払暁の風

JUN

文字の大きさ
上 下
17 / 28

面影(2)刺客

しおりを挟む
 慶仁は哲之助に、問い合わせの事を話した。
「何か、変だよな」
「ううーん。まあ、頼藤家だから、縁をつないでおきたいと思って、養子なり婿なりの話が出るのは普通だとは思うけど」
 哲之助は、考えながら言った。
「でも、婿って年じゃないし、跡継ぎのいない家が養子に、というには同時に三家もだぞ。不自然だ。
 しかも、三つ共、話を訊くだけ訊いてピタッとおしまいだ。その上、ハッキリとどこの家と言いもしなかったらしいしな」
「そう言われると、確かにな」
 ううむと二人して考え込み、団子をパクパクと平らげる。
 道場からの帰り道、供侍の青山が今日はいないのをいいことに、茶屋に寄り道をしているのである。今日はよその道場に出向いて交流試合をしたので、青山を付けていないのだ。
「用心した方がいいな」
「ん。そうだな」
「取り敢えず、出かける時は一人はやめとけ」
「ん……」
「こういう寄り道もどうかと思う」
「……」
「はあ。付き合うから、せめて供侍はつけろ」
「ん……わかった……」
 それで、慶仁と哲之助は連れ立って家に向かった。
 暮れかけた道は、やや田舎の方である事もあって、人通りが少なかった。
 不意に、前方から傘を被った侍が三人現れて、無言で近寄って来る。そのままこちらも無言ですれ違って行こうとした時、こいくちを切る音と殺気を感じ、距離を取る。
 偶然居合わせた通行人が、悲鳴を上げた。
「誰だ」
「頼藤慶仁様。お覚悟を」
「慶仁。言う気は無いらしいぞ」
 言いながら、哲之助は刀を抜く。仕方なく、慶仁も抜いた。
「せめて名前を言うのは礼儀だと思うのになあ」
 ぼやいていると、斬りかかって来る。
 一人目の刀をひょいと避けて、突き出された腕を斬る。すると、刀を握ったままの右腕が落ちて、それを凝視した持ち主が、
「あ……ギャアアア!う、腕がぁ!」
と転がりながら叫んだ。
 哲之助は胴を袈裟懸けに斬りながら、
「慶仁。却ってケガだと痛い」
と言う。
「ん、そうだな」
 慶仁も答えながら、もう一人を肩から斬ろうとしたが、受けられ、突き離される。
 が、即座に距離を詰めて胴を払って斬る。
 刀の血を拭って鞘に納めながら、腰を抜かしている百姓に声をかけた。
「驚かせて申し訳ない。それと悪いんだが、役人を呼んでもらえないだろうか。後、こいつらから斬りかかって来た事を証言してもらいたいんだが」
「へ、へえ!わかりました!」
 百姓は頭を下げ、走って行った。
 それを見送りながら、慶仁は哲之助にぼやく。
「何なんだろうな、こいつら」
「さっき、『頼藤慶仁様、お覚悟を』って言ったよな」
「ああ……恨まれてるにしては、変だな」
「ああ。おかしい。やっぱり、供侍付きの寄り道なしだな」
「……仕方ないな」
 きな臭い事に巻き込まれている気が、ハッキリとわかった瞬間だった。

 素直に調べに応じ、問題なしとして放免されると、迎えに来てくれていた青山と鳥羽と一緒に帰宅した。
 そしてすぐに刀を預けて、息をつく間もなく祐磨と佐倉に事の次第を説明する。
「そうか。『頼藤慶仁様、お覚悟を』と言ったのか」
 難しい顔で祐磨が腕を組む。佐倉も、難しい顔で唸っていた。
「誰だろうね」
 慶仁は言ってみたが、二人共、唸るだけだ。
 と、若衆が部屋の外に現れて、来客だと告げた。
「岩代国の岡本様と竹下様とおっしゃる方が、殿と慶仁様にお会いしたいと」
「……お通しせよ」
「はっ」
 若党が姿を消すと、祐磨と佐倉が顔を見合わせる。
「竹下?今日、道場に来なかったなあ」
「殿……」
「うむ」
 しばらくして、客間の次の間に客が入ったと報告があり、三人は席を立った。
 客間に行くと、次の間に控えていた二人が、扇子を前に置き、頭を下げた。
「こちらへ」
「はっ。失礼いたします」
 侍が客間へ来、若党が茶と茶菓を運んで来る。
 それが済むと、ようやく彼らは本題に入った。
「熊沢早紀殿とおっしゃる方の消息を探しておりましたところ、こちらの早苗殿と親交を深くしておられたと聞き及びまして」
「熊沢早紀殿。確かに、早苗様が嫁入りする前には聞いた覚えもございますなあ」
 佐倉が斜め上を見ながら言う間、岡本は慶仁の顔を見ていた。
「慶仁殿でいらっしゃいますな。道場で、評判を聞き及んで参りました。お強くていらっしゃる上、学問でも優等であるとか」
 慶仁は、うっかり照れそうになって、慌てて表情を引き締めた。
「それほどでもございません」
「それに、早紀殿を存じておりますが、まさに早紀殿によく似ていらっしゃる」
「ええっと、よく似た人がこの世には三人いるそうですよ」
 岡本は、フッと小さく目元を緩め、祐磨を見た。
「お尋ねいたします。慶仁殿は、早紀殿のお子ではございませぬか」
 慶仁は、怪訝な顔で祐磨を見、次に、竹下を見た。しかし竹下は真面目な顔を崩さず、助けてくれそうもない事だけは慶仁にもわかった。
「……慶仁は我が弟であるが……もしそうであったら、いかがいたす」
 岡本と竹下は緊張しきった顔をして、意を決したように口を開いた。
「は。……熊沢家再興の為、お力を賜りたく」
 祐磨と佐倉は岡本と竹下を無言で眺めた後、言った。
「どうやら、お人違いでござろう」
「……は。失礼仕りました」
 岡本と竹下は頭を下げて、暇を告げた。



 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

融女寛好 腹切り融川の後始末

仁獅寺永雪
歴史・時代
 江戸後期の文化八年(一八一一年)、幕府奥絵師が急死する。悲報を受けた若き天才女絵師が、根結いの垂髪を揺らして江戸の町を駆け抜ける。彼女は、事件の謎を解き、恩師の名誉と一門の将来を守ることが出来るのか。 「良工の手段、俗目の知るところにあらず」  師が遺したこの言葉の真の意味は?  これは、男社会の江戸画壇にあって、百人を超す門弟を持ち、今にも残る堂々たる足跡を残した実在の女絵師の若き日の物語。最後までお楽しみいただければ幸いです。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

処理中です...