを聞いて直がこっちを見て来たが、首を横に振ったら眉をハの字にした。
「別に、僕を誘わなくとも」
「心霊のプロだもん。本当にいてるところとかわかるでしょ。
 部が承認されたら、部室ももらえるわよ」
 まあ、今後弁当を食べるにも、人目をはばかる話をするにも、都合はいい。
「顧問のなり手があるのか」
「大丈夫」
 自信満々で立花さんが胸を張る。
「僕はいい。妙な噂を広げられたりしない口止め料だと割り切ったら。ただし、家事もあるからクラブ活動はほとんど付き合えないけどな」
「ボクもいいよ。面白そうだからねえ」
「四人で認可されるから、決まりね」
 意気揚々とする立花さんの横で、天野さんがひたすら謝り続けていた。
「はああ」
「面倒くさい。だろ?」
 直がこっちを見て、ニヤリとした。
 ああ、面倒臭いよ、本当に。


 





 
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