払暁の風

JUN

文字の大きさ
上 下
9 / 28

茶碗騒動(4)茶会

しおりを挟む
 何故か気分が落ち着く。誉められている訳ではないのに順は和也の言葉にほっとしていた。これまで、何か歌ったり演奏したりして誉められたことはあるが、それ以外の意見を聞いたことがない。だが和也の言うことはそれとは少し違っていた気がする。和也の言う色気についてはよく判らないが、きっと欠けている部分を指摘されたのだろう。

「木村、気付いてないだろ」
「え? 何が?」

 ビールの四本目を空け、五本目を取って部屋に戻った順は不思議な気分で和也を見つめた。すとん、とテーブルの傍に腰を下ろしてビールのプルトップを引く。

「その顔、すげえそそるんだが」
「え? 何で? 別に俺、何もしてないけど」

 小さく笑って順はビールを飲み始めた。和也に比べると倍のペースでビールを飲んでいるのだが、順にはその自覚はなかった。和也が無言でギターを脇に退ける。それを眺めていた順はえ、と声を上げた。

「もう弾かないのか?」

 とろんとした目で和也を見つめながら順は首を傾げた。何故かさっきから妙に目の周りが熱い。瞼を指で擦ってから目を上げるといつの間にか和也が間近にいた。

「オレが歌ってた歌、歌えるか?」

 順の耳元に口を寄せて和也が囁く。順は耳に息を吹きかけられる心地のよさにうっとりしながら軽く頷いた。

「うん、一回聴いたから歌える」
「ちょっと歌ってみな」

 判ったと答えて順は深く息を吸った。手にしていたビールの缶をそっとテーブルに乗せて歌い始める。完全に酔っていても順の声はきっちりと音を正確になぞっていた。が、どうしてもリズムがぶれる。その上、何故か勝手にビブラートまでかかる。あれ、と呟いて順は途中で歌うのをやめた。

「なんか声が変」
「いいから続けて歌え」

 低い声で命じられ、順はまた歌い始めた。何か譜面通りじゃないような気がする。そう思いながら歌う順の声には先ほどまでにはない不思議な艶がかかっていた。だが順自身はそのことは自覚できなかった。

「さっきよりずっといいな」

 歌い終えた順に和也が笑みかける。順はつられて微笑みを返した。その途端、順はいきなりその場に押し倒された。慌てて四肢をばたつかせる順を和也が強引に組み敷く。

「なっ、何でいきなり」
「むらむら来たからに決まってんだろが」
「そんな、急」

 言い返そうとした順の口を和也の唇が塞ぐ。和也を押し戻そうとしていた順は口づけされてぴたりと身体の動きを止めた。瞼を下ろして身体の力を抜く。和也は唇で順の口をこじ開けると舌を口の中に入れた。

 うわ、気持ちいい。酔った頭でそう思いながら順は無意識に和也の舌を自分の舌先で探った。

「ん、ふ」

 微かに喘ぎながら舌を絡ませる。順は口づけに応えながら薄く目を開けた。滲んだ視界の向こうで真っ白な蛍光灯の光がちらついている。

 口づけしながら和也がそっと手を動かす。シャツをめくられても順は抵抗しなかった。綿のシャツと素肌の間に和也の手が入ってくる。指先で乳首に触れられた瞬間、順はびくりと身体を震わせた。半勃ちになっていたペニスが一気に勃起する。順は弱々しくかぶりを振って震える手で和也の胸を押した。

「ごめん。それ以上されたら出る」
「ほんっとに過敏になってんなあ。じゃあ、一気にいくか」

 くすくすと笑いながら和也が順のベルトに手をかける。ジーンズを脱がせにかかった和也に順は首を横に振ってみせた。

「ここ、背中が痛いからやだ」

 そう言った順を和也が目を見張って見つめる。しばしの後、和也は焦ったように身体を起こした。

「うお! びっくりした! オレ、オンナとやってたっけとか思ったじゃないか!」
「失礼だなあ」

 眉を寄せて言いながら順は身を起こした。ふらつきながら立ち上がり、中途半端に解けていたベルトを抜き取る。ジーンズを脱ぎ、下着を取った順はふらふらとベッドに歩み寄った。ベッドに座って軽く布団を叩きながらにっこりと笑う。

「ここならいい」
「お前、それ犯罪級に可愛すぎるぞ……」

 和也がそう呟くが順にはその意味が皆目理解出来なかった。なに、と問い返す順に和也が低く呻く。順は首を傾げて和也をじっと見つめた。それから自分の股間を見下ろしてシャツをそっとめくる。淡いピンク色をしたペニスはやはり勃起したままだ。

「うーん。どうしてこんなになるのかなあ」

 そう呟きながら順はそっとペニスを握った。もう片方の手を口許にあてがって首を傾げる。それまで黙っていた和也がそこでうわあ、と力なく呟いた。

「写真、撮っていいか?」
「だめー。俺、写真嫌いだから」

 真面目に問いかけた和也に順は笑いながら答えた。やれやれと肩を竦めて和也がベッドに這い登る。順は和也の邪魔にならないようにベッドの端に避けた。

「凶悪な姫君だなあ」
「俺、女じゃないよ」

 素直に答えて順はその場に横たわった。酔っているからなのか身体がふわふわと浮いている感じがある。だがそれは決して気持ちの悪いことではなく、むしろ順にはとても心地が良かった。

「これじゃ、どっちが調教だかわかんねえな」

 苦笑しながら和也が下着を脱ぎ捨てる。順は横たわったまま和也の股間を見つめた。少し赤味かかったペニスは勃起しきっている。それを見た順の心の内に奇妙な感覚が生まれた。何故か猛烈な空腹感がわいてくる。順は眉を寄せて額を押さえ小さく呻いた。

「おなかすいた」
「は?」

 ストレートに告げた順に和也が間の抜けた声を返す。順はむくりと身体を起こして和也の股間に手を伸ばした。

「おいおいおい」
「食べていい?」

 そう言いながら順は優しく和也のペニスをなでた。くすぐるように亀頭をなぞってから根元までをゆっくりとさする。

「待て待て待て! 食うな! 頼むから!」

 ソーセージじゃあるまいし! そう叫んで和也が股間を押さえてしまう。えー、と不服の声を上げて順は上目遣いで和也を見つめた。

「駄目?」

 口許に指を当てて首を傾げる順の頬は赤く染まっている。潤んだ瞳でじっと和也を見つめながら順はもう一度、訊ねた。低く唸って和也がため息をつく。

「舐めるだけならいいぜ」
「え、でもそうしたら出るだろう?」

 瞬きをして順はそう訊ね返した。すると和也が困ったように笑う。

「出るだろうな」
「そしたら俺、いっちゃうから」

 告げて順はその場に座り直した。胡座をかく和也の前に正座する。和也は無言で顎をしゃくった。どうやら説明しろという意味らしい。順はうん、と頷いて言葉を継いだ。

「俺ね。身体の中に渡部の精液が入るといっちゃうみたいなんだよ。最初の時に判ったんだけど」

 初めて交わったあの夜、順は熱に浮かされながらもそのことははっきりと感じ取っていた。体内に熱い精液を注がれた瞬間、言いようのない快楽に襲われて一気に絶頂に達した。その快楽はペニスに刺激を受けた時よりもはるかに強かった。

 それと同時に飢餓感が少し薄くなったのも確かだ。

「都子の愛液に反応するのは理解出来るんだ。大元が同じで引き合ってるから、強制的に欲情してしまうんだと思う。でも、何で渡部の精液に身体が反応するのかは俺には判らない」

 そう告げて順は力なく首を振った。ふうん、と呟いて和也が順の目を覗き込む。順は視線を真っ直ぐに受け止めながらなに、と訊ねた。

「ちなみにお前、コンパでどれだけ飲んだ?」
「えーと……」

 コンパが始まってから飲まされた量を頭の中で数える。コンパに集まった連中は何が面白いのか順に次々に酒を勧めていた。順は勧められるままにそれらを片っ端から飲み干したのだ。

「ビールを大ジョッキで……八杯? あと、カクテルとかいうのを……グラスに……二十四杯?」
「二十四!?」

 叫ぶように和也が言う。順は何でもないことのように頷いて指折り数えた。

「あと、ウイスキー? 氷が入ったやつでグラスに二十杯と、一本」
「待て。その一本はビールじゃなくウイスキーを一本丸々か?」
「そう。何か途中でみんなが騒いで持ってきた。俺、グラスに入れないと行儀が悪いって主張したんだけど、どうしても瓶から飲めって言われて仕方なくそのまま」

 日本酒、焼酎、チューハイ。次々に飲んだ酒の披露をすると和也が深々とため息をつく。若干、ペニスも力を失ったようだ。手の中で少し縮まった和也のペニスの感触を確かめて順は首を傾げた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記

あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~ つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は── 花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~ 第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。 有難うございました。 ~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

死神若殿の正室

三矢由巳
歴史・時代
わらわは豊前守の養女の田鶴(たづ)と申す。 さる大名の御世継の妻となることになった。 なれどこの御世継の隆邦(たかくに)様という方、たいそうな美形というのに、これまで四人の方と婚約し、そのうち三人がはかなくなられ、四人目も故あって破談となったという。 五人目の許婚者となったわらわは無事に嫁いだものの、世の中はそれでめでたしとはいかぬもの。 なにしろ隆邦様にはすでに側室がおり、姫までも儲けておいで。 離縁の話まで持ち上がってしまった。 子どもの頃から愛されないのには慣れているわらわなれど、果たしてどうなることやら。 なお、この話はムーンライトノベルズの「『香田角の人々』拾遺」「わたくしたちのお殿様」のエピソードを再構成し増補改訂したものゆえ、そこは御含みおきを。 18歳以下の方が見てはならぬエピソードのタイトルの末尾には★があるゆえご注意召されよ。

融女寛好 腹切り融川の後始末

仁獅寺永雪
歴史・時代
 江戸後期の文化八年(一八一一年)、幕府奥絵師が急死する。悲報を受けた若き天才女絵師が、根結いの垂髪を揺らして江戸の町を駆け抜ける。彼女は、事件の謎を解き、恩師の名誉と一門の将来を守ることが出来るのか。 「良工の手段、俗目の知るところにあらず」  師が遺したこの言葉の真の意味は?  これは、男社会の江戸画壇にあって、百人を超す門弟を持ち、今にも残る堂々たる足跡を残した実在の女絵師の若き日の物語。最後までお楽しみいただければ幸いです。

処理中です...