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水戸への旅(2)芝居一座
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江戸は広いと思っていたが、まだまだ世界は広かった。これでも地図の上ではほんの点だというのだから。
「さあさあ、宿はお決まりですか」
「うちへどうぞ」
「美人がおりますよ」
関所のある松戸宿へ着いた慶仁と哲之助は、松戸の賑わいに目を丸くした。物流の中継地点でもあり、問屋や各種の店なども多く、旅籠はまるで遊郭のようにも見える。
慶仁と哲之助が泊まるのは、平旅籠だ。
「さて、宿に──」
歩き出そうとしたところで、その騒ぎが起こった。
「お前らが何かしたんだろう!?」
「証拠はあるのか?」
「それ以外に何がある!」
「へっ!そんないい加減な事を言われたってなあ。
約束通り、次の芝居で客を集めた方が勝ち。負けた方が一座の看板を下ろして借金も持つ。いいな!」
人垣が割れて、中から肩で風を切って恰幅のいい男が歩いて行く。残ったのは、俯く男だ。
「何かあったんですか」
そばの人に訊いてみた。
「ああ。ここで芝居をしている一座なんだけどね。二つに割れて、争ってるんだよ」
ここの住人らしく、楽しそうに解説してくれる。
「片方は、芝居重視のやり方。もう片方は、色物の接待を混ぜてとにかく集客しようという考え。こっちは地元の破落戸とつるんでて、金はある。それで、きれいどころを片っ端から借金で縛り付けようとしてるんだ。
それで、負けた方がこれまでの借金を背負ってここから去るっていう賭けさ」
「へえ。芝居の方がいいのにな」
「ああ。それに、やり方が気に食わないな」
「でも、あいつらの方が力があってなあ。そうなりゃあ、ここいらの若い女も男も、皆泣く事になるだろうよ」
「でもそれ、咎めを受けるだろ?」
「袖の下を渡して上手くやるんだろ」
そう言って肩を竦めると、もう知っている話は無いと言わんばかりに歩き始めた。
「哲之助。これは問題じゃないのかな」
「そうだな。でも、俺達にできることはないぞ」
「まあなあ」
「行こう、慶仁」
歩き出した二人だったが、いきなり背後から切羽詰まった声で呼び止められながら肩に手を掛けられ、振り向いた。
「あああ……!ここに天の助けが……!」
「は?」
「どうかお助けを!」
土下座する、さっきまで人垣の真ん中でションボリしていた男に、目を丸くする二人だった。
男は芝居一座の座長だと言う。
まあ、さきほど聞いた話で間違いは無さそうだが、付け加えるならば、明日の芝居でより集客した方が勝ちになるという事だが、こちら側であった看板役者が急に姿を消したそうだ。それがどうも、向こうに拉致されているらしい。
「じゃあ、助けに行こう」
「監禁場所がわからないんですよ」
「拉致の証拠とかはないんですか」
「あれば苦労はしません」
手詰まりだった。
座長以下、一座の皆はションボリと項垂れていた。
「明日、勝つしかないのか」
哲之助が言うと、それにも溜め息が返って来る。
「代役を立てるにしても人数がいっぱいいっぱいなのと、集客できる主役の顔が、ね」
言い難そうに、だがハッキリと座長が言って、皆が頷いた。
確かに、目立たなかったりもっとアレだったり、否定し難い。
「そこで、天の助けですよ」
「ああ。そう言えばそう言ってたな。監禁場所を突き止めて、腕づくで救出して来いってことか。わかった!」
やる気になる慶仁だったが、座長は中腰になって止めて来た。
「違います、違います。いくらお武家様でも、たった二人では」
慶仁と哲之助は顔を見合わせた。だったら何を期待されていると言うんだろう?
「若い二人の道行き物語でしてね」
「?」
「お武家様。ちょっと、着替えてみてはもらえませんかね」
「!まさか!?」
「ま、待て!おい、慶仁!」
「哲之助、どうしよう!?」
刺客に襲われたのとは、別だが同等の恐怖を感じた二人だった。
「さあさあ、宿はお決まりですか」
「うちへどうぞ」
「美人がおりますよ」
関所のある松戸宿へ着いた慶仁と哲之助は、松戸の賑わいに目を丸くした。物流の中継地点でもあり、問屋や各種の店なども多く、旅籠はまるで遊郭のようにも見える。
慶仁と哲之助が泊まるのは、平旅籠だ。
「さて、宿に──」
歩き出そうとしたところで、その騒ぎが起こった。
「お前らが何かしたんだろう!?」
「証拠はあるのか?」
「それ以外に何がある!」
「へっ!そんないい加減な事を言われたってなあ。
約束通り、次の芝居で客を集めた方が勝ち。負けた方が一座の看板を下ろして借金も持つ。いいな!」
人垣が割れて、中から肩で風を切って恰幅のいい男が歩いて行く。残ったのは、俯く男だ。
「何かあったんですか」
そばの人に訊いてみた。
「ああ。ここで芝居をしている一座なんだけどね。二つに割れて、争ってるんだよ」
ここの住人らしく、楽しそうに解説してくれる。
「片方は、芝居重視のやり方。もう片方は、色物の接待を混ぜてとにかく集客しようという考え。こっちは地元の破落戸とつるんでて、金はある。それで、きれいどころを片っ端から借金で縛り付けようとしてるんだ。
それで、負けた方がこれまでの借金を背負ってここから去るっていう賭けさ」
「へえ。芝居の方がいいのにな」
「ああ。それに、やり方が気に食わないな」
「でも、あいつらの方が力があってなあ。そうなりゃあ、ここいらの若い女も男も、皆泣く事になるだろうよ」
「でもそれ、咎めを受けるだろ?」
「袖の下を渡して上手くやるんだろ」
そう言って肩を竦めると、もう知っている話は無いと言わんばかりに歩き始めた。
「哲之助。これは問題じゃないのかな」
「そうだな。でも、俺達にできることはないぞ」
「まあなあ」
「行こう、慶仁」
歩き出した二人だったが、いきなり背後から切羽詰まった声で呼び止められながら肩に手を掛けられ、振り向いた。
「あああ……!ここに天の助けが……!」
「は?」
「どうかお助けを!」
土下座する、さっきまで人垣の真ん中でションボリしていた男に、目を丸くする二人だった。
男は芝居一座の座長だと言う。
まあ、さきほど聞いた話で間違いは無さそうだが、付け加えるならば、明日の芝居でより集客した方が勝ちになるという事だが、こちら側であった看板役者が急に姿を消したそうだ。それがどうも、向こうに拉致されているらしい。
「じゃあ、助けに行こう」
「監禁場所がわからないんですよ」
「拉致の証拠とかはないんですか」
「あれば苦労はしません」
手詰まりだった。
座長以下、一座の皆はションボリと項垂れていた。
「明日、勝つしかないのか」
哲之助が言うと、それにも溜め息が返って来る。
「代役を立てるにしても人数がいっぱいいっぱいなのと、集客できる主役の顔が、ね」
言い難そうに、だがハッキリと座長が言って、皆が頷いた。
確かに、目立たなかったりもっとアレだったり、否定し難い。
「そこで、天の助けですよ」
「ああ。そう言えばそう言ってたな。監禁場所を突き止めて、腕づくで救出して来いってことか。わかった!」
やる気になる慶仁だったが、座長は中腰になって止めて来た。
「違います、違います。いくらお武家様でも、たった二人では」
慶仁と哲之助は顔を見合わせた。だったら何を期待されていると言うんだろう?
「若い二人の道行き物語でしてね」
「?」
「お武家様。ちょっと、着替えてみてはもらえませんかね」
「!まさか!?」
「ま、待て!おい、慶仁!」
「哲之助、どうしよう!?」
刺客に襲われたのとは、別だが同等の恐怖を感じた二人だった。
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