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対話(3)おめでとう
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豪華な料理を食べ、来賓のスピーチを聞きながら、北条の様子に気を付けていた。
やがてお色直しとなり、白無垢の麻美は、披露宴会場から手を引かれて退出して行く。
その数分後、北条が席を立つ。それを見て、湊も席を立った。
「湊」
「なるべく騒ぎにならないようにしてくる」
「必要なら警備課の班も使えばいいよ」
柳内にそっと頷き、披露宴会場から出る。
スッと悠花が寄って来て、小声で報告する。
「麻美さんには雅美さんが付いて行って、北条さんは、涼真君が後を尾けているよ」
「わかった」
小声で返し、インカムで行先の連絡を受ける悠花の誘導で歩いていく。
やがて、新婦の控え室の近くに到着した。
「あ、あそこ」
涼真が、指さす。控室の前に、ポケットから出した文庫本サイズの何かをじっと見ている北条がいる。
やがてドアが開き、式場の係員が顔を見せた。
その彼女に北条が何か言い、係員が廊下に出て来ると、続いてほかの3人の係員も廊下に出て来た。
その彼女達に近寄って悠花が訊く。
「どうしたんですか。今、北条さんが入って行きましたよね」
「ええ、はい。新婦様の親友のお兄様だからって、少し2人にしてくれと、新婦様も」
言いながらも、目には好奇心が浮かんでいる。
「ああ、大親友だもんね。式に出られなくて気の毒にね」
涼真が言うと、雅美も合わせる。
「手紙か何かを預かってるのかもね」
それで、彼女達は微かに詰まらなさそうだという顔になった。
「準備できたら、エレベーターホールまで連れて行きますよ」
涼真がそう言うと、遠回しにエレベーターホールで待っていろと言われた事に気付き、彼女達は歩いて行った。
それを見送ると、ドアに身を寄せる。
北条は、ポケットから出した写真立てに入った亜弓の写真を麻美に向けていた。
「亜弓……」
麻美は悲し気な顔をしたが、半分は困惑だった。
「亜弓の死の責任が君に無いとでも?」
「私は、虐めたりしていないわ」
「でも、無視した。それで亜弓には味方が1人もいなくなるとわかっていて」
「そんな事言われても……」
麻美は困ったような顔をし、次に、強い目を北条に向けた。
「だからって、どうしろって言うの?」
北条は薄く笑った。
「どうすべきだと思う?」
「……」
「友人を裏切って死なせた女に、幸せになる権利があると思うのか?亜弓は結婚もできない。夢も希望も持てず、絶望と恨みを抱いて死んだのに。お前だけが幸せになるなんて許さない」
「まさか、破談にしろって言うの?冗談やめてよ。亜弓はかわいそうだと思うけど」
笑い飛ばそうとした麻美は、北条の出したナイフに体を強張らせた。
「ちょっと、やめてよ!冗談じゃないわ!」
「ああ、冗談なんかじゃない。本気だ」
「やめて!」
色打掛けの袖を振り回して北条をけん制しようとするが、足元が覚束ない。椅子から立ち上がって逃げようとして転び、そこに北条が悠々と迫る。
「亜弓は、たった1人の親友に裏切られて、どんな気持ちだったか」
「やめて、謝るわ。ごめんなさい。だからやめて!」
北条が息を整え、ナイフを持った手を振り上げる。
その時、ドアが蹴破られる勢いで開き、湊が北条と麻美の間に入ってナイフを持つ腕を掴んだ。そして震える麻美を、悠花と涼真で抱えて引き離し、その間に雅美が立つ。
「誰だ、邪魔しないでくれ!」
「篠杜 湊です」
ハッと、北条と麻美が息を呑む。
「おめでたい日に相応しいジョークではありませんね」
「違う!」
叫ぶ北条は、泣きそうな顔をしていた。
「妹さんは、優しい子ですか」
雅美が柔らかく訊くのに、頷く。
「亜弓、死ぬ1週間くらい前に、突然絶交だって言い出したの。何で怒ってるのかわからなかったけど、訊いても答えなくて、腹が立って。こっちも怒って話しかけるのをやめたら、次の日から学校に来なくなって……。
でも、飛び降りる寸前に、ごめんねってメールが来て。今日は学校で仲直りしようって思ったのに」
麻美は泣きながらそう言い、悠花に背中をさすられていた。
「ああ。亜弓さんは、親友を虐めの巻き添えにしないために、自分から離れたんですね」
溜め息をつくように雅美が言うと、北条は落ち着きを失くした。
「え?そんなバカな」
「優しい子なんでしょう?」
それで、北条は泣き出し、膝をついた。
湊はナイフを取り上げた。小さな果物ナイフだ。
「お義姉さん。どうしますか」
麻美はハッと我に返ったような顔をし、北条と写真を見比べるようにして、笑った。
「親友のお兄さんが、親友に代わってお祝いを言いに来てくれただけです」
北条が、弾かれた様に顔を上げる。
「でも!」
「お義姉さんがこう言ってますので。もう2度とこんな事をしないのなら、俺達もジョークで済まします」
北条はガクリと頭を下げて写真を見てから、涙にまみれた顔を麻美に向けた。
「結婚おめでとう。亜弓の分まで、幸せになってくれ」
悠花と涼真が、短く安堵の息を吐いた。
やがてお色直しとなり、白無垢の麻美は、披露宴会場から手を引かれて退出して行く。
その数分後、北条が席を立つ。それを見て、湊も席を立った。
「湊」
「なるべく騒ぎにならないようにしてくる」
「必要なら警備課の班も使えばいいよ」
柳内にそっと頷き、披露宴会場から出る。
スッと悠花が寄って来て、小声で報告する。
「麻美さんには雅美さんが付いて行って、北条さんは、涼真君が後を尾けているよ」
「わかった」
小声で返し、インカムで行先の連絡を受ける悠花の誘導で歩いていく。
やがて、新婦の控え室の近くに到着した。
「あ、あそこ」
涼真が、指さす。控室の前に、ポケットから出した文庫本サイズの何かをじっと見ている北条がいる。
やがてドアが開き、式場の係員が顔を見せた。
その彼女に北条が何か言い、係員が廊下に出て来ると、続いてほかの3人の係員も廊下に出て来た。
その彼女達に近寄って悠花が訊く。
「どうしたんですか。今、北条さんが入って行きましたよね」
「ええ、はい。新婦様の親友のお兄様だからって、少し2人にしてくれと、新婦様も」
言いながらも、目には好奇心が浮かんでいる。
「ああ、大親友だもんね。式に出られなくて気の毒にね」
涼真が言うと、雅美も合わせる。
「手紙か何かを預かってるのかもね」
それで、彼女達は微かに詰まらなさそうだという顔になった。
「準備できたら、エレベーターホールまで連れて行きますよ」
涼真がそう言うと、遠回しにエレベーターホールで待っていろと言われた事に気付き、彼女達は歩いて行った。
それを見送ると、ドアに身を寄せる。
北条は、ポケットから出した写真立てに入った亜弓の写真を麻美に向けていた。
「亜弓……」
麻美は悲し気な顔をしたが、半分は困惑だった。
「亜弓の死の責任が君に無いとでも?」
「私は、虐めたりしていないわ」
「でも、無視した。それで亜弓には味方が1人もいなくなるとわかっていて」
「そんな事言われても……」
麻美は困ったような顔をし、次に、強い目を北条に向けた。
「だからって、どうしろって言うの?」
北条は薄く笑った。
「どうすべきだと思う?」
「……」
「友人を裏切って死なせた女に、幸せになる権利があると思うのか?亜弓は結婚もできない。夢も希望も持てず、絶望と恨みを抱いて死んだのに。お前だけが幸せになるなんて許さない」
「まさか、破談にしろって言うの?冗談やめてよ。亜弓はかわいそうだと思うけど」
笑い飛ばそうとした麻美は、北条の出したナイフに体を強張らせた。
「ちょっと、やめてよ!冗談じゃないわ!」
「ああ、冗談なんかじゃない。本気だ」
「やめて!」
色打掛けの袖を振り回して北条をけん制しようとするが、足元が覚束ない。椅子から立ち上がって逃げようとして転び、そこに北条が悠々と迫る。
「亜弓は、たった1人の親友に裏切られて、どんな気持ちだったか」
「やめて、謝るわ。ごめんなさい。だからやめて!」
北条が息を整え、ナイフを持った手を振り上げる。
その時、ドアが蹴破られる勢いで開き、湊が北条と麻美の間に入ってナイフを持つ腕を掴んだ。そして震える麻美を、悠花と涼真で抱えて引き離し、その間に雅美が立つ。
「誰だ、邪魔しないでくれ!」
「篠杜 湊です」
ハッと、北条と麻美が息を呑む。
「おめでたい日に相応しいジョークではありませんね」
「違う!」
叫ぶ北条は、泣きそうな顔をしていた。
「妹さんは、優しい子ですか」
雅美が柔らかく訊くのに、頷く。
「亜弓、死ぬ1週間くらい前に、突然絶交だって言い出したの。何で怒ってるのかわからなかったけど、訊いても答えなくて、腹が立って。こっちも怒って話しかけるのをやめたら、次の日から学校に来なくなって……。
でも、飛び降りる寸前に、ごめんねってメールが来て。今日は学校で仲直りしようって思ったのに」
麻美は泣きながらそう言い、悠花に背中をさすられていた。
「ああ。亜弓さんは、親友を虐めの巻き添えにしないために、自分から離れたんですね」
溜め息をつくように雅美が言うと、北条は落ち着きを失くした。
「え?そんなバカな」
「優しい子なんでしょう?」
それで、北条は泣き出し、膝をついた。
湊はナイフを取り上げた。小さな果物ナイフだ。
「お義姉さん。どうしますか」
麻美はハッと我に返ったような顔をし、北条と写真を見比べるようにして、笑った。
「親友のお兄さんが、親友に代わってお祝いを言いに来てくれただけです」
北条が、弾かれた様に顔を上げる。
「でも!」
「お義姉さんがこう言ってますので。もう2度とこんな事をしないのなら、俺達もジョークで済まします」
北条はガクリと頭を下げて写真を見てから、涙にまみれた顔を麻美に向けた。
「結婚おめでとう。亜弓の分まで、幸せになってくれ」
悠花と涼真が、短く安堵の息を吐いた。
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