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欲しい物(3)依頼人
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幸恵は正式に会社へ依頼を入れ、別室でそれを受ける事に決まった。
メンバーにとっては、複雑な思いはある。パーティーで襲われたとは言え、その原因を聞けば、この女がクリーンとは思えなかったからだ。
それでも、依頼を受けた以上は守る義務があるし、元カレとのいざこざからは、幸恵は被害者以外の何者でもないと思える。
「その元カレというのは、当時も今もヒモみたいなやつらしい。ギャンブル好きで、裏カジノに出入りしているようだよ」
錦織が調査課からの報告書を読んで言った。
「しかもこの裏カジノ、暴力団のシノギだねえ。ここでかなり借金をしてるようですよ」
「いっそ警察にタレこんで、カジノを潰してもらうか」
湊はそう言い、
「恨まれるんじゃないですか」
と悠花は震えた。
「借金を押し付ける気なんですよね、たぶん」
涼真が訊くと、錦織は頷き、
「借金は数百万で、どうもそうとうせっつかれてるみたいだよ。
でも、この西川は大丈夫と言ってる。いくら近藤さんとよりを戻しても、さんざんむしり取ったんだからそんなに残ってないのは知ってるはずだよね」
と言う。
湊は舌打ちした。
「そうか」
「え、何ですか、湊君」
「売る気だよ」
「も、もしかして肝臓とか」
ぎょっとして悠花が言うのに、雅美がはっとした顔をした。
「そうか。風俗とかね」
「え!?」
涼真が素っ頓狂な声を上げ、顔を赤らめた。
「チンピラとかがよくやる手口だろ。海外でも、誘拐した女を売春組織に売るのはよくあるしな」
湊は言って、不愉快気に顔をしかめる。
「そういう事ですので、依頼人の安全をしっかり確保しなければなりません」
錦織が皆を見渡してそう言った。
幸恵は、レストランで働いていた。バイトではないが、そう高給取りでもない。しかし、例のかわいい偽装で、客からの人気はありそうだった。近所にある会社の社員が毎日来るのだが、幸恵ちゃん、幸恵ちゃんと、デレデレした笑顔で呼ばれていた。
「あの人達、知らないんだろうな」
「知らない方が幸せな事はある」
涼真と湊はガードにつきながら、ボソリと言い合った。
その常連客の中に、背の高い、朴訥な雰囲気の男がいた。無口で、幸恵が笑顔で何か言えば、真っ赤になって下を向くような男だ。
そのくせ、幸恵を目で追っている。
「あんな人、いるんだな」
涼真は感心したように言って、仕事が終わった幸恵を送る時にそう言ったが、幸恵はフンと鼻を鳴らした。
「あの会社はお給料も安いし、知名度も高くないじゃない。だめよ」
「有名な会社に勤めてたって、倒産、不祥事、吸収、リストラ。色々ありますよ」
「私は、誰もが羨むくらいの幸せを手に入れたいの」
幸恵はそう言って、ツーンとそっぽを向いた。
幸恵はワンルームの自宅へ送り届けられて、カップ麺ができるのを待ちながら思い出していた。
記憶の中の両親はいつもケンカしていた。貧乏だったのも覚えている。
そんな暮らしが続いていたが、幸恵が中学に入る前、父親は出て行き、母親は近所のラブホテルの清掃係に住み込みで雇ってもらえることになり、幸恵と母親はラブホテルで寝起きする暮らしになった。
放課後は幸恵も清掃を手伝ったが、色んな客を見て、幸恵は思ったものだ。愛なんて、キラキラもしていないし信用できるものでもない。幸せはそんな不確かなものでは手に入らない、と。
その後、西川に会って優しくされた時は幸せを感じたが、やはりそれは錯覚だったと痛感しているし、西川にされたように自分がしたってかまわない筈だとも思っている。
「そうよ。幸せになりたいだけよ。私が幸せになって、どこが悪いの」
時間を過ぎてのびたカップ麺を、幸恵は美味しくなさそうに啜った。
メンバーにとっては、複雑な思いはある。パーティーで襲われたとは言え、その原因を聞けば、この女がクリーンとは思えなかったからだ。
それでも、依頼を受けた以上は守る義務があるし、元カレとのいざこざからは、幸恵は被害者以外の何者でもないと思える。
「その元カレというのは、当時も今もヒモみたいなやつらしい。ギャンブル好きで、裏カジノに出入りしているようだよ」
錦織が調査課からの報告書を読んで言った。
「しかもこの裏カジノ、暴力団のシノギだねえ。ここでかなり借金をしてるようですよ」
「いっそ警察にタレこんで、カジノを潰してもらうか」
湊はそう言い、
「恨まれるんじゃないですか」
と悠花は震えた。
「借金を押し付ける気なんですよね、たぶん」
涼真が訊くと、錦織は頷き、
「借金は数百万で、どうもそうとうせっつかれてるみたいだよ。
でも、この西川は大丈夫と言ってる。いくら近藤さんとよりを戻しても、さんざんむしり取ったんだからそんなに残ってないのは知ってるはずだよね」
と言う。
湊は舌打ちした。
「そうか」
「え、何ですか、湊君」
「売る気だよ」
「も、もしかして肝臓とか」
ぎょっとして悠花が言うのに、雅美がはっとした顔をした。
「そうか。風俗とかね」
「え!?」
涼真が素っ頓狂な声を上げ、顔を赤らめた。
「チンピラとかがよくやる手口だろ。海外でも、誘拐した女を売春組織に売るのはよくあるしな」
湊は言って、不愉快気に顔をしかめる。
「そういう事ですので、依頼人の安全をしっかり確保しなければなりません」
錦織が皆を見渡してそう言った。
幸恵は、レストランで働いていた。バイトではないが、そう高給取りでもない。しかし、例のかわいい偽装で、客からの人気はありそうだった。近所にある会社の社員が毎日来るのだが、幸恵ちゃん、幸恵ちゃんと、デレデレした笑顔で呼ばれていた。
「あの人達、知らないんだろうな」
「知らない方が幸せな事はある」
涼真と湊はガードにつきながら、ボソリと言い合った。
その常連客の中に、背の高い、朴訥な雰囲気の男がいた。無口で、幸恵が笑顔で何か言えば、真っ赤になって下を向くような男だ。
そのくせ、幸恵を目で追っている。
「あんな人、いるんだな」
涼真は感心したように言って、仕事が終わった幸恵を送る時にそう言ったが、幸恵はフンと鼻を鳴らした。
「あの会社はお給料も安いし、知名度も高くないじゃない。だめよ」
「有名な会社に勤めてたって、倒産、不祥事、吸収、リストラ。色々ありますよ」
「私は、誰もが羨むくらいの幸せを手に入れたいの」
幸恵はそう言って、ツーンとそっぽを向いた。
幸恵はワンルームの自宅へ送り届けられて、カップ麺ができるのを待ちながら思い出していた。
記憶の中の両親はいつもケンカしていた。貧乏だったのも覚えている。
そんな暮らしが続いていたが、幸恵が中学に入る前、父親は出て行き、母親は近所のラブホテルの清掃係に住み込みで雇ってもらえることになり、幸恵と母親はラブホテルで寝起きする暮らしになった。
放課後は幸恵も清掃を手伝ったが、色んな客を見て、幸恵は思ったものだ。愛なんて、キラキラもしていないし信用できるものでもない。幸せはそんな不確かなものでは手に入らない、と。
その後、西川に会って優しくされた時は幸せを感じたが、やはりそれは錯覚だったと痛感しているし、西川にされたように自分がしたってかまわない筈だとも思っている。
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