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面影(3)各々の思惑
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岡本と竹下が帰って行くと、慶仁は祐磨に向き直った。
「兄上。早紀殿って誰ですか」
祐磨は考える様子を見せ、佐倉はそわそわとした。
「早苗様のご友人です」
「ふうん。で、どんな人?何か、関係ある人?」
「それはですな……ああ……」
祐磨は一つ溜め息をついて、言った。
「まあ、これ以上はしかたがないか」
「と、殿」
「早紀殿は早苗の友人で、ここだけの話だが、後南朝の時に天皇を名乗った一族の末裔でいらした。当然、証しもないし、あったらあったで騒動の種になりかねんが。
その早紀殿だが、ある日ここへ駈け込んできて、子供を産んだ後、子供と、その子の事を実家にも知られないようにと懇願して、亡くなった。
父上も母上もすぐにその子を二男として育てる事に決め、我が家はそうして来た」
「……そうですか。ふうん」
「よ、慶仁様?」
慶仁は考えてから、
「いきなり言われてもなあ。それに、見た事の無い人を母だと言われても、そんな家の力にと言われても困るよ。俺は、このままがいいです」
と笑う。
「ん、わかった」
祐磨も笑い返し、佐倉がホッと肩の力を抜いた時、またも来客が来たと知らせがあった。今度は浜崎徳之進だ。
それを潮に、慶仁は部屋に戻る事にした。
浜崎は、祐磨と向かい合うと、開口一番、苦笑しながら言った。
「ばれたね」
「……それは、斉昭様に、ですか」
浜崎は頷いた。
「早紀殿の顔を知る元奉公人に確認させてから、家臣を寄こして道場で腕や人柄を調べさせた念の入りようだ。その後で、こっちに詰め寄って来たよ」
「それで、何と」
「まあ、突っぱねた。慶仁はこっちでやってるし、祐磨が後妻を取らないなら頼藤家の継嗣だし、みすみす苦労するのが目に見えている水戸へはやれない。それが早紀殿の最後の頼みだったとね。
まあ、渋々わかってくれたよ。家を取り巻く状況からも、旗色が悪いのは自覚があるだろうしね。継嗣争いに負けた時点で、このまま終わらせてくれそうもないのもわかってるし」
「慶喜様……」
「おっと。今は気楽な徳之進だよ」
浜崎はおどけたように言って、しんみりとした声音で続けた。
「一目、会ってみたいそうだ。名乗らなくてもいいからと。まあ、本気で気に入った多分最後の女だっただろうからねえ。
とは言え、まさか、彼女が後南朝の人間だとは未だに思っていないだろうけど」
「ご迷惑をおかけしました」
「いやだなあ。俺にとっても弟だよ。
それに、俺の都合で元服も急がせちゃったしなあ。もう少し子供でいさせてやれれば良かったんだろうけど」
「まだまだ子供ですよ、あれは」
浜崎は何を思い出したのかプッと噴き出して、「確かに」と笑い出す。
つられて何かを思い出した祐磨も、笑い出したのだった。
岡本と竹下は、屋敷への帰途についていた。
「岡本様」
「うむ。熊沢家の秘密も、御存知なようだな」
「では──」
「しかし、まさか口封じというわけにもいくまい。それに、その事を明らかにすれば、慶仁様にも害が及ぶ。秘して下さるだろう。
今の熊沢家お三方は、慶仁様の存在を御存知だろうか。もし知れば……」
「御長男は必ず刺客を差し向けるでしょう」
「お守りせねばな。あのお三方では、朝廷を取り戻すのは不可能だ」
「は。命に代えましても」
二人はヒソヒソと囁くようにして言葉を交わした。
「兄上。早紀殿って誰ですか」
祐磨は考える様子を見せ、佐倉はそわそわとした。
「早苗様のご友人です」
「ふうん。で、どんな人?何か、関係ある人?」
「それはですな……ああ……」
祐磨は一つ溜め息をついて、言った。
「まあ、これ以上はしかたがないか」
「と、殿」
「早紀殿は早苗の友人で、ここだけの話だが、後南朝の時に天皇を名乗った一族の末裔でいらした。当然、証しもないし、あったらあったで騒動の種になりかねんが。
その早紀殿だが、ある日ここへ駈け込んできて、子供を産んだ後、子供と、その子の事を実家にも知られないようにと懇願して、亡くなった。
父上も母上もすぐにその子を二男として育てる事に決め、我が家はそうして来た」
「……そうですか。ふうん」
「よ、慶仁様?」
慶仁は考えてから、
「いきなり言われてもなあ。それに、見た事の無い人を母だと言われても、そんな家の力にと言われても困るよ。俺は、このままがいいです」
と笑う。
「ん、わかった」
祐磨も笑い返し、佐倉がホッと肩の力を抜いた時、またも来客が来たと知らせがあった。今度は浜崎徳之進だ。
それを潮に、慶仁は部屋に戻る事にした。
浜崎は、祐磨と向かい合うと、開口一番、苦笑しながら言った。
「ばれたね」
「……それは、斉昭様に、ですか」
浜崎は頷いた。
「早紀殿の顔を知る元奉公人に確認させてから、家臣を寄こして道場で腕や人柄を調べさせた念の入りようだ。その後で、こっちに詰め寄って来たよ」
「それで、何と」
「まあ、突っぱねた。慶仁はこっちでやってるし、祐磨が後妻を取らないなら頼藤家の継嗣だし、みすみす苦労するのが目に見えている水戸へはやれない。それが早紀殿の最後の頼みだったとね。
まあ、渋々わかってくれたよ。家を取り巻く状況からも、旗色が悪いのは自覚があるだろうしね。継嗣争いに負けた時点で、このまま終わらせてくれそうもないのもわかってるし」
「慶喜様……」
「おっと。今は気楽な徳之進だよ」
浜崎はおどけたように言って、しんみりとした声音で続けた。
「一目、会ってみたいそうだ。名乗らなくてもいいからと。まあ、本気で気に入った多分最後の女だっただろうからねえ。
とは言え、まさか、彼女が後南朝の人間だとは未だに思っていないだろうけど」
「ご迷惑をおかけしました」
「いやだなあ。俺にとっても弟だよ。
それに、俺の都合で元服も急がせちゃったしなあ。もう少し子供でいさせてやれれば良かったんだろうけど」
「まだまだ子供ですよ、あれは」
浜崎は何を思い出したのかプッと噴き出して、「確かに」と笑い出す。
つられて何かを思い出した祐磨も、笑い出したのだった。
岡本と竹下は、屋敷への帰途についていた。
「岡本様」
「うむ。熊沢家の秘密も、御存知なようだな」
「では──」
「しかし、まさか口封じというわけにもいくまい。それに、その事を明らかにすれば、慶仁様にも害が及ぶ。秘して下さるだろう。
今の熊沢家お三方は、慶仁様の存在を御存知だろうか。もし知れば……」
「御長男は必ず刺客を差し向けるでしょう」
「お守りせねばな。あのお三方では、朝廷を取り戻すのは不可能だ」
「は。命に代えましても」
二人はヒソヒソと囁くようにして言葉を交わした。
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